第21話 うつ病セロトニン仮説のウサンくささ

 第16話(「統合失調症は脳の病気」か?)では、「統合失調症は脳の病気」というキャッチフレーズが、統合失調症研究業界内部の「目標」に過ぎず、「確立された科学的知識」などでは全くないことを示しておいた。


 では、他の精神疾患、たとえばうつ病はどうか。セロトニンという脳内伝達物質の不足が原因という、有力な科学的仮説があるではないか、と言われるかもしれない。

 現にこの仮説にもとづいて、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)という種類の抗うつ剤が開発され、広く使われているではないか、と。

 けれども、2010年前後にすでに、「SSRIの効果は小麦粉と変わらない」(井原、2015、p.81)という衝撃的な結果が、国際的な大規模研究から明らかにされているのだ。

 小麦粉の効果とはつまり、プラセボ効果のことだ。偽薬効果ともいう。効くと信じるから効く、というヤツだ。

 小麦粉から作った偽薬とSSRIの間には、効果に差がなかったのだ。


 おまけにSSRIには、小麦粉にはないリスクが、副作用が、伴うことがある。


 話は変わるようだが、筆者がSSRIの作用機序について調べ始めて、まず覚えた感情は、ある種のだった。


 選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の作用は、神経細胞末端にあるシナプスからいったん放出されたセロトニンが、情報伝達の役目を終えればすぐに再取り込みされて再利用されることを、妨げるというものである。

 再取り込みを阻止すれば、シナプス間隙のセロトニン濃度は、高いままに維持されるというわけだ。

 とうやって再取り込みを阻止するかというと、神経細胞末端に多数あるレセプター(受容器)に、蓋をするのである。

 SSRIがこの蓋の役目をする。


 筆者がこの、SSRIの作用機序について調べるにつれて覚えた恐ろしさとは、「こんなことをしたら神経細胞は、レセプターに蓋をされたことをレセプターがいかれたと解釈して、新しいレセプターをじゃんじゃん作り出すのではないか」ということだった。

 その結果、薬の服用をやめたら最後、増加したレセプターにセロトニンがどんどん再取り込みされ、シナプス間隙には服用以前よりもさらにセロトニン濃度が低くなってしまい、つまり症状がいっそうひどくぶり返すのではないか、という心配だった。恐怖だった。

 筆者はべつに生物学の専門家ではないが、こんなことは高校程度の生物の常識があれば推理できることだ。


 その後、調べが進むにつれて、最初の懸念は裏書されていった。

 SSRIに伴う副作用のデータを、開発した製薬会社が隠蔽していて、国際的な訴訟が起こっていることも。

 そして、副作用の多くは、断薬(服薬をやめる)の結果、生じている。だからいったん服薬を始めれば、一生飲みつづけることになってしまう。

 その結果、神経細胞末端にあるレセプターが増え続けて、脳の構造が恒久的に変化してしまわないとも、限らないではないか。

 

 こんなことになってしまうのも、人類は脳をいまだによく理解できていないからなのだ。

 理解できていないくせに、「心は脳の機能」なのだから「すべての心の病気は脳の病気」であり、ゆえに「脳に薬を送り届ければ心も治る」と、を決め込んでいるのが、現代の生物学的精神医学であり、さらにはその土台となっている脳神経科学なのだ。


 次回からはこの、知ったかぶりの構造に焦点を当ててゆくことにする。

 

【参考文献】

井原裕(2015)『うつの8割に薬は無意味』朝日新書。


註:本記事を読んだからといって、すぐに薬をやめたりはしないでください。急激な断薬こそいちばん副作用が起こりやすいのです!

 減薬(徐々に薬を減らすこと)は、必ず専門家と相談しながら行ってください。なお、最近はそれほど減薬の必要のない、つまり副作用の少ない良い薬も開発されているようです。念のため。

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