誰もがうらやむ輝き
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「えーっと……マウマウのお父さんが『調査室』ってトコの偉い人なの?」
「うん。彼女のお父さんはそこの室長をしているらしい。これって本当は、誰にも言っちゃダメなんだけどね……」
「へ、なんで?」
「調査室ってようはスパイなんだ。だから家族にも仕事のことは秘密にしないといけない。危険が及ぶからね」
「ガチのやつなんだ……」
「僕もそれを知った時はびっくりしたよ」
「んー……でもさ、それって本当? マウマウが嘘つきには見えないけど、よくあるじゃん、うちは道場やってるとか石油王だとか、そういうのじゃないの?」
「さすがに石油王を自称するプレイヤーは聞いたこと無いかな……」
「夏と冬の一定の時期には割といるぜ」
「あぁ……そういう」
「ともかく、マウマウに話を通すのは、ママに頼んで良いか?」
「うん? それだと二度手間になるよ」
「だってほら……それってママとマウマウが黙ってるよう約束したことなんだろ?マウマウが勝手に教えられたことを知ったら、傷つくかもしれないじゃん」
「あっ、そうだね……うかつだった」
「――って言うわけで、後はよろしく!」
「調子いいなぁ。じゃあこっちでマウマウと打ち合わせするよ。それでその内容をユウのもとに持っていって――っていう
「うん、それで頼む。その間こっちは、クランハウスの適当な部屋割りを決めて、拠点として使えるようにするかな」
「わかった、じゃあそれで動こう」
「あぁ。そういやママは、俺のリアルの連絡先は知ってるよな?」
「うん、何かあったらそっちに入れるよ」
「よろしく!」
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「っと……まさかマウマウがなぁ……」
――あれから数時間後。俺は異世界から現実の世界へと帰っていた。
片っ端から屋敷の掃除をした俺たちは、とりあえず使えるようにした部屋を順次メンバーに割り振っていった。
まぁこれが面倒で、とにかく時間がかかった。
「どうでもいいけど、ゲームじゃなくて普通に仕事だよなぁ……。」
現実世界に返って来ると、次第に失われた感覚が戻ってくる。
NRゲームを開始すると、仮想世界に神経を接続する都合上、現実に対する五感は一時的に喪失してしまう。
感覚の喪失は一時的なもので、ゲームを中断して現実に戻ると、少しづつグラデーションのように感覚が戻ってくる。
ホワイトノイズのようなザーッとした音が、次第に個別の音として認識できるものになっていく。
これは――雨音か。いつの間にか雨が降ってきていたようだ。
聴覚の次に、視界も次第に認識できて来た。
「わ、部屋ん中、
俺はついさっきまで、柔らかい陽光の中に浮かぶ豪華な屋敷に居た。
だが今、ガチガチになった背中に悲鳴を言わせながら、首を左右に振って見えるのは、それとは真逆の世界だ。
俺の足元にあるのは、グチャグチャに積まれた配達食のカラに、ビニールに突っ込まれただけのペットボトルの山。
部屋の足元にはおおよそ生活空間というものがない。あるのは、汚れたマットレスのための万年床のスペースだけだ。
「しっかし……これを見てると異世界に『帰りたい』って思っちまうな。どっちが現実なんだか。」
段々と、無数の感情が浮かんでくる。
NRを使ってて不思議に思うのは、戻ってきた瞬間のこれだ。
NRの仕様を止めた瞬間、人間は盲目になっているわけではない。
俺の目は確かに機能していて、目の前の物が見えている。
それなのに、何を見ているのか、その区別がつかないのだ。
NRが生活のための手段になり、必要不可欠なものになっていても、いまだ忌避している人たちがいるのは、この感覚の喪失と復帰にある。
この感覚を例えるなら……なんだろうな。幽霊から人間に蘇生する。
モノからヒトになる感覚っていえば良いだろうか?
NRをリモートワークに使用する場合、この感覚を毎回体験することになる。
だから、ダメな人は本当にだめなのだ。
自分の前の最悪の現実を、何度も活写されるのを意味しているからだ。
「うわ、湿気もスゴイな……エアコン付けるか」
雨は陰気なしめりけとなってフローリングの床に侵入しており、その上を裸足で歩く俺に、ぬるっとした不潔な感覚を残した。
俺はつい、
この感覚は俺だけのものではない気がする。
ママは異世界で目にする物のほとんど全てに目を輝かせていたし、現実では使い所がない知識が使えたことに喜びすら感じているように見えた。
マウマウやエミリンはどうなんだろう。それに、エネルケイアの奴らは――
「……そんな事を考えても、仕方ないか」
他人の心を推し量って考えるのは、人の家に土足で上がるようなものだ。
俺はこれについての思考を中断することにした。
そんな想像はあまりにも
それをしてしまったら、本当に心が異世界から帰れなくなる気がする。
きっと……これはしない方が良い。
「はは、っていってもなぁ」
俺は明らかに人生の敗北者だ。
部屋を見ればわかる。だけど――
「…………ちょっとくらいなら、大丈夫、だよな?」
トリオンさんからもらった『クリエイト・ジェム』は、その言葉の意味が俺の知っているものと同じだったら――ジェム、つまり宝石を作り出す創造魔法だ。
この創造魔法をつかえば……。
俺の人生は良い方に向かうんじゃないだろうか?
そう思ったときには既に俺は呪文を口にしていた。
「……クリエイト・ジェム」
すると俺の目の前には、美しく輝く宝石が現れていた。
これは――渇望していた輝きだ。
誰もがうらやむ輝き。
光。
なんで俺にはこれが無いんだろう。
何で皆にはこれがあるんだろう。
俺は自然と目から涙が出てきていた。
室内灯の無機質な光を受けてなお、
そのかげらないに美しさに心が打ちのめされていた。
これは闇の中にあっても輝く。
きっとそう言うものだ。
俺とは存在そのものが違う。
いや、そんなことよりも……。
俺は宝石を
美しく輝くダイヤのように透明な宝石は、俺の身長を遥かに超えており、
その幅も俺の手の長さで図れる範囲を完全に超えていた。
「デカすぎんだろ?!」
どうしよう、コレ……。
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