第四話 アンタみたいなザコに何がわかんのよ!

鋼の精神を持った俺も2日連続の大敗は流石にこたえた。


「柿太郎がいたせいでこのゲーセン、ヤンキーに目をつけられたんだろ?疫病神じゃん。」


「柿太郎って結局口だけだよな。」


「ぶっちゃけ発言もきもいし、よそに行ってほしい。」


「俺、トレイターって初めて見たよ。鬼怒って人めちゃくちゃ強かった!」


「なー!それに比べて柿太郎、まじださかったなー。」


「自分がトレイターだって勘違いしてたみたいよ?頭やばくない?」


やめてくれ…。


「なんか喧嘩があったみたいね。やられてるの柿太郎じゃない?」


「え、ボコボコにされてるじゃん。強いって口だけだったの?ちょっと幻滅ー。」


もう、やめてくれ…!



「はいはーい、怪我人が通るよー。」


気がついたら雛乃進が俺をおぶってゲーセンから連れ出してくれていた。


2日連続で弟分に恥ずかしいところを見せてしまった。


「あ、気がついた?まだ無理はしない方がいいよ。」


「いや、大丈夫だ。ちゃんとトレイター発現はしてるみたいだから超回復が効いてるみたいだな。…まぁ使えるかどうかは置いといてな。」


そうだ、俺の能力は剪定バサミを出すという全く使えないクソ能力だった。


「僕は柿太郎らしくて良いなって思ったけどね。」


「戦いに使えなかったら意味ねーよ。トレイターの能力だぞ?」


「それなら刃物なんだし、刺すなり切るなり使い方はあるじゃない。」


「やめろ、ハサミは人を殺傷する物じゃない。」


「まぁ柿太郎からするとそうだよね。大事なハサミだもん。」


俺は物心ついた頃からじいちゃんと庭いじりをしていた。


ハサミという物は人間が生み出した文明の利器だ。刀は人を傷つけるがハサミは人を豊かにする。小さい頃からそうじいちゃんに教わってきた。


職業こそ違うが俺の父ちゃん、母ちゃんも東京で有名美容師としてハサミを使う仕事で働いている。鋏屋家の人間とはそういうものなのだ。


そして俺が5歳の時、初めてじいちゃんから貰ったハサミが剪定バサミだ。


以来12年間、ずっと俺の仕事道具として共に過ごしてきた相棒である。


結局俺はカッコ良くも強くもなれない。草いじりがお似合いのガキンチョだ。


「…ま、まぁ。鋏屋家の長男としてこんな恵まれた能力はないよな!明日からバリバリ仕事できちゃうじゃん!きっと帰ったらじいちゃんのやつ、喜ぶぞー!」


「柿太郎…強がらなくて良いよ。」


雛乃進が俺の心を看破してくる。


「悔しい時は泣いたって良い。僕はありのままの柿太郎を見るのが楽しいから今までずっと一緒にいたんだ。」


雛乃進がそっと微笑んだ。ピヨ吉も俺の肩に乗ってくる。


「ぴよ!」


「なんだよそりゃあ…。」


情けなくて涙が溢れてきた。


「くっそ悔しいなぁ…。」


自分がちっぽけすぎてピヨ吉がとてつもなく重く感じる。


俺は路地裏で涙が枯れるほど泣いた。こんなに泣いたのはガキンチョの時以来だ。




「あースッキリした!めっちゃ泣いたら腹減ってきたな!!」


「…機嫌が直るスピードが人間のそれじゃないんよ。君は。」


「ん?あ!もうすぐ15時じゃね?!真希ちゃんツタバで待ってるかも!雛急ぐぞ!」


俺は雛乃進と一緒にツタバへ足を急がせた。


14:55


「セーフ!まだ真希ちゃんは来てないみたいだな。」


「あ、柿太郎。あれって例のやつ?」


雛乃進が指差した先には限定メニューが書いてあった。


“ウルトラチョコレートクリームマシマシフラペチーノ!数量限定 1日5杯!"(残り××××1)


「あと1杯しかねぇじゃん!先に買っとくっきゃねぇな!急げ!」


俺は列に並んでなんとかラスト1杯のフラペチーノをゲットした。


「そんなフライング購入して溶けない?」


「大丈夫だ!春っつってもまだ寒い日はあるし店内で待ってりゃ溶けねぇよ!それにもう15時は過ぎてるしそろそろ来るだろ!」


「お、後先考えないポジティブ柿太郎が戻ってきたね!」


そんな会話をしていると近くでフードを被った小柄の女の子の注文が俺たちの耳に入ってきた。


「えーと、ウルトラチョコレートクリームマシマシフラペチーノ1つください。」


今一番聞きたくない一言を聞いてしまった。


う、ウルトラチョコレートクリームマシマシフラペチーノだって?


それは、俺の手の中で真希ちゃんの口の中に入るのを今か今かと待ち構えてる“この"ウルトラチョコレートクリームマシマシフラペチーノの事か??


「お客様すみません、ウルトラチョコレートクリームマシマシフラペチーノはつい先程売り切れてしまいまして…。」


「えっ…ご飯抜いてきたのに。」


ごーはーんーをー抜くなっ!


ご飯を抜くんじゃないよっ!育ち盛りの子が!


だいたいフラペチーノだけでカロリー摂取しようとすんじゃないよ!確かにこれ死ぬほどカロリー高そうだけどね!


「どうしてもダメですか?」


「申し訳ございません。材料がもうありませんので。」


俺の手はプルプル震えていた。


品薄商法と見せかけて本当に材料がなかったなんて…。尊いなぁ、このカフェは尊い。よし!次もまた必ずこのカフェに来よう!


「おい、嬢ちゃん。」


そう呼びかけると、フードの女の子がこちらを振り向いた。


「これで良けりゃやるよ。まだ溶けてねーし。よく考えたら俺が飲みたいのはコーヒーだった。」


「え?え?」


「良いから貰っとけよ!あと飯食ってないんだろ?良かったらこれもやるよ。」


俺はうまかろうもんもおまけしてやることにした。


「あ、ありがとう…。」


そういうとフードの女の子は一礼して、フラペチーノを手にどこかへ去って行った。


「めずらしく男前だねー。だけど良かったの??」


「茶化すなよ雛。それに俺はいつだって男前だ!」


問題は真希ちゃんが来た時になんて言い訳をするかだ。


「あ、やっほー!柿太郎くん!」


なんて悩んでる時に限ってすぐに来てしまった。非常にまずい。


「お、おう!真希ちゃん!実はさぁ…」


「ごめーん柿太郎くん。カフェの約束やっぱナシでいい??」


「え??」


急な発言に頭がついてこない。


「あ、あぁ大丈夫だよ!カフェの気分じゃなかった?」


「ううん、そうじゃないんだけどね。私さっき彼氏できたんだ!」


??!


まさかのカミングアウトである。


「へ、へぇ良い感じの人がいたんだ。同じ田舎高校のやつ?」


「それも違うかなー。さっき会ったばっかだし、よその高校。」


おい、それはもしかしてナンパってやつじゃないのか?


「そ、それはやめた方が良いんじゃない?!会ったばかりのやつなんて、もしかしたら騙されてるかもしんないし!」


「はぁ?アンタさっきケンカしてボコボコにやられてたでしょ?あんたみたいなザコに何がわかんのよ!人の彼氏けなすとかサイテー!」


パチーン!


俺は平手打ちを食らった。


さっきのケンカ、見られてたのか。


俺は一瞬で頭が真っ白になったが、そこに更に追い打ちがかかってくる。


「おー。真希、どうしたんだ?」


真希の彼氏と思われる大柄な男が近寄ってくる。


「聞いてよ、鬼怒君!こいつ鬼怒君の悪口を言ってくるの!同じ学校だからって許せない!」


「あん?こいつはさっき俺がゲーセンで捕まえた大事な嫁なんだがよー?ってよく見たら柿太郎じゃねぇか。」


会いたくない顔に1日で2回も出会ってしまった。


「鬼怒、お前何をこの子に吹き込んだんだよ?」


「人聞きが悪いな。俺は何も騙しちゃいねぇ。俺がお前をケチョンケチョンにしたらあのゲーセンで人気者になっちまっただけだ!」


「なにー!それで真希ちゃんにまで手を出したのか?!」


「悔やむならお前の弱さを悔め。なんであろうが勝った方が総取りできる世の中だ!」


鬼怒は近づいてきて俺に耳打ちしてきた。


「で、あれはお前の意中の子か?残念だったな。あまりにも胸がでけぇんで貰うことにした。楽しんだら感想くらい教えてやるよ。」


ブチギレた俺はすぐさま殴ろうとしたが、一足早く鬼怒の拳が俺のみぞおちに辿り着いていた。


ドゴォ!


「柿太郎!まだ無茶しちゃダメだよ!」


雛乃進が駆け寄ってくるが、さっきの蓄積ダメージもあり、もう立てそうにない。


「俺はいつでも相手をしてやる!倒せる気になったらそのちっちゃいハサミを俺に突き立てに来い!」


「えー、アイツ凶器使わないと喧嘩できないの?弱い上にキモい。」


そういって鬼怒と真希ちゃんなは腕を組んでどこかへ去って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る