4)ヌミディア騎兵の証言
だから言っただろうが。俺は小さく舌打ちした。
ローマ軍団の兵の前に、カルタゴ軍団は小さく固まってしまっている。頼みの象兵が全部やられてしまっているのだから、ローマの軍団を止めるなんてできっこない。だいたい、象が全部無事だったとしても、何の役にも立つものか。象が戦場で役に立ったことなんかない。
決まっているだろう?
おっと、俺がヌミディア騎兵だからって象を目の仇にしているわけじゃないぜ。
馬は象の匂いを嫌うなんて風説はいったいどこから出たんだ?
だいたい、野生の馬をけしかけるならともかく、訓練した馬が敵の臭いなんか気にするものか。もちろん、俺たちの馬だってそうだ。
馬は風だ。
馬は勇気だ。
馬は力だし、疾走する槍だ。
そして、俺たちヌミディアは馬と人が一つになったものだ。そんな俺たちの誰が敵を恐れるものか。
まったく、あのハンニバルと来たら、お付きのものの忠告も聞かずに無理させるものだから、象は全滅だし、生き残った兵は二割だ。残りはみんな死に果てたし、生き残った奴も骸骨同然の有様だ。
あいつの親父なら、もうちょっとマシだったかな。
ハンニバルと来たら、相談役の元将軍の親父が死んだのもそうだが、その後に親父の参謀役を全部追いだしちまったのがもっと良くなかったな。まあ、甘やかされたお坊ちゃんってのはこんなものか。
それに比べてうちの隊長は偉かったな。あの山登り野郎の言うことをちゃんと聞いて、食い物も馬の飼料も山ほど持ちこんだからな。前払いのほとんどはそいつと毛布の代金で消えたが、お陰で俺たちはまだ生きていて元気だ。
それにローマの奴らも、少しばかり変だ。もっと動きが良い軍隊のはずなんだが、布陣が遅い。おまけに動こうとしない。
きっと俺たちがアルプス越えしたんで、辺境に出ている軍団を呼び返すのが間に合わなかったんだな。急ごしらえの連中なら、あの動きの悪さも何となく判る。この点だけはアルプス越えのよい所だな。敵の隙を突くことができた。
もっともお陰でこちらの軍も戦う前から壊滅寸前だが。
そろそろか? そろそろだ。
隊長の突撃の合図だ。向うの騎兵を置いてけぼりにして、さっとローマ歩兵の横に回って、さっと弓矢を射かけて、さっと逃げる。この繰り返しだ。山の上でさんざ俺たちがやられた作戦を、今度は俺たちがやるんだから、戦ってのは奇妙なもんだ。
平地の騎兵を倒せるのは同じ騎兵だけだ。そして同じ騎兵同士なら腕の良い方が必ず勝つ。おまけにヌミディア騎兵に勝てる騎兵はこの世には存在しない。
さあ、行くぞ。俺たちは吹き渡る風。誰にも追い付けない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます