一粒一粒に愛を込めた一品 2.小豆洗いのぜんざい

「えっと、、、確かこの辺りの電柱だった、、、よな?」


時計は金曜日の真夜中2時を指している頃、小宮山は先週訪れた妖怪居酒屋にもう一度行こうと決心して、以前と同じ場所へとやって来ていた。


「折角先輩達の飲み会を早めに切り上げてきたんだ!、、、はぁ〜、早く姑獲鳥さんに会いたいなぁ、、、なぁ〜んつって!」


一人、電柱の前でブツブツと喋りながら、鼻の下を伸ばした男は客観的に見たらただの変態であった。そんな男のかたわらにいつの間にか女性が立っており、堂々とした態度で話しかけてくる。


「何してんだいヒデ?一人で鼻の下伸ばして、、、まさかアンタ!」


へんt、、、小宮山に声を掛けた女性の正体は、彼が会いたがっていた姑獲鳥その人であった。


姑獲鳥は、小宮山が電柱の下で鼻の下を伸ばしているのを見て、一つの答えに勝手に行き着いたのか、人差し指を小宮山に突き付けると大声でとんでもない事を言い出した。


「まさかアンタ!電柱に欲情してるんだね!!いくら女が出来ないからって、、、電柱に欲情はアタシも流石に引くよ?」


男、小宮山秀明、、、気になる女性に特殊性癖持ちだと勘違いされた瞬間である。


「その結論に至る姑獲鳥さんの方が特殊過ぎません!!?、、、って、なんで姑獲鳥さんがこんな所にいるんですか?」


姑獲鳥のボケにしっかりとツッコミを入れつつ、小宮山は疑問を彼女に投げかける。


「あぁ、ちょいと今お客さんが来ててね、それのおつかいさ。」


姑獲鳥は手に持った袋を見せながら小宮山の質問に応えたが、今日も自分一人だけだと思っていた彼にとっては、少しガッカリした回答であった。


まぁ、客が来るのは普通かと気分を入れ替えた小宮山は、姑獲鳥に一緒に行っていいかとたずねてみた。


「もちろんだよ!石燕も喜ぶだろうし、ほら行くよ!」


小宮山は姑獲鳥に手を掴まれると、引っ張られながら小走りで、一つの電柱と壁の隙間に入っていくのだった。



〜妖怪居酒屋〜



「おせぇじゃねぇか姑獲鳥!」


姑獲鳥を待っていた佐野は少しだけご立腹のようだったが、後ろにいた小宮山を見つけるとしかめた眉は緩み、笑顔へと変わっていた。


「小宮山さんじゃないですか!1週間ぶりですね!どうぞ、ここに掛けて下さい!」


小宮山はカウンター席に招かれ、椅子に腰を掛けようとしたその時、ふいに視線を感じた。視線の先に目をると、背の低い老いた男性が、こちらを物珍しそうな目で凝視してきているではないか。


こちらを凝視する老人は薄い着物を一枚着ているだけで、言葉には出せないが、かなり見窄みすぼらしい格好をしており、頭なんか○拳の三○平八の様な髪型だなと小宮山は横目で見ながら思っていた。


「全く、アタシとヒデとの対応に差がありすぎやしないかい石燕?そればかりか、か弱い女にお使いまでさせるなんて!」


姑獲鳥は、カウンターに買ってきた袋を乱暴に置き、小宮山を見ていた老人に「そんなに人間が珍しいかい?」と、声を掛けた。


「いやな、ここに人間が訪れる事自体が稀有けうだと思ってな」


姑獲鳥の質問に応えながら、カウンターに置かれた袋に目を向けた老人は、その袋に手を伸ばして中身を確認する。


「おぉ、これこれ!『あずきバー』と『あいすまんじゅう』!!いやぁ、最近はワシら妖怪も現世に簡単には行けない身じゃから、女将さんや大将がいてくれて助かるわい」


アイスを手に取る笑顔の老人の「妖怪」という言葉に、小宮山は異常なまでに反応してしまい、椅子から転げ落ちてしまった。


「よ、よよよ、妖怪!!?この人妖怪なんですか!!?」


老人を指差しながら、小宮山はだんだんと顔が青ざめていくのがはたから見てもわかるほどで、身体は震えていた。


「こ、小宮山さん大丈夫ですよ!この方は『小豆洗い』と呼ばれる妖怪の方ですが、人を襲う様な方ではありませんから!」


佐野が慌てて小豆洗いと呼ばれた老人の事を弁明していたが、案の定、その隣で姑獲鳥は小宮山の驚きっぷりを見て爆笑していた。


ちなみに、姑獲鳥が小宮山と現世で会った時に、妖怪が来ていると敢えて言わなかったのはこれを見る為である。


「なんじゃお主、ワシを知らんのか?結構有名な妖怪だとは思っとったんじゃがなぁ、、、」


小豆洗いは、時代の流れを感じながら少し寂しそうな顔をした後、あずきバーを一つ袋から取り出し、世界最強の硬さと名高いアイスを、軽々と噛み砕きながら食べ始めた。


「す、すいません。俺、妖怪とか全然興味がなかったんで、、、全く知らないんです。ですが、ここに来てから妖怪の面白さに気付く事が出来ました。良かったら、小豆洗いさんの事も教えてくれませんか?」


小宮山の思いに嘘はなく、妖怪に興味を持ったからこそ出てきた言葉であり、その言葉を聞き取った佐野は、嬉々としながら小豆洗いについて解説をしてくれた。


「小豆洗いは姑獲鳥と同じで各地に広く伝承を持った妖怪なんです。地方によっては、小豆とぎ、小豆ごしゃごしゃ、小豆ヤロなどと呼ばれています。伝承としては、ほとんどが夜な夜な小豆を洗う音が聞こえるが、近づいても誰もいないと言った音だけの妖怪と伝えられています。他にも人をさらったり、「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌いながら小豆を洗い、その音に気を取られていると川縁かわべりにいつの間にか誘導されていて、落とされる。なんてのもあります」


「やっぱり人食べるんですか!?」


佐野の解説にまた青ざめる小宮山だったが、「食べるワケないじゃろ」と、小豆洗いが呆れた顔で、その話を突撥つっぱねた。


「別に夜な夜な小豆を洗って人を驚かせる妖怪ってのはワシも分かるんじゃがな?何故に小豆洗うか人取って喰うかって二択なんじゃ?両極端過ぎんか?その話の小豆洗い情緒不安定過ぎて本人のワシでも引くぞ?」


小豆洗いは自分自身の伝承に不満気な顔をしなが、2本目のあずきバーを噛み砕いていた。


「それなら別の伝承に変えちまうのはどうだい?」


姑獲鳥が悪そうな笑顔で横から割って入り、周りにいた男3人はなんとなくだが、嫌な予感がしたのは言うまでもない。


「別の豆洗えば良いんだよ!」


よく意味が分からないが、普通そうな答えで3人は安心し、小豆洗いは「どんな豆じゃ?」と聞き返した。


「やだねぇ!アタシに言わせるなんて、、、あるじゃないかぁ、アタシにも豆が3ツッグゥアッ!!?」


男達は姑獲鳥の回答に期待した事を後悔しながら、佐野がまな板を彼女の頭頂部に叩き付けた。


「女将さん、、、アンタワシを変態かなんかと勘違いしとらんか?」


夜な夜な小豆を洗うだけの見窄らしい爺さんも大概な変態だと思う小宮山だったが、口には出さずに心にそっとしまい、疑問に思った事を小豆洗いに聞いてみた。


「伝承って妖怪にはそんなに大切なんですか?別に気にしなくても良いとは思うんですけども」


その質問に、頭頂部をさすりながら起き上がってきた姑獲鳥が答えてくれた。


「いたたっ、、。妖怪にとって伝承ってのは存在そのものだからね、人に忘れられるって事は妖怪にとっては死と同一なんだよ。それに、真面目な話をすると、妖怪自身では伝承を書き換えられないのさ」


「そうなんですか?」


「そうです。妖怪は人間が思い描いて誕生したモノ達です。だから伝承を書き換えられるのも人間だけなんです。まぁ、書き換えるには相当な数の人達にその伝承を思い込ませないといけないんで、ほぼ無理ですけどもね」


佐野と姑獲鳥の話を聞いた小宮山は、その会話に少しだけ違和感を持ったが、それが何なのかは分からず、すぐに考えるのを止めて話の続きを聞いた。


「まぁ、そう言う事じゃな。じゃからワシらを広く知ってもらう為に大将達に協力してるんじゃよ。殆ど人間なんて来んがな」


小豆洗いの一言が突き刺さったのか、佐野は反論も出来ずに拗ねてしまった。


「仕方ないじゃないですか、来る人の殆どが、この場所を夢だと思い込んで次に来る事はないんですよ、、、。だから小宮山さんは貴重なリピーターさんなんです!、、、絶対に逃しませんから」


最後の一言に強い意志を感じた小宮山は、少しだけ再訪問したのを後悔していた。


それはそうと、ここ妖怪居酒屋では妖怪になれなかった怪異、妖魔を食べる事ができる変わった店なのだが、今回は何を食べれるのだろうと小宮山はワクワクしていると、小豆洗いが最後のあいすまんじゅうを食べ終わり「さて、仕事をするかの」と言って椅子から降りると、カウンターの裏へと消えていった。


「えっと、小豆洗いさん何しに行ったんですか?」


小宮山の素朴な質問に佐野が答える。


「ウチでは妖魔を料理するって言いましたよね?実はもう一つ妖怪を知っていただく為の方法があるんです。」


「もう一つ?」


「はい。それが、妖怪との物々交換です。小豆洗いさんみたいな方は他の妖怪と違い、妖魔が生まれないタイプの方なんです。ちょっと理屈については今回割愛しますが、そういった妖怪達とは物々交換で妖怪からしか手に入らない物をいただきます」


「そんで、今回の小豆洗いの要望がそのアイスだったってわけ。アタシらは食べたり寝たりしないでも死にはしないけども、妖怪にも楽しみってのはあるからね」


そこまで二人が話してくれると、奥から小豆洗いが戻ってきて、手には綺麗な小豆がギッシリと入ったザルを持っていた。


「ほれ、お返しの小豆じゃ。もう豆の蒸しも終わっておるからすぐに使える。それと、自分で言うのもなんじゃが、今までの小豆の中でも最高級じゃ」


佐野は小豆洗いから小豆の入ったザルを受け取り「ありがとうございます」と、深々と頭を下げて礼を言った。


「さて、ワシはそろそろ帰ろうかの。久しぶりに力を使ってしもうて疲れたわい」


小豆洗いは腰を叩きながらゆっくりと、店の戸の前まで行き、小宮山達の方に笑顔で振り向き感謝の言葉を放った。


「今日は久しぶりの人間にも会えて最高の一日じゃった、、、。小豆、美味すぎて飛ぶんじゃないぞ?」


別れの挨拶を済ました小豆洗いは一人、幽世へと消えていった。


三人だけになった居酒屋で、佐野は気を取り直し、小豆洗いに貰った小豆で料理を振る舞う準備を始めた。


「さて、それでは小宮山さんもいる事ですし、料理作りますね!小宮山さん、今日はご飯食べてこられました?」


佐野の質問に小宮山は、飲み会で食べて来たので、空腹ではない事を伝えた。


「それじゃあ、折角なんでデザートでも作りますね!」


佐野はそう言うと、小豆を鍋に入れて火に掛けだした。


その間に餅をオーブントースターで焼き、小豆の入った鍋が沸騰してきたところで砂糖と塩を少量加える。


そして、熱々になった餅を器に入れて、その中に小豆と汁をたっぷりと注いで「ぜんざい」の完成である。


小豆の独特な香りが小宮山の甘味センサーを刺激する。


箸を手に取り、目の前に置かれたぜんざいの入った器を持ち上げて「いただきます」と一言言うと、汁をすすった。


「すごく甘い、、、砂糖はあまり入れてない筈なのに、甘みが強いです!小豆の香りもすごく良いし、硬さも程よく柔らかいし、餅にも汁の甘さがしっかりと染み込んでいて、最高です!」


「そりゃあそうさ、あの小豆洗いが丹精込めて育てたやつだからね、不味い訳がないさ」


姑獲鳥は小宮山が美味しそうに食べるのを見て、まるで自分の事のように嬉しそうにしていた。



〜終幕〜



「さて、美味しいぜんざいもいただいたし、そろそろ時間のようなんで俺も帰りますね!」


小宮山はそう言って席を立つと、佐野の手を取り、手の平の上に何かを置いた後、急いで店の外へと出ていった。


小宮山の急な行動に呆気に取られていた姑獲鳥と佐野は、手の平に置かれた物を見て、急いで小宮山を追いかけようとしたが、彼はもう見えなくなっていた。


「あ〜ぁ、やられちまったねぇ」


「全くあの人は、、、要らないって言ったのに」


佐野は2千円と「ごちそうさまでした!!」と、でっかく書かれた紙を握りしめて頭を下げてお礼を言うのであった。


「ありがとうございました!またお越し下さい!!」



お次の品

3.河童

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