無い物ねだり
「何かわかったか?」
「いや……それが何も――」
「まだわからんのか!」
うす暗い牢獄のような地下室の中で、エイドスの声が反響する。
彼は革張りの書物を前にして、メンバーたちにどなりちらしていた。
エイドスの紅潮した顔はランプに照らし出され、薄暗い地下室の中で松明のように目立っている。
反面、彼に叱責された男の顔はまっ青だ。
エイドスが顔を赤くするたびに、彼は顔を青くする。
「こういうのは専門家じゃないと……俺たちはただのゲーマーっすよ」
「ちっ……」
エイドスは壁に拳を叩きつける。
まったく苛立ちを隠そうとしていなかった。
彼が不機嫌を通り越して激怒しているのは、目の前の本に理由がある。
机の上においてあるのは、ユウたちから奪ったグラン・グリモアだ。
そう、この本の中身がまるで読めないのだ。
エネルケイアのメンバーがかわるがわる解読に挑戦している。
だが、結果はさっぱりだった。
「そいつが『創造魔法』の本なら、あの紙切れと同じ内容じゃないのか」
「だとおもうんですけど……同じだけど読めないんですよ」
「創造魔法は読めるのに、何で読めないんだ。そもそも異世界の文字は読めるし、言葉も通じるだろう」
「さぁ……」
「その本自体に仕掛けはないのか?」
「それも疑ったんですけど、文字を翻訳する魔法のトランスレイトも、魔法を解除するディスペルやアンロックも効かなかったですね……」
「クソッ」
エイドスは手近にあったガラクタの山を蹴り飛ばす。
するとガラクタの中にあった金物が床に落ち、不愉快な騒音を立てた。
音が彼の
エイドスは何の罪もない古びたヘルメットを壁に叩きつけ、バラバラにした。
「もしかしたら暗号化されてるのかもしれないっす」
「あの野郎……簡単に渡したのはそういうことか」
「そうかも知れないっすね。あいつらがすぐ渡したのは、そう簡単に使えないのを知っていた、とか」
「チッ、なら……研究者だ!
創造研究所だったか? そこに居る連中をとっ捕まえて――」
「創造研究所は
「俺のせいだっていうのか!!!」
「そ、そんなこと言ってないっす!!」
エイドスは壁に寄りかかって、足をゆすり続ける。
彼は完全に冷静さを失っているようだ。
といっても、もとからそう多く持っていたわけでは無いが。
(マズイな……俺の後ろ盾になっている中国人なら、本国でAIなり何なりを使って、これを解析できるだろう。しかし、全て渡してしまったら、俺は用無しになる)
エイドスが突然押し黙ってじっとする。
そんな彼を見たメンバーは、グラン・グリモアを読むフリをした。
エネルケイアの古参メンバーはみんな知っている。
エイドスが不機嫌な時、不気味に沈黙したら要注意。
彼が怒鳴ったりモノを蹴っ飛ばしていない時は、何か作戦を考えているときだ。
これを邪魔すると人を殺すんじゃないかという勢いで怒り出す。
こうなったエイドスはそっとしておくのが、クランの暗黙の決まりだった。
そしてこうなった後の彼は、ちゃんと解決策を思いつく。
しかも大体うまくいく。
だから古参のメンバーは、彼の
面倒だが、結果を残すリーダーとして。
(……全ては渡せない。だが、俺たちの後ろ盾になった連中に、何も渡さないわけにもいくまい。投資しただけの見返りがないとすれば、最悪消されるだろう)
(NRは神経接続の関係上、使用者本人以外は機器を使えない。脳神経マップの形が違うからだ。しかし……命がけでやろうとすればできなくはない)
(あの国は人の命が軽いからな。受刑者なりを使って、NRのハッキングを試みるかもしれない。自分たちでやったほうが速い。そう思われると命取りになる)
(そうだ。俺が水道の蛇口のレバーを持ってないといけない。俺はレバーをひねって奴らに飲ませる係だ。グラン・グリモアを渡すわけにはいかない)
(だがそのためにも、目に見える結果が必要だ……俺たちの手に入った創造魔法はそう多くない。出し渋ってもそのうち弾はつきる)
(何かが必要だ。何かが――)
「エイドスさん、アイツらが来ました!!」
「バカッ!」
「――あっ! す、すみません。あとにします!!」
「いい、もう終わったところだ。何が来たって?」
「グラン・グリモアとかいうのを取り上げた連中、あいつらがやって来ました」
「取り返しに来たのか? お前たちで追い払えるだろ」
「それが……あいつら、グラン・グリモアの解読方法について話したいと」
「――なんだと?!」
・
・
・
俺たちはエネルケイアのアジトに入った。
ライトさんが案内だけでなく話も通してくれたおかげで助かった。
彼は拠点の入り口で見張りと交渉し、中に入れるようにしてくれたのだ。
「なんだか、思った以上にあっさり通されたね」
「さすがのエネルケイアも、元仲間をいきなり攻撃することはしなかったな」
「そんな荒っぽいやつは1人しかいないよ」
ライトさんがどっかの誰かにダメ出しする。
すると、俺たちの前から「ちがいない」と同意が飛んできた。
前を歩いているのは、エネルケイアの現メンバーだ。苦労してるな。
(なんでこんな簡単にアジトに入れたのでありますか?)
(そこは気になるね。どんな魔法を使ったんだい)
(簡単な話だよ。そもそも、グラン・グリモアって解読が終わってないだろ)
(……まさか、解読方法を知っているって、ブラフを仕掛けるつもり?)
(そのまさかだよ)
(ウソだってバレたら大変なことになるよ……?!)
(大丈夫だよママ。俺にはそのための最終手段だし、確信もあるんだ)
(確信?)
(いうなれば創造魔法の原理かな。なんで創造魔法を使うと毎回ちゃんと同じような物がでてくるのか?)
(それは言葉で創造するものを指定しているからじゃないかい?)
(そう。創造魔法が使っているのは言葉だ。でも言葉って時代によって指す意味が変わるじゃないか。人によっても違う。なのになぜ動くのか)
(言われてみればそうだね。創造魔法が使用者のイメージに依存するなら、魔法を使っても結果が安定しないはず。……使用者のイメージを見ていない?)
(ママの言うとおりだ。使用者のイメージを見てない。なら、創造魔法はいったい誰のイメージを見ているのか? 俺が思うにそこが問題の本質だ)
(そんなまさか……でもユウの考えは筋が通ってる)
(まさかぶっつけ本番でやることになるとは思わなかったけどね。胃が痛いよ)
(はは……僕も痛くなってきた)
前を行くエネルケイアのメンバーの足が止まる。
どうやら目的の場所についたみたいだ。
「さて、この先にエイドスがいる。くれぐれも慎重に話してくれよ」
「まぁ、善処するよ」
「頼むぜ。あんたが死ぬのは勝手だが、床掃除をするのは俺たちなんだ」
「おたくが用意したモップとバケツが無駄になるよう祈ってるよ」
俺はドアを開け、皆と一緒に部屋の中に入る。
ドアの先は四方を石壁に囲まれた、狭っ苦しい空間だった。
部屋の四隅には大量のガラクタが積み上げられて山ができている。
山をかたち作っている物たちはまるでとりとめがない。
鍋や食器と言った日用品から、ネックレスと言った装飾品。
それにベッドやタンスといった家具まである。
異世界で手に入れた戦利品なのだろうが、リサイクルセンターか何かみたいだ。
「来たな、石ころ」
部屋の中央から、俺たちに向かって投げやりな声が欠けられた。
声の主はグラン・グリモアを抱えたエイドスだ。
エイドスは部屋の中央にあるテーブルで、俺たちを待ち構えていた。
さて、戦いはまだ終わってない。
今度はこっちが攻める番だ。
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・
※作者コメント※
10月23日(月)の朝更新は無理そうなのでお昼にアップします。
ウォォー!
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