第3話:フレンズ! カワイイ! フレンズ!

「この後……空いてるかしら?」



 放課後の教室、ロッカー前でしゃがんでいた心は声を掛けられた。決して声量は大きくないが、吐息が耳にかかるほど近くで。


「あっれぇ~もしかして莉花さん? 依頼でも入ったんで――」




「うわッ!!」


 うんざりした顔で振り向いた、心の目に飛び込んできたのは……莉花の顔だった!

 しかも鼻同士がつく擦れ擦れで。両目が完全に合う。彼女は反射的に飛びのいたが、合意さえあればキスさえもできるほどの距離なのだ。



「いいえ。でもとっても大切な場所なの」


 へたり込んだ心に、莉花は前のめりで答えを返す。真顔で、目をそらさずに。それがあまりにも曖昧な返事だったため、心は呆れながらも笑ってしまった。



「あっ、ははぁ……。それってどういう――」

「それじゃ、行きましょう……」


 心は要領を得ないまま——いきなり、手首を引っ張られたのだ。ひったくり犯さながらの莉花によって。ムダ話はここまでだと。


「黙ってついてきなさい」

 一秒でも早く教室から連れ出そうとして、彼女は大股で歩き始める。



(拒否権なしかよ……!)

 心は急いでかばんを背負いこんだ。クラスメイトの注目の的になり、顔を真っ赤にしながら。


 本気になれば、莉花からは余裕で逃れられる。だが今の心にとって、探偵部の情報は喉から手が出るほど欲しいモノ。流されるがままついて行く、という選択肢しか彼女にはなかったのだ。


「あの変な先輩……またいるよ」


「心ちゃぁ~ん、カ~ワイソっ!」


「意外とお似合いじゃね? 手ェまで繋いじゃって……ソッチの気があんじゃねぇ!?」




【戸主:旧本友梨】




 ――学校を出て数分後、莉花が立ち止まった。

「……ここよ」


 彼女は顔を上げると、そのまま立ち尽くす。手首を引かれていた心も、続けて正面へ目を向けた。



「古風喫茶、『フレンズ』」



 二人は並び、壁に書かれた文字を読み上げる。れんがの壁に、傾いた看板……まるで敷地ごと昭和からタイムスリップしたように古ぼけた喫茶店である。この予想外な場所に、心は目を丸くして……。


「もしかして、お茶のお誘い……?」

 照れたように片手を頬に当てている。連れ出した当人は完全にスルーしているのだが。


「すぅぅ……」

 莉花は大きく胸を張ると、「準備中」の扉を開けた——。



   ♢♢♢



「ごきげんよう。入るわね」


 店内は外装ほど古めかしくなく、現代でアレンジされた養殖ののような内装だった。木造かつ暖かみのある照明、レコードから流れるざらついた洋楽。どこかノスタルジックな雰囲気が醸し出されていて。



「……いらっしゃいませ~」


 心の手を引いた莉花は、四人掛けのテーブル席に座る。店員に促される前に、ここが定位置なのだ――と。

 すると小柄なウェイトレスがカウンターから近付いてきた。




「莉花さん。今日は……お連れの方がいらっしゃるのですね」


 ウェイトレスはお冷を置きながら、莉花へ話しかける。モジモジとしながら。テーブルの模様をなぞるように目を落として。



「ええ、新しく探偵部に入った心さんよ」

 莉花が合図を送ると、心はピースをしながら笑顔を向けた。人懐っこさをふんだんにアピールして。


「うぅ…………」

 それでも少女は、顔を向けられない様子であった。目線を合わせようとはしているのだが。心のブレザーの襟まで上げて、限界に達してしまったのだ。



「心、こちらは『フレンズ』の看板娘の友梨さん。あなたとタメじゃないかしら」


 少女は肩をピクンと震わせた。ここからは自分の番だと。彼女は声を振るわせながら口を開く。




「えと……旧本 友梨ふるもと ゆり……です。よろしく……おね……がいします……」




 友梨は申し訳なさそうな表情を浮かべ、両手を前にお辞儀をした。その特徴的な三つ編みと恥ずかしがり屋なしぐさからは、年齢に合わない幼さが感じられる。




「はぁぁ……っ!」

(なんて可愛らしいの……? こんな殺伐とした町にいたなんて……! もっと早く出会いたかった……! この心……一生の不覚!)



 この自己紹介が、心にはとても愛おしくてたまらない。彼女は吸い込まれるように体を近づけると、無意識のうちに友梨の手を握ってしまったのだ。シルバートレイに、手を隠される前に。



「よろしく、よろしく! すごいなぁ、この年で働いてるなんて……私、杏子心! 『心』って、呼び捨てでいいからね!」


 突然両手を……、しかも正面から掴まれた友梨は目をパチクリとさせていた。トレイが落ちたことに――床に響いた金属音に気がつかないほど。実際のところ、彼女と心には身長差がない。だが肩をしゅんとさせる友梨の姿は、一頭身分小さく見えるほどだった。



「あっ…………ちょとゴメンナサイ……」



 ついに友梨がフリーズしてしまった。このファーストコンタクトは、他人と深く関わろうとしない友梨にとって刺激が強すぎる。普段から他人とあまり深く関わろうとしないため。彼女は完全に萎縮してしまったのだ。


「あら……もうなかよしさん……」

 この光景に莉花は、軽くほほ笑む。心のコミュニケーション能力の高さに感心した様子で。




「おいおい……こっちの紹介もしてくれよ」




 探偵たちがじゃれ合っていると、向かいの席からテーブルを小突く音が聞こえてきた。一定のリズムで鍵盤をたたくように。心たちが会話を止め、周囲が静寂で包まれても音を響かせ続けている。



「だ、だれ?」

 心は友梨の体を盾にして……



(インネンつけるのはロクな大人じゃねぇからなぁ……)


 ――恐る恐るのぞく。



 そこには……スタイルの良い女性警察官が。足を組んで優雅に座っていたのだ。ここで厄介になるのは面倒くさいと、心は直感してしまう。



「あらあら、あなたもいたのね」

 莉花はそっぽを向いたまま声をかけた。驚愕する心とは真逆で。彼女はひどく落ち着いている。あたかも、そこにいるのが当然のように。


「ここのコーヒーは怪しいからな……しっっかり見回んなきゃならんのよ」

 警察官はホットコーヒーを飲み干すと、背もたれに肘を置きながら答えた。家にいる時のようなリラックスした体勢で。吐息を漏らし、恍惚の表情で目を瞑っている。




「紹介しますわ、この方がおサボり警官の木葉 緑きば みどりさん」



「もっとクぅ~ルに言ってくれよ! 本当のことリアルを言ってもロクなことねーぞ」


 緑は軽口をたたくと、心に対して敬礼をした。凛々しい顔つき、全てを見通すかのような目、腰掛けた状態でも分かるスレンダーな体つき……。心はついカッコいいと思ってしまった。


(なぜ……目を離せないんだ……!)

 彼女には同性を惹きつける魅力があるというのか。



「一応、この方は味方よ。公権力と能力の使い勝手がいいので、気軽に頼るといいでしょう」


 莉花と緑はニンマリと意地悪な笑みを見せつけ合うと、そのまま心へ向けた。女子中学生が……治安を守る者が人前でしてはいけない顔で。示し合わせたような彼女らに対し、心は苦々しく笑って受け流すよりほかなかった。



   ♢♢♢



 ――数分後、友梨がドリンクを運んできた。


「ご……ご注文のホットコーヒーとメロンソーダです……どうぞ」


「ありがとう、ついでにここに来てくださる?」

 友梨は小さく頷き、莉花の隣にちょこんと座る。



「さてと……」

 莉花はカップに映る自分を見つめながら、犬のように「待て」をされている心へ声をかけた。真向かいに座り、恨めしそうに睨む心へと。



「私たちがここに来た理由について……説明する時がきたわね」



(やっとだ!!)

 心は、もう待ちきれないとテーブルを叩いた。ここまで待ち望んでいたにもかかわらず、莉花が喋るまで黙っていた心は――もはや忠犬のようだ。


「ついに! 教えてくれるんですね!」



「ええ。そしてこの話で最も重要なのが、こちらの友梨さん」

 二人の視線を一身に集めた友梨は、手に持ったお盆で顔を隠してしまった。それでも心は凝視を続けて。お盆を貫通するオーラを感じてしまい、彼女はなかなか下げられない。




「……友梨ちゃんがどう関係あるんです?」



「ふふふ、どんな時でも落ち着くことが基本よ。順を追って説明するから、焦っちゃだぁめ」


 莉花は口元へカップを近づけると、全ての動作を止めた。まぶたを閉じたまま。コーヒーの持つ確かな苦味とかすかな酸味に、時間をかけて浸っているのだ。


(くっそぉ……焦らしやがって……!)

 心は苦虫を嚙み潰しながらも、莉花の行動を目で追ってしまう。



   ♢♢♢



「心。探偵部の本分とは……何か分かる?」


 莉花がカップをソーサーに置くと同時に、心は飲み切ったグラスを置いた。まどろっこしい会話に閉口しながら。


「依頼をこなしながら屠顔人の調査を行う……ですよね?」

 その返答を聞き、莉花は満足そうに腕を組んだ。



「それは正解。ただ、心に黙っていたことがあるの……」


 莉花は声量を変えないまま、どこか念を押すように言葉を続ける。



「それは……ストレンジャーの処置よ」




「私たちがストレンジャーを見つける、それすなわち戦闘を意味するわ……。フフッ、相手は秘密を漏らさないよう本気で殺しにくるでしょうね」


 あまりに物騒なワードが飛び出したため、その場の空気が張り詰めた。特に友梨はプルプルと震えながら頭を抱えている。だが心は、この発言に対してリアクションを取らない。


(なにをいまさら……当たり前じゃん)

 当然の因果であると、強く頷いているのだ。



「ストレンジャーへの無力化は死ぬ気でやるとして――問題はその後。ただ殺して埋めるのは……得策じゃないわ。町民だけでなく警察からも狙われちゃうからね。かと言って、私たちの能力を知ったまま帰すのも危ない……」

 

 心が話に身を乗り出す。「じゃあどうするんだよ!」という言葉が喉から出かかって。



 瞬間――、莉花が隣りの肩を優しくたたいた。




「そこで出るのが、友梨さんの掌枯れちから




 ここで再び、俯く友梨に視線が集まる。前回よりも鋭く当てられ、彼女は目を背けてしまった。首が捻じ切れそうになるほど右に回して。唇をプリプルと震わせながら。


「わたっ――」

 それでもこの空間に慣れ始めているのか。せめて自分の役割は全うしようと、振り絞ったようなか細い声で話し始める。




「私の力……なんですけドも……。相手の魂……掌枯れを写真として抽出できる……能力なんです。ぶ……『旧友たちブックエンド』って――」




「そんなの無敵じゃん!!」


 口をあんぐりと開けた心は、そのまま両手をついて立ち上がった。友梨は思わず悲鳴を上げてしまう。「ひぃっ……」という声が心によってかき消されて。

 一人で盛り上げっている彼女をたしなめるよう、莉花は力ずくで座らせた。


「もちろんッ! ノーリスクでそんなことができるわけないのよ、ね?」




「はい……魂は……掌枯れはがないと……できません。すみません……」


 友梨は言葉とともに首を垂れてしまう。その顔はまるで怒られた子猫のようである。見かねた莉花が、優しい手つきで頭を撫でまわし始めた。



「世の中ねぇ……、なんでもうまくいかないのよ」



   ♢♢♢



 ――莉花が心と友梨を宥めると、選手宣誓のように立ち上がった。


「それじゃあ最終確認……いくわよ!」



 彼女は「フレンズ」店内を大きく見回す。知り合い以外には誰もいない。視界に映るのは眠っている緑、真剣に見つめてくれる二人の姿……。




「探偵部の目的は、ストレンジャーを守ること。彼らが凡人、犀門町、社会に殺されないために……私たちが救いの手を差し伸べましょう! 今はマイノリティでも――絶対に見返してやるわよ!!」




 爽やかな顔で放たれた莉花の言葉に、心は襟を正した。これからが本番だ、と。友梨もつられて、小さくガッツポーズをしている。


(これで! 目的がッ――)

 志を合わせることで、彼女らの団結力が高まった。客観的に見れば非常にアツイ展開である。だが心は、莉花の目線がことにふと気づいた。




「……もしかして、他の人にも話しかけてます?」


 心が振り向くと、そこには一人用テーブルと椅子が。照明が当たらない店の角に、誰にも気づかれないよう配置されていたのだ。



「莉花さん? 誰か……ここにいました?」

 心がいくら尋ねても、莉花が答えることはなかった。友梨も同じく。しかし彼女の第六感は、「誰かがそこに座っているぞ」と囁いていたのだ。

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