舌戦


「石ころ、この本の解読方法について話したいそうだな」


 エイドスはむすっとした表情で腕を組んだ。

 あくまでも自分たちのほうが上。彼の態度はそう言いたそうだ。


「俺にはユウって名前があるんだ。石ころじゃない」


「ふん……まぁいい。ユウ、これをどうやって解読する?」


 エイドスはテーブルの上にある分厚い本に視線を向ける。

 彼の手元にある本は、間違いなくグラン・グリモアだ。


 さて、始めるとするか……。

 まずはエイドスの意識を変えないとな。


「エイドス。情報は形がないけど価値があるんだ。

 そしてこれには、とびきりの価値がある」


 俺はローブの前で腕を組み、エイドスと同じ仕草をした。

 それを見たヤツは、ふんと不満げに鼻を鳴らす。


 俺のことをあなどり、小馬鹿にしてるんだろう。

 まぁ、自分でも貫禄不足なのは分かってる。


「金を払わないで商品を持っていこうとするのは、少々いただけないな」


「本当に商品があるのか疑わしいからな。

 お前がこれを解読できるというなら、その証拠を見せろ」


「そう急ぐな」


「これを読んでみせろ」


 ここまでのことでわかった。

 エイドスは子供だ。

 交渉というのがよくわかっていない。


 やつがしていることは交渉じゃない。

 子供が泣きわめいて、それを母親があやすのと同じ仕組みだ。


 要求を突きつけて、それが通るならよし。

 もしそれが通らなければ。不機嫌になって駄々をこねる。


 そうやって困った相手をコントロールしようとしている。


 まぁまぁよくある手合だ。


 そういえば、ライトさんが「エイドスは話が通じない」といっていたな。

 きっと、この部分を指してのことだろう。


「もちろん読んでやってもいい。だけどそれをどう確かめるんだ?」


「何だと……?」


「なぁエイドス。考えてもみてくれ……それは『専門書』なんだよ」


「だからなんだ」


「小中学校に通っていれば、日本語の新聞や小説は読めるだろう。

 だけど、日本語がわかるだけでプログラムや宇宙科学の本を読めるか?」


「……いや、読めない」


「そこに書いてる内容がお前たちの頭の中にない。

 だからグラン・グリモアを読むことができないんだ」


「この世界で言葉が通じるのに、なぜ読めないのか疑問だった。

 日本語にしても、わからない事が書いてあるということか」


 俺がエイドスに言っている内容は、完全な口からでまかせだ。

 ただ、これはほとんど真実だと思っている。


 俺たちがこの世界で見聞きする言葉は大抵理解できる。

 なのになぜ、グラン・グリモアはこの世界の人でも読めないのか。


 それはそもそも理解不能な内容が書かれているからだ。

 だから読めない。ごくシンプルな話だ。


「うん。そういうことになる。

 実はこれは、この世界で解読を試みた学者もそうなんだ」


「何……だと?

 グラン・グリモアの内容は、学者も理解してないのか!?」


「その通りだ。だから彼らは俺に協力を要請した。

 俺なら読めると思ったからだ。だがそこにお前が現れた」


「む……」


「実験場は台無しになり、俺たちが解読する機会は失われた。

 グラン・グリモアは、お前の手元でカビて朽ち果てていくだけだろう」


 エイドスは足をゆすりはじめた。

 イラついているんだろう。

 思っていたよりも気が短いな。


 そろそろ交渉の要点を切り出すか。


「そこで提案したい内容があるんだ」


「言ってみろ。受け入れるかどうかは別にしてな」


「実に寛大なお言葉だね」


「そうだろう。俺は心の広い男だからな」


 エイドスは今のが皮肉だとわからないらしい。

 ある意味幸せなやつだな。


「提案は、グラン・グリモアを俺たちに預けること。

 そっちはそのかわり、俺たちが翻訳された内容を受け取る」


「だめだ。グラン・グリモアはここから動かさない。

 お前たちがここに来て解読すればいい」


 だろうな。

 そう来ると思った。


 さて、どうするかな。

 エイドスは、自分の望みを叶えることには頭が回る。

 だがそれ以外の部分はさっぱりだ。


 ここは丁寧に説明するか。


「エイドス。ここで解読するのは無理だ。

 創造魔法を解読したら、その効果を実験しないといけない」


「ここでもできるだろう!」


「爆発や大波でも創造して、ここで生き埋めになったら誰が掘り出すんだ」


「むむむ……なら外で」


「古代の本を太陽の光と湿気混じりの風のもとにさらすのか?

 数週間でボロボロになって読めなくなるぞ。

 その本にはすでにその兆候が出てる。」


「な、でまかせを……ッ!」


 勢いよく立ち上がって拳をテーブルに叩きつけるエイドス。

 すると俺の後ろにいたママが俺の前に出た。


「いや、僕はリアルで学芸員をしてる。彼の言っている事は本当だ。

 本の保存はとても重要で、日光や湿気、風から守らないといけない」


「ほ、本当なのか……」


「ゲームの世界なら雑に取り扱えっても本が消えることはない。

 でもここは異世界と言っても現実なんだ。消えるんだよ」


「そういうことだ。専門家に任せたほうがいいとは思わないか?」


「だが、お前たちが裏切らないという保証はないぞ!」


「エイドス、何で俺たちが裏切るんだ?」


「お前たちは弱い。創造魔法を手に入れて――」


「魔王になってお前たちをやっつけると?

 エイドス、それはお前が望んでいることじゃないのか」


「――ッ!」


「エイドス。何をそんなに急いでる。スポンサーの意向か?」


「そんな事は関係ない。」


 それは関係あると言っているようなものだ。

 もうエイドスにも余裕がないんだな。


「だったらなおさらこっちに渡すべきだ。

 すぐに翻訳できる部分を――」


「いや、お前たちを捕まえる。それで翻訳させればいい!!」


 激高したエイドスが指を鳴らす。

 すると、部屋の中にエネルケイアのメンバーがどかどかと入ってきた。


 これはマズイ。エイドスがやけっぱちになった。

 最終手段を使おう!!


「マウマウ!」

「まう! クリエイト・ウォーター!」


 マウマウが創造魔法を使い、テーブルの上に巨大な水球が生まれた。

 エネルケイアの連中が「あっ」と声を上げて水の玉を見る。

 そのスキに俺は水球に墨液を投げ込んで透明な水を真っ黒にした。


「これが弾ければどうなるかわかるな?」


「ぐぐ……できるはずがない!」


「そうだ。俺たちもこんなことはやりたくない。

 でも力づくでいうことを聞かせようとするなら、ためらわないぞ」


「……待て、わかった!」


 エイドスは口から内蔵が飛び出る勢いで怒鳴る。

 するとエネルケイアのメンバーは「何なんだこれは」という顔で下がる。


 メンバーの顔には戸惑いと不満の色が浮かんでいる。

 よそ者の俺たちの前で、メンバーが表情を取り繕わないのは重症だ。

 彼の求心力は相当に落ちているな。


「よし、話を続けよう」


 マウマウの出した水球がボトルの中に収まる。

 前のと合わせると、墨汁の数が書道教室を開けそうな数になったな。


「俺たちが創造魔法を調べるのは、魔王になるためじゃない。

 この世界で創造魔法が弱体化している原因。

 それと俺たちがなぜこの世界に来たのかを調べるためだ」


「創造魔法の弱体化……だと?」


「研究者の話によると、創造魔法は使ううちに威力が弱まっていった。

 俺たちが使っても、次第に弱体化する可能性があるんだ」


「お前たちはそれを調べたいということか

 なら勝手に調べるといい。だがグラン・グリモアは――」


「そうだ、それとリアルでのことについて、伝えておきたいことがある」


「リアルでの? なんのことだ」


「横田基地に米軍の特殊部隊が到着したって政府の調査員がいってたぞ。

 目的地に心当たりがあるんじゃないか?」


「何!?」


「さて、どっかの誰かに価値があるなら……。

 例えば現実世界に存在しない魔法を教えてくれる人物なら?

 きっと銃で撃ち合いして、爆弾を投げあってでも奪い合うだろう」


「そうだ、だから俺はグラン・グリモアを……」


「だが、それが何の役にも立たない石ころならどうだろう。

 そんなのを危険をおかしてまで奪い合うかな?」


「……ハッ!?」


「お前のスポンサー連中がやり取りする時間も考えると、

 もう時計の針にはほとんど余裕がないはずだ。

 こんな所でしゃべっている場合じゃないと思うぞ?」


 エイドスには心当たりがあるのだろう。

 口を開きっぱなしにして、頬がふるえている。


「……わかった、持っていけ。それは持っていけ!!」


 エイドスはグラン・グリモアを押し、テーブルの上を滑らせる。

 スルスルッと回転しながら流れる本は、俺の手に当たった。


「ありがとうエイドス。」


 俺はグラン・グリモアを手に取り、中身をみる。

 間違いない。本物だ。


 よし、グラン・グリモアを確保したぞ……!


『お前中国のスパイと米軍特殊部隊の撃ち合いに巻き込まれるかもよ?』

 これが俺の最後の切り札だったが、さすがに効いたようだ。


 この切り札の効果を出すためには、いくつかの条件があった。

 まず、俺の言葉をエイドスが聞く姿勢になっていないといけない。


 そこで持ちだしたのがハッタリだ。


 俺はまず、エイドスに話を聞かせなくてはいけなかった。

 だから奴が一番興味を持ちそうなテーマを考えた。

 それが「グラン・グリモア」の解読方法だったのだ。


 グラン・グリモアの解読ができるかどうか、

 この真偽は実は重要じゃない。


 奴が興味を引く話題を出す。

 それでこちらに注意を向けさせる。

 これが重要なのだ。


 話を聞く態勢を作る。

 これで俺の勝ちはほぼ決まった。


 あとはエイドスの選択肢を誘導するだけだ。

 ヤツが提示した選択肢の問題点を俺が指摘し、ヤツ自身に捨てさせる。

 

 そうして選択肢を無くしていって、エイドスを追い詰める。

 さらに決断を迷う時間がないことを伝える。


 そうすると切羽詰まってヤツは混乱する。

 判断力を失い、俺が目の前にぶら下げた答えにしがみつく。


 エイドスがベストと考える選択肢は、オレたちのベストだ。

 すべてがうまくいってよかった。


「俺はもう関係ない! さっさと持って行ってくれ!」


「そうするよ」


 俺はグラン・グリモアを手に取ると、アジトの出口に向かった。

 エイドスが「取り返せ」と手下に命令を出す前に、とっとと帰ろう。




※作者コメント※

なんやこの口先の魔術師…

あ、これ全てマルチ商法などで実在するテクニックです。

備えよう。

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