第二十話 槍梨でござる

「柿太郎はあんな子が好みなんだねー。」


枝里花が刺々しく俺に言ってくる。


「向こうが勝手に言ってきてるだけだろうがよ!まぁ美人だとは思うがよ。」


「ほらー!美人って言ったー!」


鬼ヶ島高校からの帰り道、俺は枝里花から質問攻めという名の口撃に遭っていた。


雛乃進は知らぬと言わんばかりに口笛を吹いている。


「ふん、鼻の下伸ばしちゃって。あの子のどこが良いのよ。」


「良いも悪いもまだわかんねぇよ。会ったばっかなんだからよ。」


「…お嬢。その"あの子"についてちょいとお話が。」


どこからか声が聞こえた。が、声の主が見えない。


「だ、誰だっ!」


「ここだ!」


振り向くとドブ川の溝にハマっているおっさんがいた。


「槍梨さん、そこ汚いわよ?」


「絶対に居ないと思われるような場所に入れないと忍者にはなれんのです。」


おっさんはフゥフゥ言いながらドブ川から這い出そうとしている。


「ん?あんたは…」


見覚えのある顔に俺が反応する。雛乃進も気付いたようだ。


「柿太郎、この人こないだトレイター研究所で会った人だよ!」


俺も流石に恩人の顔は忘れねぇ。俺達が研究所から脱出した時に手助けしてくれたあのおっさんだ。


「おっさん!元気だったか!あん時は俺達を逃してくれてありがとう!」


「未来の希望をあそこで失う訳にはいかないからね。」


「いやー、やっぱおっさんはかっけぇな!俺も将来おっさんみたいになるぞ!」


俺はドブ川に向かって…いや、おっさんに向かって話しかけた。


「ドブ川に話しかけないで、早く出るの手伝ってあげなさいよ!あんたも将来ドブ川にハマりたいの?」


枝里花から強烈なツッコミが入る。


雛と一緒におっさんを出してやることにした。


「いやー、失敬。これで貸し借りはプラマイゼロだな。私はトレイター協会猿藤派の槍梨でござる。職業は忍者、猿藤家ある所に槍梨ありでござる。」


「おっさん忍者なのか!でもなんか動き遅そうだな!」


「拙者、動けるデブ故。」


トン


「これは君のポケットの中にあったお菓子だ。」


一瞬のうちに俺のうまかろうもんを取られてしまった。


「えー!全然見えなかった!すげー!」


「ふふ、ではこのお菓子は返そう。」


「いやいらね。やるよ。」


お腹が空いてたのか、槍梨がうまかろうもんを食べ始めると枝里花が話し始めた。


「で、“あの子"についてなんのお話?」


「ムグムグ、ん!そうであった。…ゴホン!」


急いで食べ終わると連絡を始めた。


「まずは、本日の討伐お疲れ様でした。今後は猿藤派も鬼ヶ島派とのやり取りがしやすくなるかと思われます。」


「その話、私は知ったこっちゃないんだけどね。」


枝里花は露骨に嫌そうな顔をする。


「一応3番隊所属でしょ?槍梨さんどこ居たのよ?」


雛乃進が驚く。


「えぇ!こんなおじさんが鬼ヶ島討伐隊にいたの?!」


「討伐隊は基本的に学生の集まり故、オヤジは陰に隠れておった。それに拙者は逃げ隠れ専門の為、あまり戦力になりやせん。」


「そんな事だろうとは思ったけどね。ちょっとは姫っち助けてくれても良かったじゃない!」


「それについては何と言うか。…これは言っていいのだろうか?」


槍梨が戸惑うが枝里花がせかす。


「えぇい、早く言いなさいよ!」


「いや、あの会長さんと対峙した青鬼の能力がですな。爪力強化の他に舌力強化を持ち合わせてまして。多分ありゃアリクイの能力でしょうね。」


槍梨は彼のレベル3能力まで予想をしている。流石協会の人間といった所か。


「女性には強い攻撃をしないという紳士的な一面がある青鬼は4番隊が女性の隊に切り替わった瞬間、爪攻撃から舌攻撃に切り替えました。」


「長い舌を使って舐め回し、女性隊員達は次々に昇天していく中、会長さんだけは意識を保って舌技を受け続けました。」


「少々目のやり場に困りましたが、頬を赤らめて息が荒くなっていく会長さんの顔を見て思いました。…これは嫌がってないなと!」


「これも青春かと思いそっとしておいた次第です。」


なるほど、あの場にいたのは全員ド変態野郎だった訳か。


「止めなさいよ!アンタも見て楽しんでるじゃない!」


「あの雰囲気の中、止めに入るのは野暮でござる。ここで時間を取られるよりも敵の総大将を確認しておくべきと思った拙者は北門へと向かいやした。」


前置きが長くなったが、ようやく本題の桃子の話に変わっていった。


「てっきり北門にいる鬼ヶ島紅蓮こそが総大将かと思っておったが、桃山氏と対峙していた紅蓮氏からポツリと出てきた“姉"というキーワードを聞いてハッとした。大将はこの子ではないと。」


「そうそう、俺らも焦ったよ。校長なんていねーしよ。桃子が条件は飲んでくれたけど校長に言わなくて良かったのか?」


「それに関しては恐らく問題ない。鬼ヶ島勲は傍若無人な男だが娘には弱いともっぱらの噂だ。」


つまり桃子か紅蓮のどちらかを抑えておけば問題ないと言うことか。紅蓮はツッコミは激しいが根本的には姉大好きなので諸々含めて桃子を味方に付ければ紅蓮も父親も付いてくる一石三鳥という事だ。


「ご納得頂けた通り、今回そして今後の戦いのキーマンとなるのは間違いなく鬼ヶ島桃子という存在な訳です。そこでお嬢、なんとしても彼女と仲良くして貰いたいのです。」


「え!私?!そんなの無…」


槍梨の要望に枝里花が戸惑い始める。


「あぁ?それならもう既に友達だよな?明日も皆で遊びに行く訳だし。」


「柿太郎、いらない事言わないで!」


「おぉ、そこまでの仲であったか!それなら拙者も安心して報告ができる!ハッハッ!」


槍梨が笑っている横で枝里花はこちらをギロリと睨んでいた。


これは波乱の予感。

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