第七話 黙ってて悪かったな

「お連れ様はもう帰られたようですよ?」


「え?帰った?!」


待合室にいた雛乃進はすっとんきょうな声を上げた。


待っていたはずの柿太郎が先に帰ったと、ニコニコした女性受付員に伝えられたからである。


(これは何かにおうな。)


腕っぷしはないが頭は賢い雛乃進。受付員に帰るよう促されるが、ただで帰る様子ではなかった。



「いっててて…」


気がつくと俺達は牢屋に入れられていた。


「気がついたか、柿太郎。全く散々な目にあったな。」


八助が俺に話しかけてくる。


どうやらあの後、背後で待ち構えていた刺客に襲われ、縛られた後に牢屋にぶち込まれていたようだ。


外と連絡を取ろうにも手荷物を盗られてしまってスマホもない。


「あの姉ちゃん味方じゃなかったのかよ。」


「みたいだな。危険因子を早々に見つけだして排除する目的か。もしくは俺達を捕まえた事で鬼ヶ島を味方につける交渉をしに行くつもりか。」


「なんにせよ、おもしろくねーな。とりあえずここにいても良い事ないだろうし逃げるか。」


「逃げるってどうやって?この縄と牢屋もあるし外には監視員もいる。俺はにおいでわかるが外の監視員は獅子尾と似たにおいがする。多分敵だ。」


「お!そこまでわかりゃ上出来よ!もう縄は切っちまったしな!」


パラパラ…


「え!なんで?!って俺の縄も切れてる。…そうか、柿太郎のハサミの能力か!」


「へへん、こんな時くらい役にたたねぇとな!このしょぼい牢屋くらいピッキングもできるから任せとけ!」


よく庭師の客のじいさんが鍵を忘れて家に入れなくなった時に手伝ってやったから、こういう事には慣れっこだ。


まぁピッキングってよりほぼぶっ壊してるから元には戻んねぇんだけどな。


「よし、まずはあいつを倒して外に出たら俺たちが何階にいるのか現状確認だ。いいな?」


「了解だ。足手まといにはならない。」


俺達はダッシュで駆け寄り監視員の後頭部を殴りつけた。


ドゴォッ!


「ありゃ、そんな強くなかったな。」


「柿太郎、危ない!」


声と同時に振り向くと、背後から別の警備員が殴りかかってきていた。


まずい、もう1人いたのか。これは避けきれねぇ。


ガブッ!!


「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」


バタッ


くらうと思っていた打撃が空を切り警備員がその場に横たわる。


「八助、おめぇ…。」


警備員の首元から離れて立ち上がった八助がこちらを向く。


「実は俺の能力は咬合力強化もあるんだ。あの獅子尾って人がどうも信用出来なかったんで言わなかったが、柿太郎にも黙ってて悪かったな。」


「おめぇ…めっちゃカッコいいな!!嗅覚だけじゃなくて噛む力って!まるで犬みたいじゃん!」


「話は後にしよう。さっさとここから出るのが先決だ。」


そう言って急にカッコよくなった八助と一緒にそこから立ち去った俺たちだった。


長い通路を出るとB2という表記とエレベーターを見つけた。


「ここは地下2階のようだな。どうりで窓がない訳だ。」


「ん?君たちここで何をしてるんだね!」


まずい事に、早くも警備員に見つかってしまった。エレベーターは使えないので逃げようにも通路側を塞がれてしまった。


「こいつも倒すしかねぇか?」


「…そのようだな。」


俺達が構えようとすると、後方からもう1人警備員がやってきて呼びかけてきた。


「おーい!君たち!もしかして帰ろうとして迷子になった子ってのは君達の事かーい?」


「帰ろうとして迷子…?うん、あながち間違いじゃないな。そうだけどー!」


「良かった良かった!研究所見学に来た子が迷子になっちゃったって連れの子が困ってたから探しに来たんだよ!あぁ後は俺が連れて上がるからキミはもういいよ。」


と、今しがた出くわした警備員は下がっていき、代わりに年配の警備員の人に連れられて外へ出られる事になった。


「八助、ラッキーだったな!出られるぞ!」


「君達気を抜くのはまだ早いぞ。この研究所内は阿倍野派がうじゃうじゃいるからね。」


おっさんが小声で話しかけてきた。


「?!おっさん、なにもんだ?!」


「今は君達をここから脱出させる事が最重要事項だ。他の仲間にも伝えているからルート的には問題ない。キミは割と目立つから出来れば落込んだ顔でついて来てくれ。」


「………。」


「おぉ、柿太郎は黙るだけでかなり落込んだムードになるな。」


八助がいらぬフォローを入れてくる。


いろんな人とすれ違いながら通路や階段を通ったが、時々おっさんとサインを取り合っていた人が何人かいた。あれがいわゆる仲間なんだろう。


「到着だ。ここを出てしばらく行った先にキミの友達が待っているだろう。これは君達の手荷物と、それから良かったらこれを持っていくと良い。」


あっという間に出口に着くとおっさんが俺達のカバンと小さな紐で縛った紙切れをくれた。


「捕獲者が逃げたとあっては研究所内は一時騒然となるだろうが、何の問題も起こしてない子供を捕まえたとあっては公にはできない。ここから出さえすれば自由の身だ!」


「おっさん、ありがとう!名前は?」


「ここで悠長にしていてはまた捕まってしまうぞ。ほら、早く逃げなさい。運が良ければまた会うことがあるかもな。」


「お、おう!ほんとありがとーな!」


俺達はおっさんに急がされるままにトレイター研究所を出る事になった。


おっさんの言う通り、少し先のコンビニの前で雛乃進が待っていた。


「遅かったねー。なんか事件にでも巻き込まれてたの?あとそちらの方は?」


「あぁ、ちょっと長くなるぞ!こいつは八助、新しいダチだ!後もう1人おっさんと仲良くなったんだけど、あれ雛の回し者か?」


「ふふ、どうだろうね。よろしく、八助くん!」


「あぁこちらこそよろしく、雛乃進君…かな?」


「呼び捨てでいいよ!多分僕が年下だから。」


俺達は今後の行動について話しながら帰路についた。


「えー!じゃあ研究所の人に捕まってたの?!」


事の顛末を話すと、雛乃進が驚いてこちらを見てきた。


「それ拉致監禁じゃん!普通に犯罪だよね!」


「どうやら研究所内部は総理大臣も関わっているようだから法で裁く事は難しいだろう。それにしても柿太郎の友達がこんな聡明な事には驚きだな。」


「驚きってなんだよ!でも雛は八助と同じ特高だから、俺よりちょっと賢いかもな。」


「ちなみに柿太郎は偏差値30の田舎高校だよ。」


俺が雛乃進をボコっていると、八助がふと何かを思い出したようだった。


「田舎高校は鬼ヶ島高校から近いから狙われるのも無理はないと思ったが、なぜ俺達の特進高校付近にも現れたのか疑問に思っていた。もしかしたらうちの部長なら何か知ってるかもしれないな。」


「ぶちょー?偉いのか?」


「剣道部の部長の事だ。剣道の腕は達人レベルで全国優勝経験者だ。大人でもまるで歯が立たん。普段から鬼ヶ島のやつらを毛嫌いしてて、実際に事件が起こった後も被害者の身を案じて何か対策を取ると言っていた方だ。」


なかなか好感触の青年のようだ。しかも剣道の達人なんて超戦力じゃないか。


「八助!そいつに会いに行こうぜ!」


「あぁ、今日は部活で学校にいるだろうから行ってみるか。それより柿太郎、さっきおじさんに貰った紙切れはどうしたんだ?」


「あれならちゃんと財布に入れて御守りにしてるぜ!良さそうな紐で縛られてたし俺達が無事帰れるように渡してくれたんだな!」


「んー?それ、そういうもんなのか??」


「あのおじさん優しかったもんね!僕も助けてくれる人を探してたんだ!でも所内の人は皆うすら笑いを浮かべる人ばかりで気持ち悪かったんだけど、あのおじさんだけは雰囲気が違ったんだ。」


雛乃進は人を見る目があるようだ。阿倍野派多数の中から、おそらく猿藤派であろうおじさんを見つけたのだから大したものだ。


名前は聞けなかったがおじさんに多大な感謝をしつつ、俺達は特進高校へ向かった。

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