第十一話 内緒だよ?

「それじゃあこれからよろしくね!鋏屋君!」


中野さんが元気に挨拶をしてきた。


「よろしくな!俺のことは柿太郎でいいよ。」


「じゃあ私も枝里花でいいよ!」


「おう!枝里花、いきなりだけどいろいろわかんない事がある!質問いいか?」


「よくぞ聞いてくれました!討伐隊一のトレイター博士にお任せあれ!」


どうやら枝里花はトレイターに詳しいらしい。


「トレイター能力ってどうやって育てるんだ?」


「ふむふむ、いい質問だね。トレイター能力を上げるのに最も効率が良い方法とは、ズバリ能力をとにかく使いまくる事だよ。」


なるほど、そんな単純なことか。


ポン!


俺は手の上に剪定バサミを出現させた。


「これで良いのか?出した後使わないと能力を使った事にならないなら工作バサミにして紙を切りまくるが。」


実は家で何度か試したら剪定バサミ以外にも工作バサミを出せる事に気がついたのだ。


ふと枝里花の方を見ると唖然としていた。


「えー?!すっご!!なにそれ!初めて見たぁ!!」


よくわからないがトレイター博士を驚かせてしまった。


「レベル2だよね?普通レベルが上がる毎に何かを出現させる能力ってプラスされていくはずなんだけど既にハサミを発現させられるって控えめに言ってヤバい…。」


「俺は身体強化の方が良かったよ。まぁ多少は攻撃食らっても痛くないようにはなったが、これじゃ家からハサミ持ってくるのと大して変わんねえじゃねぇか。」


「何言ってるの!レベル2でそんな芸当が出来るってことはハサミを出し入れするだけでどんどん能力が上がっていくんだよ??はい!こうやって喋ってる合間にも出し入れして!ワンツー!」


ポン!パッ!ポン!パッ!ポン!パッ!


「まぁやってやるけど、こんなんで強くなったら俺も困んねぇよ。」


ポポン!


一瞬手が光ってハサミが2個出てきた。


「ありゃ?どうなってんだ?」


「今のは能力アップの光。出来ることが多くなった時に強化部が光るの。柿太郎はかすかだけど腕部強化みたいね。今回はハサミを同時に2個出せるようになったよ!」


「こんな簡単なのか!こんくらいならいつでもできるな!」


「だから、柿太郎が特殊なのよ!これは鬼退治までにどこまで伸ばせるかが勝負ね。ぶっちゃけ隊長達は1番隊だけでも突破してくれたらって思ってるみたいだから癪だったのよ。柿太郎と一緒なら逆に4番隊が最強を目指せるかも!」


えらく期待してくれるもんで、俺は嬉しくなってその日同時に10本くらいまでハサミが出せるようになった。


まぁハサミを何本出した所で俺は人を斬ることはできないんだがな。


枝里花も俺に可能性を感じたらしく、翌日から俺達は毎日一緒に銀河峰高校の裏山で修練をする事になった。


普段の生活ではハサミの出し入れをしつつ、じいちゃんの庭師を手伝った後に枝里花と合流して山の中で修練をするようになって1ヶ月が経った。


「ゼェ…やっぱ枝里花には追いつかねぇなぁ。瞬発力強化がありゃ相手の攻撃なんてくらう事ないだろ…。」


「いやー、こっちも攻撃する為に近づかないといけないからそこを狙われちゃうんだよね。まぁ全ては修練次第だよ。」


1ヶ月も修練を積むとようやく見えるようにはなったが、初めて枝里花のスピードを見た時は度肝を抜かれた。


2人で山の中を駆け回りながら手当たり次第木や竹に傷を付けていく。これだけで枝里花の爪力、瞬発力、俺のハサミ力が上がって行くってんだから一石三鳥だ。


「なら俺のハサミ貸してやるから逃げながら投げつければ負ける事はねぇだろ。俺自身はハサミで相手を切りたくはねぇが、他人がどう使おうが他人の勝手だ。」


「ねぇ、どうしてそんなにハサミで人を切ることに抵抗を感じてるの?相手だって殺しにかかってきてるんだから生死に関してはお互い様でしょ?」


「まぁ正しく言うと切らないんじゃなくて、切れねえんだ。うち、親が東京で美容師やっててよ。小さい頃髪を切って貰う時に俺のせいで母親が手を切っちまったんだ。」


俺は少し昔話をする事にした。


5歳になり祖父から剪定バサミを譲り受けた俺は草木ならなんでもハサミで切るようになった。


5歳児にして芝を綺麗にならした事もあるし、祖父の大事な盆栽をちょんぎった事もある。


だが、どんなに大事な盆栽が切られようとも当時の祖父は俺を怒ることはなかった。


「いいか、柿太郎。ハサミってのは人の生活を豊かにするもんだ。草木や紙切れなら好きなだけ切って役に立ててやれば良い。だが人様だけは絶対に傷つけちゃならねぇ。それは刀の仕事だ。」


そう言い聞かされて育ったので俺は人を傷つける事はせず庭の草木を刈って刈って刈りまくっていた。


ある日、母親が俺の髪を散髪してくれた。普段通り俺はテレビを見せられて大人しく座っていたが、たまたま盛り上がるシーンで急に立ち上がってしまった。


ハサミを閉じる瞬間、危ないと感じた母親は自分の手でハサミの先端を防いだ。


俺の顔に赤い液体が滴り落ちてきて、ことの重大さに気がついた。


幸い数針縫って事なきを得たと周りには言われたが自分のせいで母親に怪我させてしまった事に強いストレスを感じていた。


母親の顔をまっすぐ見れなくなってしまった俺をじいちゃんは初めて怒った。


「ハサミが人を傷付ける事自体が悪ではない。お前の母ちゃんはお前が傷つくのを防いだんじゃ。それは誇らしい事じゃ!胸を張らんか!」


そう言って剪定バサミの持ち手の部分でコツンと俺の頭を叩いた。


「いってぇ!」


「これもお前を傷つける為じゃない。お前が道を間違えん為じゃ!」


そう言ってガハハと笑った。


俺はその後すぐに母親に謝った。自分の親、祖父は本当に誇らしいと思った。


同時に絶対にハサミで人を傷つける事はしねぇって決めたんだ。



「長くなって悪かったな。これが切れない理由だ。」


「…いい。」


「ん?なんか言ったか?」


「カッコいいね!お母さんも!おじいちゃんも!」


「まぁ…嫌いではないかな。今は母ちゃん達は仕事で関東に行ってるからなかなか会えないけど、じいちゃんと2人で暮らすのもなかなか悪くねぇ。」


「ふーん、柿太郎ってなんか私と似てるね。」


そう枝里花は言う。


「そうなのか?枝里花の事も教えてくれよ!」


「んー、じゃあ内緒だよ?」


口元に人差し指を当ててシーッとすると枝里花は自分の事を話してくれた。


「私は元々関東生まれ、関東育ちなの。お父さんとお母さんは研究者で2人とも家を空ける事は多かったわ。」


「お母さんはそれでも優しくて、時々合間を見つけては家に帰ってきて私を大事にしてくれた。」


「だけど、私が小学生の時にお母さんが突然失踪してしまったの。」


「何が理由かわからないけど、お母さんだけが心の拠り所だった私は泣き続けた。扱いに困ったお父さんは母の実家がある九州に私を預けてまた研究を始めちゃった。」


「祖父母は優しくしてくれて何不自由なく育ててくれたの。地元ではわりと有名な地主だったみたい。何かと自由が効くからという理由で、苗字も祖父母の名字である"中田"を使わせてもらってる。」


俺は驚いて訪ねてしまった。


「ん?中田じゃないのか?!」


「うん、本当の苗字は…」


再度、枝里花は口に人差し指を当てて言った。


「猿藤枝里花。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る