お品書き3.河童①/キュウリの丸かじり
拝啓、お父さんお母さん。
お元気ですか?
唐突ですが、僕は今ちょいワルオヤジ風のイケボ(cv.大塚明夫)河童に、キュウリを一緒に食べないかと誘われてます。
P.S.ちょっと河童に惚れそうです。
小宮山秀明より
〜20分前〜
「こんばんはー!」
そう言って妖怪居酒屋の戸を開けると、小宮山は元気よく挨拶をして入店した。
「あ、小宮山さん!先週はお金渡して急に帰るもんだからビックリしちゃいましたよ!!」
そんな小宮山に、店内を掃除中だった佐野は先週の件について少しご立腹のようであった。
「すいません、ああでもしないと受け取ってもらえないと思いまして、、、」
小宮山は少し強引だったかなと反省をしていたが、佐野は「お気遣いありがとうございます」と一言お礼を言うと、カウンター席に招いてくれた。
小宮山はホッと胸を撫で下ろすと、誘われるままにカウンター席の椅子に腰を落とし、
佐野は怪訝な顔をしながら「でっしゃろ?」と聞き返し、店中はなかなかに気不味い空気になってしまった。その為、小宮山はこの場からどうにか逃げようと言い訳がましく「あっ!トイレ!!トイレお借りしまぁす!!」と言いながら、別に行きたくもないトイレに行く為、店の外へと駆け足で出ていくのであった。
「ちょっと!トイレは、、、ってもういない。」
佐野が呼び止める間もなく出て行ってしまった小宮山を追いかけようとしたが、ふと店の裏に今はとある人物が居るのを思い出して「まぁ、大丈夫かな」と一言呟くと、店内の掃除を再開しだした。
〜店の外〜
しかしよく考えてみれば、この店でトイレに行った事がない小宮山は何処にあるのかも分からない場所を探す為、店の周りをぐるりと一周する羽目になっていた。
「意外と大きいんだなこの店」
店を正面からしか見た事のなかった小宮山は、数回とはいえ通っている居酒屋が案外大きい建物だった事を知り、この店の新たな一面を知れたようで嬉しくなった。
探検気分を味わっていた小宮山が丁度店を半周し裏手に来た辺りで、彼は目の前に居た生物を見るや否や考えるよりも先に大声で叫んだ。
「河童だぁー!!?」
全身は濃い緑色で艶があり、手足には水鳥の様な水掻きと、口は
そんな河童が、店の裏でヤンキー座りでキュウリを齧りながらコチラにメンチを切ってくるのだが、その眼光の鋭さといったら、右目の縦に切られた刀傷が更に恐怖を増幅する。小宮山はまるで蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れず、額からは滝の様に冷や汗が流れでてくる程の恐ろしさであった。
「、、、兄ちゃんっ」
ドスの効いた低い声で河童は、小宮山を睨みながら第一声を発する。
見知らぬ人間に急に呼び捨てにされたのが気に障ったのかと反省しながら小宮山は、次に出る言葉は何だと必死に考えた。ヤクザっぽく「何見てんだゴルァ!?」だろうか?それとも河童らしく「尻子玉抜かれてぇのか!?」なんて言われながら、取られた所で何の障害があるかも分からない謎の玉を抜かれるのだろうかと、涙目のまま次の言葉を待った。
「兄ちゃんっ、、、キュウリ、、、食うかい?」
「尻子玉ってキュウリ突っ込んで取るんですか!?」
気が動転した小宮山は、なかなかにハードなプレイを口走ってしまい「キュウリは食べ物やろうがっ!!」と、河童にバリバリの方言で叱られてしまった。河童に食べ物を粗末にするなと怒られる社会人の構図たるや、傍から見たら面白いのなんの、SNSにアップすれば万バズ間違いなしである。
それにしても、小宮山を正座させたその前でキュウリについてのウンチクやら説教やらをしているこの河童であるが、見た目がなんともちょいワルオヤジ風で鍛え上げられたガッシリとした体と、その容姿にピッタリなイケボ(CV:大塚明夫)のせいなのか、小宮山の耳に説教は一切入ってこなかった。
「、、、ってなわけやけん兄ちゃん。ほれ、一本食い。そしたら
いつの間にか説教は終了し、河童は新しいキュウリを小宮山に渡すと食べるように促してきた。
以上が冒頭20分前の出来事である。現在はと言うと、小宮山は河童から受け取ったキュウリに齧り付きながら至福の時を味わっている最中だった。
「初めてこんなに瑞々しいキュウリを食べましたっ!!噛む度にパリポリと心地良い音がしっかりと響いて、生で丸々一本齧る贅沢さと、素材そのままの味が最高です!!」
「せやろ!!兄ちゃん分かっとるね!
河童は、最初こそ小宮山の食レポに腕を組みながら感激していたが、いつの間にかため息混じりに佐野の事を
「佐野さんを知ってるんですか?」
河童の口から佐野の名前が出たものだから、小宮山はそれに反応して聞き返す。
「知っとるも何も、石燕にここば借りてキュウリを栽培しとるんよ。それに、ここには
河童が畑の先を指さすと緩やかに流れる川があり、その川から畑に向けて水が入ってきているのが見えた。そんな川を見て興味をそそられていた小宮山を見た河童は一つ忠告してくれた。
「一応忠告しとくが、ここの川は三途の川に繋がっとるけん、兄ちゃんは絶対に入っちゃいかんばい。常世にある地獄の入り口まで直行やけんね」
それを聞いて青ざめた顔をする小宮山を
「そんでこいつが、俺が開発したキュウリやね。土と水さえあれば育つけん、ここは俺の
「佐野さんって幅広く仕事してるんですねぇ、、、」
残り少しとなったキュウリを食べながら、小宮山の中で佐野は料理の上手な店主から、仕事を幅広く持つ敏腕マネージャ兼店主に格上げされていった。
「さて、そろそろ店戻らんと兄ちゃんの身体も危険じゃなかね?」
河童は袋一杯に詰めたキュウリを肩に担(かつ)ぎながら小宮山の身体の心配をしてくれたので「そうですね、そろそろ戻ります」と、小宮山は返事をして最後の一口であるキュウリを口に放り込み、居酒屋に戻る事にした。
〜妖怪居酒屋〜
「待たせたな!」
河童は勢いよく居酒屋の戸を開けると、イケボ(CV:大塚明夫)でなんとも痺れる台詞を吐きながら入店した。
「あ、
佐野は河童を見ると、何とも渋い名前で彼を呼んだ。
「九千さん?この河童さんの名前ですか?」
九千と呼ばれた河童の後ろから顔を出した小宮山は、佐野に聞き返す。
「あ、小宮山さん九千さんと一緒に居たんですね!姑獲鳥と一緒に心配してたんですよ!!トイレって言いながら外に出たっきり帰って来ないんですから!」
小宮山は「すいません」と平謝りをしながら、佐野の隣で椅子に座っていた姑獲鳥が安堵した表情を見せたのが目に入って、自分の事を心配してくれたんだと思い小宮山は少し嬉しくなった。
「すまんね。この兄ちゃんがあまりにも美味そうに俺のキュウリば食ってくれるけん、嬉しくなって長話ばしちょってね」
九千は小宮山の肩に手を伸ばすと、自分の作ったキュウリを褒めてくれたのが相当嬉しかったのか、興奮しながら中々に強い力で肩を叩きながら喜んでいた。
「分かります!九千さんのキュウリすごく美味しいですよね!!」
石燕はうんうんと頷きながら、自分の事の様に誇らしげにしていた。
「おっと、忘れよった!石燕、今回の収穫分ばい」
九千は思い出したように肩に担いだ袋を降ろすと、佐野にキュウリがぎっしり詰まった中身を見せた。その中身を見た佐野は目を輝かせながらキュウリを一つ掴み、口に運び齧りつく。
「これですよこれ!!この歯応えと瑞々しさ、やっぱり九千さんのキュウリが日本一ですよ!!」
佐野は一噛み一噛み味わいながら食べて、最後の一欠片を口に入れて食べ終わると、九千から袋を受け取り「ありがとうござうます!」とお礼をしながら頭を下げた。
佐野が、受け取った袋を調理カウンターの方に持って行こうとしたその時、袋の底で何かが動くのに姑獲鳥が気付いた。
「石燕!袋の底に何か居るよ!!」
姑獲鳥は席から立つと、急いで佐野から袋を奪い取り、中に手を突っ込み底で
「、、、スッポン??」
その正体を見た小宮山の第一印象は、現世でも高級食材として知られるスッポンだった。しかし、よくよく見てみるとその生き物の頭には皿がちょこんと乗っかっていて、まるで河童の成り損ないの様な見た目である。
「あ、すっかり忘れとった。そいつば、裏の川を泳ぎよったけん捕まえとるんやった。」
右手で後頭部を掻きながら、頭を垂れてスマンと謝る九千に姑獲鳥は呆れながら、
「殺したんですか、、、?」
余りにも姑獲鳥の突然の行動に怖じ気づきながら小宮山が聞くのと同時に、小宮山の気持ちを察したのか、佐野がこの生物について話してくれた。
「こいつは河童に成れなかった存在、、、以前お話した妖魔です。まだ幼体ですが、こいつが成長しきると現世で人を襲います。大災害の裏に妖魔ありと教えたように、人や他の生き物、兎に角水面で動くもの全て水中に引きずり込み肛門に手を突っ込むと、内蔵を引きずり出して食い散らかします。その時の食べ方が内蔵を団子の様に丸めながら食べる為、河童の伝承にある尻子玉を抜くって言うのを真似ているんです。」
小宮山はそこまで佐野の話を聞くと、改めて妖魔の恐ろしさを再認識した。そんな青ざめた小宮山の顔を見た姑獲鳥が「安心しなよ」と言いながら手に持った河童の妖魔を見せてくれた。
「河童の弱点が皿ってのは聞いた事あるかい?」
姑獲鳥の唐突の質問に、戸惑いながらも「ええ聞いたことくらいには」と返答するのを聞いてから姑獲鳥は頷くと続きを話す。
「妖怪の伝承ってのは妖魔に直接影響するんだよ。この子の場合は皿が弱点の様にね。だから皿さえ割れば魚とかの様に締める事ができるのさ。まだ幼体だったからアタシでも割れたけどもね」
そこまで姑獲鳥が言うのを聞いていた小宮山だったが、先程とは違い今度はどこか浮かない顔をしているようだった。それに気付いた姑獲鳥は今までに見たことのない真面目な顔付きで「ヒデ!」と一言強く声を発した。
ビクリと体を震わせた小宮山を見て、姑獲鳥は次に優しい顔付きと声で自分の、自分達妖怪の想いを語ってくれた。
「この子はまだ生まれたてだけども、大きくなれば人を襲う。でも、だからって好きで生まれた訳でもないのに、勝手に殺されて処分されるだけの運命なんて悲惨じゃないか、、、誰にも知られず居なくなるのは寂しいんだよ?だから、可哀想だと思わずに食べてあげておくれ。」
その言葉を横で聞いていた佐野と九千は優しく頷いてくれた。それを見て小宮山は、佐野が教えてくれた事を思い出しながらポツリポツリと呟く。
「妖魔を食べてあげることが、彼等の供養に繋がり、、、本来の妖怪の伝道として記憶に残る、、、」
そこまで話を聞いた佐野は、姑獲鳥から河童の妖魔を受け取ると調理カウンターに持って行き、頭に被った手拭いを締め直し気合いを入れる。
「では、これから河童鍋を作ります!!」
聞いたこともない料理名に少し戸惑う小宮山だったが、その顔には先程のしんみりとした表情はもう無かった。
河童②へ続く
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