第2話:これが試練? 新人潰しの間違いじゃない?

「紹介するわ……。ここが探偵部よ!」



 入学式の翌日、莉花は新入部員を部室前に連れ出した。軽やかな足取りで。胸を躍らせていることがひしひしと伝わってくる。


「えっ……本当にここですか?」

 心は真顔で莉花の肩をつつく。人差し指をキツツキのようにして。自分の目に映るモノを信じたくないと。


(おいおいおいおい…………頼むから間違いであってくれぇ……!)




 そこには部室と呼ぶには狭すぎる——物置と見間違うほどの大きさしかなかったのだ。




「本当よ、ここに探・偵・部って書いてあるじゃない」


「あぁ……ははっ……」

 心の片頬が痙攣したように引きつった。


 確かに「探偵部」という紙が扉に張られている。の裏に書かれ、セロハンで止められているお粗末なモノが。だからこそ、心は「怪しい部活なのでは……?」という言葉が喉まで出かかったのである。駅前で勧誘しているカルト的な何かだと。



   ♢♢♢



「くぅっさっ!!」


 莉花が扉を開けた途端、不純物が心の鼻腔をノックした。長年開けていなかったような、生暖かい風が廊下へと吹き抜ける。

「……ここ、ほこり臭すぎ!」


「はいはい……窓を開けるから、適当に座って」

 苦情を軽く受け流した莉花は、躊躇うことなく奥へと進む。その背中を見て、心はすぐさま推理を訂正した。


(「物置のような」じゃない……「物置そのもの」じゃん……!)

 こんなショボい部屋に、まともな依頼が来ているのか――と。



 続けて心は両手を開き、体を回転させる。

(せっ……まぁ~~~)


 横幅はギリギリ手が届かない、縦に細長い形。だが真の問題はレイアウトだ。探偵部なら高級ソファや難しい書物が積まれているのでは……という望みは見事に打ち砕かれた。


(理科室でよく見る椅子が二脚……。花柄テーブルクロスの敷かれた机が一台……。奥にはパイプ椅子が三脚…………以上!)

 もはや使われていないカウンセラールームである。


(なんでこういう変な部活に限って……! 普通、形から入るでしょ……!)

 ついに心は頭を抱えてしまったのだ。不法侵入をしているような、イケない感覚に陥って。




「そういえば、入部届が必要だったわね! 今、顧問を呼んでくるわ」



「はぁい……。たすかったぁ……」

 心は安堵の胸をなでおろし、角イスに座る。気休めにしかならないが、この部活が非公認ではないことを確信して。独善的な先輩探偵さんの手綱を引いている人物がいることを期待したからだ。



   ♢♢♢



 ――莉花が部室を飛び出して数分後。


「おまちどおさま! 紹介するわ……ここの顧問の『菅原 一葵すがわら いつき』先生!」


 莉花に促され、男は軽くお辞儀をしながら入室する。



「紹介ありがとう。俺は二年の数学を教えている、菅原だ。困ったことがあれば、気軽に相談してほしい」


(…………ハッ!)

 一葵の風貌を見て、心は息を呑んだ。それは決して奇妙だからという理由ではない。白衣に白ズボンを着用して……。むしろ一般人寄りで、ツッコミどころが全くないのだ。


(なんだ……めっちゃ頼れそうな大人じゃん!)

 自分より頭二つ分高い身長、低く落ち着いた声、重い前髪から垣間見える優しい目つき……。いたって普通である。変人奇人が集まりそうな、この部活の顧問というギャップがたまらない。




「……すまない、君のことも聞きたいんだが」


 まじまじと見つめられた一葵は、きまりが悪そうに心へ話し掛けた。


(うん……?)

 彼女はキョトンとする。何のことやら、と。数瞬だけ、静寂が流れて――



「あ、忘れてました!」


 心は慌てて席から立ち上がり、直角にお辞儀をする。




「一年の杏子心です! 好きな食べ物はこんぺいとう! 趣味は洋楽鑑賞でビリー・ジョエルにハマってます! よろしくお願いします!」


 元気よくハキハキと話す姿は、まさに良い子そのものである。第一印象だけは良い――心の性格が完璧に現れていた。


「中一にしては……、いい趣味だな」

 穏やかな雰囲気に、心は思わず笑みをもらす。ここなら気楽にやっていけるのではないか……。人にだけは恵まれているのではないか、と。



   ♢♢♢



 一連の自己紹介が終わり、莉花と一葵はそれぞれパイプ椅子に座った。


「ところで、街部。この部活に入るということは――そういうことなんだよな?」

「えぇ、――」

 このような会話が心をそっちのけに繰り広げられたのだ。心に聞こえないよう、忍び声で。


(特に気にするタチじゃないんだけど、目の前でやられると落ち着かねぇ……)




「――なら、つぶされないかテストしなければ」


 その言葉を皮切りに、部室内に緊張が走った。一葵による鋭い眼光が、心の顔面に突き刺さる。



「な……なんですか!?」


(やはり私を試すつもりか……な?)

 心はワンテンポ遅れながらも気を引き締めた。頓狂な顔をしている割には冷静である。これから何が起ころうが対応できるように。周囲の挙動、全てに目を光らせて。



「杏子さん。探偵部という部活は活動上、常に死と隣り合わせなんだ。もちろん、俺が最大限守る…………が。ある程度の自衛ができるか、ここでテストさせてもらう!」


 一葵は胸ポケットからトランプを取り出す。



「今からやるのは……だ」




【戸主: 菅原一葵】




「ババ抜き!?」


 心が驚きの声を上げた。決して望んでいるわけではないが、格闘や異能力バトルなどの少年漫画的な展開を覚悟していたからである。



「探偵と相棒……その活動にはチームワークが必要不可欠。この一回のババ抜きにおいて、二人は協力して俺を打ち負かすんだ。もしできないならば――杏子さん。君は探偵部に関わるな」


 先ほどの態度から一転し、一葵はプレッシャーをかけている。できる限り感情を排除したような声で。



 だが心は見抜いていた。出しずらそうなドスの効いた声から、明らかに芝居じみていると。


(けどなぁ——)

 演技と分かった上でも、心は緊張を解こうとはしなかった。安心よりも怒りがこみあげて。額を二分するほど、深い谷のようなしわを顕現させたのだ。




(演技としてもを見下しやがって……。こっちがピクピク怯える姿でも見たいのか?)


 心にとって、自分が下に見られているのが癪に障る。オーバーな態度が気に食わなくて。脅せば真剣になるだろうという見え透いた魂胆が腹立たしいのだ。



(望み通りのカワイイ女なら……。砂嵐をかきわけながらぁ……テレビに映るケツでも追っかけてろよ……。ゴールドラッシュの金鉱夫みてぇになぁ!)


 はらわたがマグマのように煮え返る。その湯気で頭が熱い。感情が憤怒しか残らなくなるほど、脳の回路が焼き切れて――



(私のくぐったに比べればなぁ!!!)




「……わかりました。その勝負、受けて立ちます」


 心は一葵に向き合い、言葉で応戦した。表情を硬くして。その目には、燃えさかる炎のような覚悟で満ち満ちているのだ。

 彼女の頼れる姿に、莉花は横から優しくほほ笑みかける。


「いい返事ね……コテンパンに! 負かしちゃいましょ!」

 莉花の言葉に振り向くと、ニッと笑いながら右の拳を握りしめた。


「ええ、任せちゃってください!」



   ♢♢♢



「では、俺が配ろう」

 シャッフルされたトランプが三人へ配られる。同じ数字のカードが捨てられて。



 心:ジョーカー、♠一、♦四、♠七、♠八、♣十二、♠十三

 →

 莉花:❤三、❤四、♣八、♣九、❤十三

 →

 一葵:♣一、♠三、❤七、❤九、♦十二



(うぅ~ん、最初から「ジョーカー」とはツイてねぇ……)

 心は二人に悟られないよう、顔をしかめた。


「それでは、杏子さん、街部、俺の順で…………俺の手札から引いてくれ」

 一葵は人差し指を回して見せた。一方、莉花は二人の表情から出方を窺っている。


(打ち合わせ通り……心に「ジョーカー」が渡ったようね。勝負開始後の動きは何も聞いてないから、そろそろ本腰を入れようかしら……)




 一巡目――

「あちゃ~、九なんて持ってないですよ!」

 心は一葵からカードを引き抜くと、ふざけたように笑いながら手札に移した。


「幸先いいですわ」

 莉花は勝負を早く進めようと、心から素早くカードを抜く。ポーカーフェイスを保ったまま。一葵も真顔でカードを引こうとする。


「俺も」

 一葵がカードを二枚重ね、そのまま場に落とした。



 心:ジョーカー、♠一、♦四、♠七、❤九、♣十二、♠十三

 →

 莉花:❤四、♣九、❤十三

 →

 一葵:♣一、❤七、♦十二



(「ジョーカー」が動かない……とりあえず莉花さんが引いてくれっ……!)

 表面上では笑っている心だが、焦りで口数が少なくなっているのだ。




 二巡目――

「ふむふむ」

 心が頷きながら、手札と重ねて二枚を場に落とす。


「ふぅむふむ」

 莉花も頷きながらカードを引き、場に落とす。


「ふ……俺はノらん……」

 一瞬だけ、一葵も頷きかけた。首を少し傾けたまま、変な体勢でカードを引く。



 心:ジョーカー、♦四、♠七、♣十二、♠十三

 →

 莉花:❤十三

 →

 一葵:❤四、❤七、♦十二



(順調に街部の手札が減っているな。サシに持ち込むことで、負ける確率を下げようとすると見た……! だが、このゲームは二人での攻略が必須……。しかたない)




「ここで特別に、俺の掌枯れの一部を紹介する!」




 一葵の唐突な告白に、心は一瞬体が動いた。それになぜか冷や汗が止まらない様子で。彼女は口を挟めず、一葵の独白の続きをひたすら待っている。



「ある程度察している通り……俺は屠顔人だ。主能力とは別として、数秒先までが視える……。つまりだ! 運だけで俺に勝つことはできない!!」



(……へっ?)

 心は呼吸を忘れたようにあぜんとする。


(いやっ……)


「……いやいやいやいやいや!」

 正気を取り戻すために頭を左右に振ると、莉花に向かって叫んだ。





「……こんなの勝てっこないですよ!」


 莉花は手札に視線を落としたまま、平静を保っている。

「この口ぶり――シャッフル時から『ジョーカー』の位置を把握済みね。敵になると末恐ろしいわ」


 莉花の意味深な発言に、心は唾を飲み込む。


「つまり……どういうことですか……?」

 心に見守られる中で……、莉花は一葵の目を見ながら言葉を紡いだ。


「たとえ霧で絵柄を変えたとしても……、ババを決して取られないのよ」



(動きの少ないゲームにおいて、掌枯れの対処は至難の業。本当は全てに対処してほしいんだがなぁ)

 一葵の思いとは裏腹に、探偵たちは有効な対策を立てられずにいた。時間だけが残酷に過ぎていく。




 最終局面――


 心:ジョーカー、♠七、♠十三

 →

 莉花:❤十三

 →

 一葵:❤七



「ちょっと待ってください!」

 心は扇状に開いたカードで目を隠した。


(くそっ! 未来視なんて反則だろ……目でもツブせばいいってのかよ!)

 正直なところ、未来視はおろか屠顔人であることも予想していなかった。悔しいが一葵のアドバイスから、ヒントを得ようとしたのだ。



一葵アイツの言葉から考えるに、未来の光景ではなく未来のを視ている。「ジョーカー」を未来ではなく、「ジョーカー」の軌跡を……)



(それじゃあ私は――)


 かすかに……心の目に光がともる。




「……莉花さん!」



 手元に広げたトランプを両手でまとめると、心は再び広げて見せた。


「ふぅ……ええ!」

 莉花は勢いよく心の手札からカードを抜き取った。心の真剣な眼差しを見つめ返しながら。二本指で持っていき、眼前でめくる。だが……。


「ちぃっ……」

 彼女の表情はだんだんと暗くなり、歯を食いしばって目線を下げてしまった。まるで風船がしぼむような勢いで。そのまま引いたカードを遠ざけるよう、手札を一葵へ差し出すのであった。



「……残念だが、それもらおう」


 一葵も落胆した様子で、莉花からカードを引いた。負のオーラが移ったというよりも、期待をそがれたという印象で。だが一葵の引いたカードは「♠十三」であり、手札とそろうことはなかった。



 心:ジョーカー、♠七

 →

 莉花:❤十三

 →

 一葵:❤七、♠十三



「……おや?」


 未来視が正しいならば、今手元に来るのが「♠七」のはず。しかしこの目に映るカードは別物だ。


(なにか……策を仕込んだな……?)

 一葵は莉花の掌枯れを疑う。しかしイカサマを確かめる術がない以上、二人に勝負を止める道理はない。



「おいおい、まだ勝負がついていないのにその顔は早いんじゃないか?」

 まだ勝ちの目があると思った一葵は、手札を心へ突き出した。シャッフルすることなく。何が取られても関係ないと、どこか余裕そうに。



「ふぅ…………」


 心はカードをゆっくりと抜き取り——




「勝ったのは私たちです!!!」




 心は一葵から引いた「❤七」とともに、手札の残りを場にたたきつけた。言葉の意味を、一葵に探る暇を与えないまま。莉花は差し出された残り一枚の手札を見ながら……。


「これは多分……キングね。ありがとう」

 カードを落とし、探偵たちの手札がゼロになったのだ。



 一葵:♠十三



「なに……? 俺が見た未来――『ジョーカー』が杏子さんから動くことは決してなかった……! なのにどうして……」


 一葵は二人を見つめながら、言葉を詰まらせる。しかし一ミリも体を動かさず、腰を下ろし続けているのだ。これでは冷静にしているのが丸わかりである。


「それはですね……」

 心は静かに起立し、事の顛末を説明しようとする。ニヤリと笑う莉花に見守られながら。




「私の掌枯れはモノの融合と分離を操ります。今回の融合は『ジョーカー』と『♠十三』……。ですが能力のがミソなんです! 『♠十三』とその上にあった『ジョーカー』を一枚に融合…………すかさず分離。しかも『ジョーカー』を下にして――! 一ミリも動かさず、すり替えを成功させたんです!」




 興奮した心に代わり、莉花が言葉を紡ごうとする。さながら容疑者に詰め寄る刑事のように。



「そして私はどぉ……しても『ジョーカー』を引かなきゃならなかったわ。ババを引く未来を視せず、ババが手札に無いことで油断させるため――私の『顔隠屍ライク・ア・シュラウド』で絵柄を変えるためにね!」



 莉花と心は勝ち誇ったように言い放った。気分はまるで探偵モノでありがちな解決シーンである。犯人はおまえだ……と。

 一葵は感心した表情で、口を開けた。



「……驚いた。街部の表情もブラフだったか」

 手の甲で笑顔を隠しながら、莉花が答える。


「先生の慢心を誘わないと……確実に『ジョーカー』を渡せないじゃない?」

 その言葉を噛み締めるように、一葵は頷く。


「フム……なるほど」


 敗北したにもかかわらず、一葵は晴れやかな顔をしているのだ。



   ♢♢♢



「杏子さん、君は合格だ……。そしてようこそ、探偵部へ!」


 一葵は立ち上がり、心に手を差し出す。初対面とは違い……他人行儀ではない。穏やかな表情をしているのだ。



「ありがとうございます!」


 その手を握り返した心は、パァッと笑顔になった。喜びよりも、緊張から解放されたことが強くて。

(これで……私は!)


 探偵部の正式加入として、心が認められた瞬間だった。



   ♢♢♢



「あ、そうそう……」


 その光景をほほえましく思いながら、莉花は心の肩に腕を回した。


「そういえば……。あなたに言わなかったことがあるの」

 いきなり馴れ馴れしくなった莉花に、心はけげんな顔をした。いきなり距離を詰めすぎではないか、と。


「な、なんですか?」

 莉花は一葵の左手を指さし、手のひらを上に向ける。鼻歌でも歌い出しそうな得意げな顔で。フィンガースナップをする前――指をキツネにし始めたのだ。



「私の『顔隠屍ライク・ア・シュラウド』は。だから……先生の体温でカードが温められると……」




「能力が解除される」




 破裂音とともに、カードを纏った霧が晴れた。一葵の手には――「」が握られていたのだ。

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