お品書き1.姑獲鳥/焼き鳥

「本っ当に申し訳ございませんでした!!」


男性は履いている下駄を慌ただしく鳴らし、小宮山の元に小走りで駆け寄ってくると、深々と頭を下げて謝罪をしてきた。


「あぁ、えっと、少しビックリしましたけども、、、大丈夫ですよ、、、ってか、なんか逆にありがとうございます!、、、はい」


小宮山は、先ほどまでに味わった感触を思い出しながら、目の前で謝罪をし続ける男性をなだめていた。


男性は所謂いわゆる世間一般的にイケメンと呼ばれる顔立ちで、身にまとう紺色の甚平じんべいが様になっていた。


頭には手拭いをケンカかぶりで被っており、その手拭いは真ん中に日の丸と、その中に「妖」と大きく黒字で書かれた文字が印象的であり、髪が長いのか後頭部で綺麗な金髪を、ポニーテールと呼ぶには余りにも雑な結び方でっていた。


そのポニーテールもどきが、謝罪の度に上下に動く様が何かの小動物みたいだなぁと、小宮山は宥めながら考えていた。


すると、近くにあった椅子に腰を掛けて、頬杖を突いた女性が呆れながら男性に語りかけてくる。


「いいじゃないか、石燕せきえん。お兄さんも大丈夫って言ってるんだしさぁ、なんならお金貰ってもいいレベルだよ?アタシの胸を揉むならまだしも、あんな、、、ずっぷりと奥まで入れて掻き回すなんて、、、ポッ」


男性の事を石燕と呼ぶ女性は、両手を頬に当てながら恥ずかしがる素振りを見せだした。


その態度に、男性は反省すらしていない女性に反論をしだす。


「おい、姑獲鳥うぶめ、、、。お客さんの方からお前に手を出したんならお前は悪くねぇよ?だがな、ぜぇんぶ!お前からっ!お客さんに手を出して!仕舞いには接吻せっぷんするとはどういう事でい!?」


小宮山は内心『姑獲鳥さんって言うのか、、、ちょー胸柔らけぇ!き、キスも濃厚で、、、最高でした!』なんて思っているのだが、男性の言葉に乗っかり、うんうんと深くうなずいていた。


「ディープキスは仕方ないじゃないか!あんたが投げたまな板が思いっきりアタシに当たって、その衝撃でしちゃったんだから!不可抗力だよ!」


姑獲鳥の反論にも一理あると、小宮山はまた深くうんうんと頷く。


「それは悪かったけどよ!接吻の後舌入れたのはお前の意思だろうが!」


それも一理あると小宮山は頷く。


「ABCときたら、D【ディープキス】でしょうがぁ!!」


姑獲鳥は正論を突かれて、よく分からないキレ方をしだした。


小宮山は一瞬、頷きかけたが「俺の知ってるやつじゃない!!?」と、無意識にツッコミを入れてしまった。


「なんのABCだよそれ!?」


男性も同じ答えだったようである。


「A手を繋ぐ!B膝枕!C胸を揉む!Dでディープキスときたら最後はセッグハァ!!?」


男性の質問に対して、答えを出していくにつれ、テンションが上がってきたのか、小宮山に飛びつこうとした所を男性の見事なまな板捌きが姑獲鳥の後頭部に直撃し撃沈した。


「、、、きゅ〜」


初めて「きゅ〜」なんて鳴く人を目の当たりにした小宮山だったが、改めて姑獲鳥と呼ばれる女性を見てみると本当に綺麗な人だなと、見惚みとれてしまった。


整った顔立ちは美人と呼ぶに相応しいが、顔の左半分を長い前髪で隠しており、その前髪にされてあるバチ型簪がたかんざし何処どこか鳥の目の様にも見えて、少しだけ不気味に見える。


また、髪が姑獲鳥も長いのか、後頭部でお団子状にして、そこには玉簪たまかんざしが挿されてあり、先端には真っ白な石らしき物が装飾されている。着物は真っ黒に塗られうっすらと鳥の羽の様な模様が描かれていて、帯は血で洗ったかの如く真っ赤だった。


ここまでの外見を見ると、少し不気味ではあるが、誰もが着物美人だと声を揃えて言うに違いないのだが、理由は分からないが、履き物だけは草履ぞうりではなく、漆黒のブーツを履いており、小宮山にはそれが気になって仕方がなかった。


「、、、何故にブーツ?銀さんファンなのかな?」


小宮山が一人、女性のブーツの謎を解き明かそうと考え込んでいると、姑獲鳥が意識を取り戻したのか、ゆっくりと起き上がり、男性に文句を言い出した。


「ったく、妖怪には手を掛けないとかいつも言ってる癖に、、、アタシは別なのかい!」


「暴走するお前が悪い!」


仁王立ちで姑獲鳥を見下ろしながら、男性が叱責しっせきしている隣で、ブーツの謎を解いていた小宮山の耳に「妖怪」というワードが入ってきて、無意識に「、、、妖怪?」と、口に出してしまっていた。


その言葉を聞いた男性は、冷静さを取り戻し「あ、自己紹介がまだでしたね!申し訳ございません!」と、また深々と頭を下げて謝罪し、咳払いを一つ。


「自分は佐野石燕さのせきえんと申します。かの有名な妖怪画家である鳥山石燕とりやませきえんの子孫であり、お客さんが今いらっしゃる、ここ『妖怪居酒屋 百鬼夜行』で店主をしています。」


店主である佐野が自己紹介を終えると、地面に座り込んでいた姑獲鳥が「次はアタシだね」と言い、立ち上がると佐野に続いて紹介をする。


「そしてアタシがここの看板娘、妖怪の姑獲鳥だよ」


二人は自己紹介を終えると、笑顔で小宮山に手を差し伸べて、何度も練習したであろう掛け声を口にする。


「「いざたまへ!妖怪居酒屋百鬼夜行へ!!」」


息ぴったりの掛け声と共に、「決まった!」と言わんばかりのドヤ顔をチラつかせる二人を他所よそに、小宮山は混乱を隠しきれない顔をして、囈言うわごとの様に先ほどの彼等の言葉を繰り返し口にしていた。


「妖怪、、、居酒屋?鳥山石燕の子孫?妖怪が姑獲鳥さんで、店主が居酒屋で、、、?」


日常からかけ離れ過ぎた情報量に小宮山の脳はパンク寸前で、はたから見れば、まるで頭から煙が出ている様だった。


「まぁ、普通そうですよね?」


店主の佐野は苦笑いをしながら、小宮山の手を掴み立ち上がらせると、絶賛ショート中の社会人にも分かるように説明をしてくれた。


「ここは妖怪達が集う居酒屋なんです。普通、人間は入ってこれない場所にあるんですが、お客さんの様に幽世かくりよの隙間からまれに来られる方がいるんですよ」


「、、、幽世の隙間?普通は入ってこれない場所?って事は、ここは現実世界じゃないんですか!?」


気を取り直し掛けた小宮山は、佐野の説明にまた目を丸くし、混乱しかけていると、姑獲鳥が割って入り、説明を付け足してくれた。


「簡単に言えばそんなところだよ。ここは人の世である現世うつしよとあの世である常世とこよの境目にある場所、それが幽世さ。普段は人通りの少ない汚れた隙間とかに幽世の隙間は出来やすいんだけど、お兄さんも多分そこを通ってきたんだろ?」


姑獲鳥の質問に対して、やっと少し冷静さを取り戻した小宮山は、首を傾げ「さぁ?」と気の抜けた返事を一つ。


それもその筈、小宮山は妖怪居酒屋に来るまでの道中をベロベロに酔っ払って、意識を失っていたのだから、記憶がないのも仕方がないのだ。


「うーん、じゃあ電柱とかにゲロぶっ掛けて、そこの電柱と壁の間に偶然出来た幽世の隙間に入り込んだとか?」


姑獲鳥の次の質問をヒントに、頭の中で不鮮明な記憶探っていると、一つだけそれらしき記憶を思い出し口にする。


「、、、あー、確かに電柱に寄りかかってゲロった、、、ような?」


「成る程、じゃあこう言う事だね!」


小宮山のおぼろげな記憶を聞いた姑獲鳥は、何かを一人で納得し、笑顔でこう解釈する。


「電柱にゲロったお兄さんは、意識朦朧いしきもうろうの中、電柱に寄りかかりながらその周りをグルグルと周っていて、いつの間にか幽世の隙間に入り込んでしまい、店の前でぶっ倒れてたんだね!」


姑獲鳥の迷推理に成程と感心しかけた小宮山だったが、本人が知らない事実を聞かされ、「俺ぶっ倒れてたんですか!?」なんて、間抜けな声を出して驚いていた。


それを見た姑獲鳥は、小宮山の醜態しゅうたいを思い出したのか、笑いをこらえながら続きを話しだした。


「いやね、大の字でいびききながら爆睡してたよ、お兄さん、、、プフゥーッ!!」


こんな美人の前で醜態を晒していたと思うと、小宮山は恥ずかしさの余り、手で顔を覆って隠すが、耳まで真っ赤にしているのが分かった姑獲鳥ときたら、玩具おもちゃを見つけた子供の様に、満面の笑顔で小宮山を見つめ、最後に不穏な言葉でトドメを刺した。


「まぁ、良かったね!アタシが早めに気付いてあげて。あのままだったらお兄さん死んでたよ!」


小宮山は一瞬、脳が処理を出来ずに「そうなんですねぇ、、、」と、適当な返事をするが、数秒後に今まで一番の大声を発する事になる。


「俺死にかけてたんですか!!?」


衝撃的事実に青ざめる小宮山を、佐野は「まぁ、落ち着いて」と宥めて、幽世について少しだけ解説を挟んでくれた。


「一応、この店に来る妖怪に食べられるとかはない、、、とは言い切れませんが、幽世の空気は生きた人間には毒なんです。小一時間程度なら大丈夫なんですが、それ以上ここの空気を吸い過ぎると身体は朽ち果て、魂のみがこの幽世を彷徨う亡霊と化します」


「恐ろしい場所ってのは分かりましたが、何か今サラッと別のヤバいこと言いましたよね!?食べるやつ来るんですかここ!!?」


小宮山の質問に対して、二人は目を合わせ、佐野が「まぁ、お客さんは筋肉質っぽいし、不味そうだから大丈夫でしょ!」と、無垢な笑顔で答えたが、何が大丈夫なのかよく分からない小宮山だった。


「不安しかねぇっ!!、、、って、ちょっと気になったんですけど、ここの世界の空気ってのは人間には毒なんですよね?大丈夫なんですか?その、佐野さんも人間っぽいですけども?」


ふと疑問に思った事を佐野に投げかけてみると、佐野は「この店の中は大丈夫なんです。特殊なまじないが掛かってるんで」と言い、小宮山に優しく微笑んだ。


「はぁ、そうなんですね」


少し不安になりながらも、小宮山は佐野の言葉を信用した。


いや、信用せざるを得なかったのだ、、、他にこの世界に詳しい人物なんて見当も付かない小宮山にとって、この二人の言葉だけが頼りでしかないのだから。


「そうだ!お客さん!話変わりますけど、お腹空いてませんか?」


佐野は急に大声を出すと、思い出した様に小宮山へそんな事を聞いて来た。


「確かに、ちょっと空いてきてはいますね。でも、急にどうしたんですか?」


飲み会の時は、食事の途中で先輩達に捕まりあまり食べられなっかたので、少し空腹感があるなと小宮山はお腹を撫でながら答える。


「今日丁度、珍しい食材が手に入ったんです!現世じゃあ絶対に食べれない食材ですよ!」


佐野はウキウキしながらカウンターに小走りで向かって行った。


そんな佐野を、小宮山は目で追いかけた後、何となく次に店の内装に改めて目をった。


店内は妖怪が出入りしてるとは思えない程に綺麗に掃除されており、置かれている机には埃一つ落ちていない。


店自体はそこまで広くはないが、人間なら30人前後は入るくらいにはスペースがありそうで、壁には達筆な字で見た事も聞いた事もない料理名がズラリと並んでいた。


「お客さん、こっち来て座って待ってて下さい!すぐ作るんで!」


佐野は店内の真ん中で辺りを見回している小宮山に手招きをし、カウンター席に座る様にうながしてくれた。


カウンター席は、佐野が調理をしながら客と話す事ができるタイプのもので、調理工程も見れる様になっていて、小宮山はカウンター席に腰掛けると、佐野の作業工程を眺める事にした。


テキパキとした動きは小宮山の素人目に見ても、料理が上手な人だと分かる程であった。


鳥の肉?だろうか、それをとても大切に扱われているであろう、真っ白に輝く包丁で細かく切り分けていく。


次に分けた肉を串に丁寧に刺していき、別の串には肉とネギを交互に、後は骨らしき物を串に刺している途中の様だ。


調理途中であった骨串はゆっくりと、自分の指を串で刺さないように刺して、その後に塩コショウを振り掛ける。


そして、それぞれの串を七輪の網の上に置いて焼いていく。


炭火で焼いているのもあってか、香ばしい匂いが店内に満ちていくのが分かり、小宮山のお腹が空腹を知らせる音を綺麗にならす。


肉串とネギまは自家製のタレなのだろうか。一旦網から上げると壷に入ったタレに直接入れてタレを付けた後、焦げないよう丁寧に再度焼きだす。


小宮山が佐野の流れる様な調理工程に見惚れている内に、料理が完成した。


「へいお待ち!こちら【姑獲鳥の焼き鳥(もも、ネギま、ヤゲン)】です!」


出て来たのは居酒屋定番メニューの一つでもある、焼き鳥だが、その肉の正体に小宮山は驚いていた。


「姑獲鳥!?えっと、あれ?そこの人も、、、」


小宮山が指差した方にいた姑獲鳥は「アタシも姑獲鳥だよ」と首を少し傾げながら揶揄からかった表情で小宮山の質問に答える。


「あー、確かにこの料理は姑獲鳥の肉を使ってます。ただ、妖怪の姑獲鳥とはちょっと違うんです」


佐野が続けて説明しようとすると、姑獲鳥が割って入り、こう続けた。


「本来アタシ達妖怪は、この世に生まれてすぐに伝承や言い伝えの様な姿形になるんだけども、偶に妖怪になりそこなった化け物が生まれるんだよ。そういうやつらを【妖魔】と言ってね、こいつらが成長しきってない状態の時はアタシらでも簡単に倒せるんだけども、成長しきってしまうと手が付けられなくってね。現世の大災害の裏に妖魔ありってよく言われたものだよ」


「えっと、それと料理と何の関係があるんですか?」


話の意図が掴めず混乱している小宮山に、佐野は答える。


「理由は2つです!妖魔は好きで生まれて来たわけでもないのに、勝手に殺されてそのまま処分ってのが自分はどうしても出来なかったんです。確かに成長してしまえば現世で大災害を引き起こす危険性があるやつらですが、それでも何かしらこいつらを供養してあげる方法はないかと考えたのが一つです。もう一つは、料理を通して妖怪を知ってほしいってのが理由です」


そこまで佐野が答えると、小宮山が口を挟んだ。


「妖怪を知ってもらうって、確か佐野さんのご先祖様は妖怪画家なんですよね?だったら絵で伝導すればいいんじゃ?」


素朴な質問を投げ掛けると、姑獲鳥が嫌らしい笑顔でこう答える。


「いやぁ、残念な事にねぇ、この子絵がてんでダメなのよ。幼稚園生の方がマシなレベルで下手でねぇ、、、今思い出しただけでも、ブフウォ!!」


姑獲鳥の思い出し笑いに赤面しながら佐野は続きを話しだす。


「ウルセェ!絵がド下手で悪かったな!!、、、っと、話がそれましたね。取り敢えず、人間の三大欲求の一つである食欲。これは忘れられない味ってのを知ると、絵で妖怪を見るよりも鮮明に思い出せるんじゃないかと思ったからなんです。別に絵が下手だから料理に逃げたわけじゃないですよ!」


絵が下手なのを誤魔化すように佐野は身振り手振りで小宮山に説明した後「ささ、料理が冷めない内に食べて下さい」と促した。


「えっと、ちょっと気が引けるけども、、、まぁ大丈夫そう、、、かな?」


本当は妖魔なんて見聞きもしない生物を口にするなんて、不安で仕方がなかった小宮山だったが、目の前にある品は誰がどう見ようと、美味しそうな焼き鳥である。


醤油ベースのタレが少し焦げた香ばしさと、絶妙な空腹感が小宮山の鼻と腹を再度刺激する。


ゴクリと唾を飲み込み、「いただきます。」と両手を合わせて言うと、姑獲鳥のもも串を恐る恐る手に取り口に入れた。


「、、、美味しい。ニワトリとは違って弾力があって、、、少しジビエっぽいクセのある味ですけど、タレとの相性が抜群で嫌味のない感じで凄くいいです!」


今食べているのが見聞きもしない、知らない生物だなんて思えないほどの味に驚愕した小宮山は、ペロリともも串を平らげると、次はネギまを頬張る。


「んんぅ!ただネギが足されただけなのに、全然味が違う!?普段、ももとネギまを食べ比べしないから分からなかったんですけども、こんなに違うんですね!ネギのサッパリ感が加わって、いくらでも食べれる気がします!!」


佐野は小宮山の食べっぷりにホッと胸を撫で下ろすと、少しだけ姑獲鳥について解説をしてくれた。


「姑獲鳥には本来いくつもの伝承があるんですが、鳥の妖が人間に化けて赤ん坊をさらうって話があります。その見た目や声はカモメに似ているんですが、味はどちらかと言うとニワトリに近いんですよ。だから、しっかりと味を整えてあげれば美味しい食材になってくれるんです。まぁ、血や乳腺、内蔵には毒があるんでその辺りと、皮もゴワゴワして硬く食べられそうにありませんでした。ただ、肉とヤゲンは安心して食べられますので。」


小宮山は完全に警戒心を解くと、最後のヤゲン串を手に取り、口に運ぶ。


「程よいコリコリ感、普段のヤゲンよりも少し固めですが、噛みきれない程でもなくって、噛めば噛むほど旨みが口の中に溢れてきますね!味付けも塩コショウのみで、シンプルでいて雑味もなく集中して食べられます!おっと、半分食べたら、一味で味変っと、、、美味い!やっぱりこのピリッと感が堪らないですね!普段の焼き鳥よりも自分は食べた感がしっかりあってこっちの方が好きです!」


普段は食べれれば何でも良いと言った感じの小宮山が、興奮してここまで食レポをするのはレアな光景であり、それ程までに姑獲鳥の肉が美味しかったのか、将又はたまた店主である佐野のウデによるものかは小宮山の知るよしもないところではあるが、小宮山が妖怪に興味を持つ第一歩に間違いはないようであった。


「それは良かったです。美味いって言ってもらえて、生まれた時からただ殺されるだけの運命だったこいつも、生まれた意味を持つことが出来て良かったと思います。お客さんの最高の笑顔と美味しいという声が、こいつらの供養になります。ありがとうございます」


佐野はまた頭を深々と下げる。今度は謝罪ではなく、感謝の言葉と共に。


佐野の感謝の言葉を聞き終わった後、「ごちそうさまでした」と言い再度手を合わせた。


その後、小宮山はふと一つの疑問が浮かび上がり、口を開く。


「さっき佐野さんが安全とは言ってましたけども、そもそも一般人の俺が妖魔って食べて大丈夫なんです?ほら、普通の動物とは違う様だし」


突如投げかけらた疑問に佐野は、ゆっくりと頭を上げると「大丈夫です、、、うん、自分が大丈夫だったんで、、、はい、大丈夫、、、かな?」なんて、目を泳がせながらあやふやな解答をしてくるもんで、小宮山の焦り様は見ないでも分かる程であった。


「うをおぉぉいい!?食ったよ!!全部食べちゃったよ!!?大丈夫なの本当に!?死ぬ!?俺明日死ぬ!??」


なんとも滑稽こっけいな焦り方に、姑獲鳥ときたら、その様がツボだったのか机を平手で叩きながらゲラゲラと笑い出し、佐野なんて「大丈夫です!自分頑丈なんで!自分は大丈夫です!」と、フォローしきれてないフォローをし、一時その場は混沌を極めていた。



〜約10分後〜



なんとかその場の空気が落ち着くと、一頻ひとしきり笑い終えた姑獲鳥が小宮山に「大丈夫だよ」と声を掛け、続けて話しだす。


「はぁぁ、可笑おかしいったらありゃしないよ。いいかい、良くお聞き?この世には陰陽道ってのがあってね、話すと長くなるから割愛かつあいするけども、ざっくりと説明すると、人間には陽の気が善人だろうが極悪人だろうが、誰にでも微量だけども流れてるんだよ。そんで、妖怪のアタシ達やその妖魔には陰の気が流れてる。これは何となく分かるかい?」


そこまで姑獲鳥の説明を聞くと、小宮山は「何となく」と腕組みをしながら首を傾げて答えた。


小宮山の返答を待った後、姑獲鳥は「よし!」と一言発すると、続けて説明をしだした。


「そんで、今お兄さんが食べたその妖魔はまだ生まれたばかりの、言わば幼体って言われるやつなんだけども、そいつらはまだ陰の気が殆どないんだよ。ただ、丸ごと一体食べると、確実に一般人はそいつの陰の気に侵されて死ぬ。石燕はそれを分かっていたからこそ、焼き鳥って形で陰の気を纏った肉を分割して、一般人が食べても体内で陰の気を微量の陽の気で浄化できるようにしたんだよ」


そこまで姑獲鳥が話すと、小宮山は固唾を飲み込んだ後、聞き返す。


「つまり、焼き鳥じゃなかった場合は、、、?」


「死にます!」


それは見事なサムズアップを、佐野は小宮山にドヤ顔で突き付けた。


「あっぶねぇ!!今更心臓バクバクしてるんですけど!」


佐野の一言に、冷や汗が滝の様に流れる小宮山を横目に、また悪戯な笑顔を見せながら姑獲鳥はチラリと、壁に掛けてあるシンプルな丸時計に目をやった後、「おっと、そろそろ時間だよ石燕!」と佐野に呼び掛けた。


佐野も時計に目をやり、「確かに、そろそろか」と、カウンター側の椅子に座っていた石燕は、腰を上げて小宮山に営業時間終了を伝えた。


「すいませんね、お客さん。もうそろそろ時間です。今夜は久しぶりの人間のお客さんって事もあって、とても楽しいひと時でした。ですが、これ以上はお客さんが帰れなくってしまうんで、そろそろ閉店とさせていただきます」


「俺が帰れなくなる?どういう意味ですか?」


言葉の意味が分からず、聞き返す小宮山に佐野は続ける。


「幽世の隙間が開くのは、真夜中の2時から5時の間なんです。特にここ、妖怪居酒屋に来れるのは金曜日の真夜中2時から5時の間だけです。それ以外の曜日に幽世の隙間に同じ時間に入っても、ここには絶対に辿り着けません」


先程まで笑っていた佐野と姑獲鳥は、いつになく真剣な顔で、この不思議な居酒屋に来る為のルールを教えてくれた。


間違えた曜日に幽世の隙間に入れば、二度と現世には戻れず、訪れるのは確実な「死」であり、小宮山が最悪な事態に陥って欲しくないとの願いがあっての事だった。


「えっと、気をつかっていただきありがとうございます。ただ、ちょっとだけ、、、ここの雰囲気好きかなって。妖怪に食べられるのは嫌ですけども、、、もし、もし佐野さん達にご迷惑が掛からなければ、ですけども。また、顔出しても大丈夫ですか?」


小宮山は自分が場違いな人間だという事は充分に承知していたものの、ここの雰囲気、佐野と姑獲鳥という人物の人柄が気に入っての質問だった。


「勿論!二度と来て欲しくないとかそんな事微塵も思っていませんよ!なんなら、毎週来てほしいくらいです!、、、人間のお客さん全然来ないんで、、、ははっ」


妖怪を知ってもらう為に開いている妖怪居酒屋に、まず知ってもらう為の人間が来ないのは問題では?と思う小宮山だったが、姑獲鳥も「いつでもおいで」と歓迎してくれている様なので、安心して帰宅の準備を始めたところ、佐野は思い出した様に「忘れてた!!」と、大声を出した後、小宮山に申し訳なさそうに名前を聞いてきた。


「お客さん、、、すいません、すっかり忘れてました!お名前、まだ伺ってませんでしたね!」


小宮山も、濃ゆ過ぎる時間を過ごしたお陰で、自己紹介をし忘れていた事に気付いていなかったようで「そういえば言ってませんでしたね!?」なんて、いう始末である。


「俺は小宮山です。小宮山 秀明っていいます。ピッカピカの社会人一年生ですが、今後ともよろしくお願いします!」


元気いっぱいに小宮山は挨拶をすると、鞄から財布を取り出して会計を済ませようとするが、佐野はそれを拒みだした。


「大丈夫ですよ!?ここではお金は要らないんです!必要なのはお客さんに妖怪を知ってもらい、妖魔を美味しいって言ってもらう事、ただそれだけです。お代なんて必要ありません!」


「いやいやいや!食べたからにはしっかりと払いますよ!いくらですか!払わせて下さい!」


「要りません!必要ないです!お金要らないんで!」


「駄目ですって!ほら受け取ってください!千円ですか!?二千円ですか!!?」


小宮山がお金を払うと言えば、佐野は要らないと押し返すの繰り返しを傍から見ていた姑獲鳥は、呆れて小宮山からお金を奪うと、それをそのまま小宮山の鞄に、雑にじ込み「いいんだよお代は!」と打切棒ぶっきらぼうに答えて、こう続けた。


「今日食べた妖魔を、そして本来誕生する筈だった妖怪をどうか覚えてやっといておくれ。それだけで良いんだよ。石燕が言っただろ?美味しいって言葉が妖魔にとっての供養に、妖怪にとっては名前を知ってもらえるって事に繋がるって。それだけで良いんだよ。お金を払いたいって気持ちだけで充分なんだよ、アタシ達は。ほら、もたもたしてると隙間が閉じるよ!行った行った!」


姑獲鳥は、そうかしながら小宮山の背中を押して、店の外に出すと「真っ直ぐ帰るんだよ!いいかい!絶対に振り返るんじゃないよ?振り返ったら二度と現世にも、ここにも戻れないと思いな!」と、強く忠告してくれた。


小宮山は最初こそ渋ってはいたものの、どう足掻いても佐野達の気は変わらないと分かったようで、気持ちを切り替え「、、、ありがとうございます!また来週お邪魔します!」と、大な声でお礼をすると、姑獲鳥に言われた通り、目の前の道を真っ直ぐに走りだした。



〜終幕〜



周りを一切見ずに小宮山は必死に走り続けた。


数分程走ったところで、生活音が聞こえてくるのが分かった。


車の走る音、誰かがスマホで電話をしているであろう喋り声、鳥のさえずりもかすかに聞こえる。


辺りを見回すと、いつもの帰り道の風景だった。


先程までの時間を夢の様に感じながら、小宮山は一つ背伸びを大きくするとスマホに目を遣る。


スマホの画面は丁度朝の5時を表示していた。


「なんだか3時間以上はあそこにいた気がするなぁ、、、」


なんて、気の抜けた言葉を出した後、小宮山は自分の家えと、今日あった出来事を思い出しながら、ゆっくりと帰っていくのであった。



お次の品

2.小豆洗い

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