第五話 まだ諦めてないんでしょ?

鬼怒との戦いから1週間後、俺はいろいろやる気を失って学校が終わったら直帰するようになった。


出現したハサミの能力にも苛立ちが止まらないので仕事にも出ていない。


雛乃進も忙しかったのか、この1週間一度も顔を出してこない。


「バカ孫!いつまで引きこもっとるんじゃ!今日こそ清水さん家の庭の手入れに行くぞ!」


「…。」


「ったく、あのアホンダラ。」


じいちゃんは毎日俺を仕事に誘ってくるが、正直今はハサミを見たくない。それもちっぽけな剪定バサミなんて特に。


引きこもっている俺は勉強をするわけでもなく、スマホで漫画を読んだりゲームをして時間を費やしていた。


ピンポーン!


不意にチャイムが鳴る。物音が聞こえないがじいちゃんは出かけたのだろうか?


ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!


「うっせぇな、でりゃいいんだろ!」


ドアを開けると満面の笑顔で雛乃進が立っていた。


「お届け物でーす!」


「あぁん?って雛かよ。俺は何も頼んでねぇぞ。」


「声が聞こえたよ!現状をどうにかしたいっていう心の声がね!」


「俺はいつからサトラレになったんだ。」


そう言いつつ雛乃進は俺に一枚の紙を渡してきた。


「んー?トレイター診断??」


「そうそう!柿太郎もトレイター能力が発現した事だし、ちゃんと能力を判定してもらった方が良いんじゃないかと思って!」


「なんでそんなこと。1年に1回健康診断の時に測られるんだからその時で良いだろ。」


「あれは無能力の人相手が多いから、流れ作業で適当な診断になっちゃうでしょ?柿太郎は自分の正しい情報が知りたいんだからこっちを受けるべきだよ。」


「それに…まだ諦めてないんでしょ?自分の能力の可能性を!」


雛乃進は俺が悩んでる時、いつも心の中に土足で入り込んでくる。


ただ、1人にして欲しい時は1人にしてくれるし、今回の1週間も雛乃進なりに気遣って来ないでくれたのだろう。


そんな雛乃進の気遣いは無下にできない。


「あーだりぃけど、受けるだけなら行ってやるわ。」


「ハハ、素直じゃないね。」


俺は雛乃進に連れられてトレイター判定診断所へ向かうことにした。


「へぇ、こんなデカい建物があったんだな。」


「国が運営してるからね。トレイターについての研究もしてるみたいだよ。」


「まぁ一般的にはトレイターなんてもんは何の役にもたたねぇし、理性がぶっ飛ぶ可能性もあるしでデメリットの方が注目されてるわけだしな。こういう拠点をガッチリ固めとかねぇと凶暴で強い人間なんて野放しにしたら危険極まりねぇ。」


俺は脳裏に鬼怒の顔が思い浮かんだ。


「そういやぁ鬼怒のやつはトレイター登録してねぇのかな?あんだけ能力が発現してたら危ねぇだろ。」


実際に俺もボコボコにされた訳だし。


「まぁ実際には年1回の検診までは黙ってる人も多いみたいだね。国の管理下に置かれると、住むとこも仕事も決められちゃって自由がほとんどなくなっちゃうって事も聞いたことあるし。」


「そりゃ嫌だな!まぁ俺は剪定バサミなんで家業やっとけで終わりそうだけどな!」


俺たちは談笑しながら建物に入って行った。


受付では軽い受け答えと問診票の記入をするだけだった。実際の判定はMRのような機械に入ってスキャンするだけでトレイターかどうかの判断をしてもらえるようだ。


「これでトレイターだって判断されたら俺はどうなるんだ?」


「判定者は大広間に呼び出されるみたいだね。そこで説明や注意を聞かされた後に個別の能力を言い渡されるみたい。初の診断時はそんなにレベルが高くない事が多いから管理下に置かれる事はほとんどないみたいだよ。」


それを聞いて少しほっとした俺がいた。なんだかんだ監禁とまでは言わないまでも、自由のない生活はごめんだからだ。


安心してスキャンを行った俺は再び受付へ向かった。


「鋏屋柿太郎さんですね。結果確認させて頂きました。判定はレベル2と出ましたのでこの後、大広間へとご移動をお願いします。」


「なんだ?いきなりレベル2?俺まだ管理されないよな??」


「レベル1っていうのは発現する可能性が高い人の事を言うらしいから、実際にはレベル2からがトレイターっていう括りになるらしいよ。どういう人がレベル1なのか気になるね。」


「なるほどな。じゃあ雛もレベル1の可能性はある訳だ。」


「僕はなんにも取り柄がないから0だろうね。一つの事を集中して〜っておじいさんも言ってたし。」


雛乃進は少し困った顔をして否定していた。


無事(?)トレイター判定を貰えた俺は大広間へ向かうことになった。ここからは雛乃進は入れないそうだから俺1人で話を聞かなくちゃいけない。


大広間へ着くと俺を含め総勢16人の判定者が座っていた。


隣の席には俺と同じくらいの歳の男が座っていたので声をかけてみた。


「おっす、アンタもトレイター仲間だな!俺は鋏屋柿太郎ってんだ、よろしく!」


「ああ、よろしく。俺は犬飼だ、犬飼八助いぬかいやすけ。」


「八助だな!俺は柿太郎でいいぜ!歳近そうだし!」


ぺちゃくちゃ話してると綺麗めのお姉さんが部屋に入ってきた。


教壇まで行くと背筋をピンとさせしゃべり始めた。


「私は国立トレイター研究所、博多事業所の獅子尾ししおと申します。皆さん、まずは率先的なトレイター受診、誠に感謝いたします。」


一礼をすると、そのままトレイターについての説明が始められた。


「皆さんが今回発現したトレイター能力ですが、非常に危険なものである反面、使い方によっては非常に便利がよく、人々の発展に役立てることができる大変未知数な能力です。」


「もちろん身体能力がずば抜けて高くなってしまうので一般的なスポーツ等の競技には参加できなくなります。ですが雇用面は優遇されており、国家公務員として自衛隊や警察といった就職先が用意されています。また警備会社や運送会社等、トレイターを積極雇用したがる企業も近年増加傾向にあります。」


「ただし、制約はあります。今回受診いただいた皆さんは全員レベル2判定でしたが、今後レベルが上がるようであれば徐々に一般企業での雇用は難しくなり、最終的には国家公務員としての雇用のみとなり所属部署も限られていきます。」


「つまり能力レベルを上げないようにして自由な職場で働くか、どんどんレベルを上げて特殊部隊を目指すかといった働き方を選べる時代になりつつある訳です。」


疑問点が出てきたので俺は隣の犬飼に尋ねる事にした。


「そういう時代になったって事は昔は選べなかったのかな?」


「俺も祖父から聞いた話だが戦前までは酷かったらしい。第二次大戦中はトレイターってだけで特攻隊に任命されたりしてたらしいぜ。」


いつの時代でも胸糞悪い話はあるもんだ。


「そもそもトレイターとは古代の文献にも登場し、いつの時代から存在していたかは未だ判明していません。歴史上の名を挙げた武将の多くはその規格外の強さからトレイターだったのではないかと想像されることも多く、かの有名なジャンヌダルクや呂布、織田信長などはその説が濃厚だと言われています。」


「勉強みたいになってきたから俺だんだん飽きてきちゃった。寝てるから終わったら起こしてくんね?」


「いや起きとけよ!自由すぎるだろ!」


そんなこんなで獅子尾さんの長話は終わり、個人面談へと進んでいった。


「で、なんでお前が一緒にいるんだ?」


犬飼が俺に問いかけてきた。


「えー!俺たちもう友達だろ?俺1人でこういうの受けるの苦手なんだよー。」


「いや!個人面談だから!複数人一緒はマズいだろ?」


犬飼の問いに獅子尾さんが答える。


「部外者はマズいですがトレイター同士なら問題ありませんよ。」


「いいのかよ!」


どうやら犬飼はツッコミキャラらしい。


「ではまずあなたからですね、犬飼八助くん。特進高校の3年生で17歳。」


「おー、雛と同じ特高!頭良いのかー!」


「馴れ馴れしいなー!別に特高に入るだけなら大した事ないよ。その中で上に上がるのがむずいんだよ。」


獅子尾さんが苦笑いしながら話を戻す。


「えーじゃあ気を取り直して。犬飼くんに今回発現した能力は…」


「…嗅覚ね!」


お、こいつ俺レベルで使えない能力じゃね?

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