妙な気分

(おっとそうだ、そろそろクランの連中と合流するか)


 つい新しく追加された要素に夢中になっていたが、そろそろクランの連中と合流しないとな。あいつらが手に入れたモノも見てみたい。


 俺はクランのチャットを開くと、メンバーに語りかける。


「よす。最初の村でクエストを受けて創造魔法をもらった。そっちはどう?」


『お、そっちにも魔法あったんだ。なんて村ー?』


 あっ。

 そういえば、村の名前を聞きそびれていたな。


「リリカさん、今さらだけど、この村って何ていう名前なんです?」


「え? あっ、はい、『メイム村』です」


「メイム? 聞き慣れない言葉だな」


「とても古い言葉で、『水源』を意味する言葉だそうです」


 ふーん? 『水源』ねぇ……丘の上で、川もないのに?

 まぁ、いいか。


「メイム村、だそうだ」


『おっサンキュー! こっちは先に進んで、街でクエストさがしてたわ』


「へぇ、そっちは創造魔法を手に入れたんだ?」


『こっちは水を出す「クリエイトウォーター」っていうのをもらったよ―』


 まぁ、最初ならそんなもんか。

 水を出せるってのは地味に便利だな。


 『クロス・ワールド』には生産型要素として『料理』があるが、必ずと言っていいほど「水」を使う。しかし、水は店売り限定で、やたらに高いんだよな。


 ゲーム内通貨を回収するためか何か知らんけど、割とストレスポイントだった。

 そこを解決するとは……開発チームの連中、やればできるじゃん!


「開発にしては良心があるな」


『ちゃんとユーザーの不満点を潰すなんて、らしくないぜ』

「それな」


 ふと、俺は視線に感じて会話のそとに注意をむけた。すると周囲のリリカが俺のことを不思議そうな目で見つめられていることに気がついた。


「あ、これは友人との念話でして……テレパシー、みたいな? 別に可哀想な人とか、そういうアレでは……」


「び、びっくりしました。空中からいろんな声がしたので、ユウさんが精霊さんと会話しているのかと思いました」


 うーむ、異世界だけあって、もとのゲーム世界とは微妙に世界観が違うのか。


 なんだろう、ゲーム世界がリアルめの異世界につながった。

 そんな感じの雰囲気がある。


「仲間と合流しますので、俺はここで失礼します。またお会いしましょう」

「は、はい! 本当にありがとうございました、ユウさん!」


 俺は村を出て、クランメンバーと合流場所に向かうことにした。


 しかし何だ。

 この世界に来てから、心がほっこりするな。


 あくまでゲームのノンプレイヤーキャラクターとの会話にすぎないんだが……。

 人と向かって会話したのは、いつぶりだろう。


 現実の世界で会話と言えば、インターネットを使ったビデオ会議のことだ。

 それが当たり前になってから、何年たっただろう。


 悪性インフルエンザが流行りだしたのは、俺が高校に入る前くらいだった。その頃はまだ、マスクをして学校に通ったり、友達と話したりしていた。でも、インフルエンザはどんどん悪性変異を繰り返し、ついにはマスクでは防げなくなった。


 そうして感染が拡大していくと、致死率も上がり、火葬も間に合わなくなった。政府は非常事態宣言を出し、人の集まるイベントを禁止した。人々は恐怖におびえ、家から出ることをやめた。


 そんな中、高校や大学の授業はどうなったのかというと、もちろんオンライン化された。モニター越しに先生やクラスメートと顔を合わせることになった。


 だが、ここでもう一つの変化が起きた。


 人々は、現実の自分の姿をカメラに映すことを止め、3Dアバターや、リアルタイム変換技術で変えるようになった。教師も、生徒も、自分の好きな姿になって会話することを選んだのだ。


 これはあるムーブメントが原因になっている。


 人間は各々、好みの姿を取りましょう。

 そうして互いに差別的な感情を持たないようにしましょう。


 このスローガンが流行り、人間の会話は凄まじくデジタル的なものになった。


 恋人が同士でも、アバターを使って会話することが普通になった。アバターの種類は無限にある。動物や植物や物体や空想上の生き物など、何でもありだった。


 もちろん、人間の姿をしたアバターもあったが、それは現実の姿とはかけ離れていた。美しく整えられた顔立ちや髪型や肌色や目色や服装など、すべてが自分の好みに合わせられる。


 俺も例外じゃない。


 俺が今『クロス・ワールド』で使っているアバターの『ユウ』は、俺が自分の手で設定して、NR機器に登録したアバターだ。このアバターは、普段の通話でも使っている。


 『ユウ』は幼さの残る少年の姿をしていて、少し不健康そうな青白の肌をしている。その青色の瞳は優しげで、口元には常に微笑みを浮かべていた。


 俺はこのアバターが気に入っていた。現実の俺とは全然違っていたからだ。


 現実の俺はどんな姿かというと、言葉で言いつくせないほど醜い。顔には無数のニキビ跡があり、髪の毛は縮れて薄い。目は暗く冷たくて死んでいた。


 俺の口元に笑顔など一度も浮かんだことがなかった。浮かぶはずがない。


 だから俺は、現代のデジタル化された会話に満足していた。


 アバターを通せば自分に自信が持てる。自分の好きなように話すことができる。

 

 そして、『クロス・ワールド』なら、うざったい現実の世界とは関係ない話題で盛り上がることができる。現実の世界には存在しない友達を作ることもできる。


 世の中の評論家はしたり顔で「これは本当に幸せなことでしょうか」なんて言うが、言いたいやつには言わせておけばいい。


 俺にはこれしか無いんだ。だからこれで良いんだ。


 このNR技術が無い以前、人間は本心で会話していたのか?

 お互いをわかりあえていたのか?


 絶対にそんなことはない。断言できる。


 しかし――

 この世界のキャラクターと話していると、俺は何だか妙な気分になる。


(人と話すのって、楽しかったんだな)


 俺はそんな事を思いながら、丘の上に一本だけ孤独に生えている大きな木の下、仲間との集合の目印にした場所に向かった。





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