ここはどこ?
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「お、来たか」
待ち合わせ場所で待っていると、直ぐにうちのクラン「デュナミス」の仲間たちが丘の下に集まってきた。すると仲間の一人が俺の姿を認め、歩速を早めて近づいてきた。
「よっ、ユウ。そっちの収穫はどうだった?」
俺の名を呼んだのは、きらびやかな騎士風の甲冑を着込んだ人狼のアバターだ。青灰色の毛並みを穏やかな風に揺らす彼は「ウルバン」と言う青年だ。
彼のアバターの頭部は狼の形を取っていて、実に恐ろしげな見た目をしているが、その金色の瞳の奥には優しさが灯っている。
彼はその世話焼きな性格から、クランの親しい者から「ママ」という愛称で呼ばれていた。
ウルバンはいつも自分より他人のことを気にかける。
だからいつの間にか「ママ」と呼ばれるようになったのだ。
「今来たばっかりだからなー。手に入ったのは創造魔法ひとつだけだよ」
「なーんだ、俺たちと大差なかったか」
「ウルバンはなんかもらった?」
「そんな大したもんは無いかな? マウマウと違って、俺は引きが悪かった」
ウルバンと話していると、彼の後ろからちょこん、と二足で立ち上がった猫が顔を出して、俺に向かって手招きする。
「見せっこしよーよ―、まうー」
「お、いいぜーマウマウ」
この猫は「マウマウ」と名乗る女の子が使うアバターだ。
マウマウはキジトラの毛並みに2本の尻尾を持った、いわゆる猫又だ。
「私はねー、この『クリエイトウォーター』だよ~!」
マウマウがそういって呪文を口にすると、空中に水球が現れた。
そして、水球は少しの間浮いていたかと思うと、ぱんっと弾けて、水の入ったボトルになった。
「入れ物はどこから?!」
「俺も思ったけどよ、ホントに謎だよね……」
「細かいことは考えない~!」
「しかしこの創造魔法は地味にすごいな。料理や錬金で、水が使い放題になるな」
「うむ。水、意外に高いからねぇ」
「開発も結構気が利くよね~」
「さて、次は俺の番か……」
「待ってましたぁ~!」
俺は村でもらった創造魔法『クリエイトフード』を実演することにした。
「クリエイトフード!」
<ポンッ!>
「「おぉ~!」」
「おぉ……まるで絵に書いたようなご馳走がでたね~」
「おいしそーだね、ママ!」
俺が創造魔法を使うと、皿に乗ったガチョウの
こんがりキツネ色に焼けて、湯気を上げる料理は、ゲームの中だとわかっているのに、見ているだけでよだれが出てくる。
マウマウも同じらしく、小さな足を踏み鳴らして今にも飛びかかりそうだ。
「そんなに欲しいなら、食べてもいいぞ」
「ほんと!?」
自分の体くらいの大きさの丸焼きにマウマウはかぶりついた。
わぁ、良い食いっぷり。
「ママも食べなよ―!」
「じゃ、ちょっとだけ……」
大きな手でガチョウの一部をちぎり、肉の切れ端をウルバンは口に運ぶ。
すると、彼はカッと両目を見開いた。
「すごい、ちゃんと味がある!!」
「マジ?」
そういえばそうだった。
村でマフィンを食った時は、あまりにも自然すぎて忘れていた。
NRには擬似的な感覚再現があるが、食べ物の味や風味の再現は、化学反応を伴うために原理的に困難だと言われている。
まさか……開発は、開発リソースを全てこういった感覚再現や、キャラクターの会話の反応につぎ込んだのか?
「味まで作るとか、アホやろ!」
「いつかは出来るかと思ったけどすごいなー」
「おいちぃ!」
「俺にも食わせて!」
ウルバンとマウマウが旨そうに食うのにつられて、俺や、他のクランメンバーまで皿の上のガチョウに手を伸ばしだす。そうすると、皿の上のガチョウは、数本の骨を残してあっという間に消えさってしまった。
おっと、こんな事してる場合じゃない。せっかく先行して突入したんだ、手に入れたものを持って、はやいとこ元の世界に帰らないと。
新しく実装されたエリアで手に入ったアイテムは、まだ市場に出回っていない。
これは何を意味するか?
つまり、誰よりも早く競売場に売りに出せば、俺たちの付けた値段が最初の相場になるということだ。
現在100円、下手すりゃ1円の捨て値で売られているアイテムでも、ゲームに実装された直後は100万円以上の強気の値段設定でも飛ぶように売れる。
売るなら『今』しかないのだ。
「そろそろ帰って、手に入ったものを競売場に売りに行かないか?」
「そうだな……ユウの言う通り、早めに帰ったほうが良いかも。新アイテムは、最初に値段をつけたもの勝ちだからね」
「今日ならきっと、ご祝儀相場でも売れるね~!」
「あぁ。で、どっから帰るの?」
「え、ユウが知ってるんじゃないの?」
「いや、俺がこの世界に来たときは野原に放り出されたし、ココに来るために潜ったゲートもすでに何もなかったぜ」
「おいおい……」
「ママ、『クランハウス』にテレポートするまう?」
「そっか、その方法があったね」
「さすがマウマウ。いいとこに気がつくな」
「えへ~!」
クランのメンバーは、クランが拠点にしている『クランハウス』に直接テレポートして帰ることが出来る。この方法ならいちいち元の世界とこの新ワールドを繋いでるゲートを探さなくても帰れるはずだ。
「よし『クランに帰還』っと」
<警告、存在しない座標です>
「あれ……?」
俺は『クランハウス』に帰るための操作をしたが、無機質なシステム音声が座標が存在しないと否定した。一体どういうこっちゃ。
「俺も『帰還』が使えない。何かの不具合かな?」
「クソッ、こんな大事なときに……公式サイトの障害情報をみてみるか」
俺はゲーム内のステータス画面を空中に表示すると、公式サイトへのリンクがつながるボタンを押した。するとそこには『障害復旧のお知らせ』とあった。
「えー? ママ、公式サイトには障害から復旧したって書いてあるぞ」
「なんだって? …………本当だ」
「障害復旧って、全然治ってないやんけ!」
俺は公式サイトを調べ続けることにした。
ひょっとすると、公式が治ったと宣言している障害は、今俺たちが遭遇している障害とは、別の障害の可能性があるからだ。
「新ワールドに接続するゲートが、機能してなかった不具合を修正……?」
「致命的じゃないか」
「ちょっとまて、これが治った時間、つい数分前だよ?」
「えっ?」
ちょっとまて、俺たちは普通に入れたじゃないか。
どうなって……
俺はそのまま公式サイトを調べて「えっ」と声を上げてしまった。
公式サイトに貼られている新ワールドの世界の光景は、今、俺たちがいる場所とは似ても似つかないファンタジー世界なのだ。
地面には色とりどりの宝石が生え、空は原色の紫色に染まって砕けた大地が空に浮いている。住民は人間ですら無いし、何もかもがぜんぜん違う。
「…………」
「なぁ、ママ……」
「うん……俺も同じことを思ってる」
「「ここ……ドコ?」」
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