第2話 一千万円の使い道
次の日
海人「は、はうあぁぁぁぁぁぁぁ!?」(驚がくの目でスマホを見ている)
海人「結城琴菜ちゃんの聖誕祭特別CDセット、ひとつ百万円……!? 琴菜ちゃんの初めての聖誕祭グッズ、ほ、ほしい! だが――百万……だと……? なんでこんなに高いんだ……。いままでも、写真集付きライブDVD五万円、直筆サイン入りオフショット写真十二万円とかはあったけど、今回は、ケタが違う……! ムリだ……このCDセットを買うのは……。高校生の俺に、百万円の用意は……できない……。どうすれば……このままあきらめるしかないのか――はっ!?」(何かに気づいたように動きを止める)
海人「いっ、せん、まん…。――ふふ。ふふフ。フフフフフ……!」
由樹「どうしたの、ひとりでニヤついて。気持ちわるっ」
海人「うわっ!? ゆっきー、いつからいたの?」
由樹「いま来たとこだけど。どうせまた琴菜ちゃんのことでも考えてたんでしょ」
海人「あ、ああ、まあそう、だな……」
由樹「カイトってば、いっつも琴菜ちゃん琴菜ちゃんなんだから……。で、カイト。一千万の使い道、どうだった?」
海人「あー、そうそう。クラスのみんなに聞いたら、多かったのはやっぱり『貯金』だったな」
由樹「う~ん、それは使い道っていうか、一時しのぎっていうか、先のばしっていうか……」
海人「まあ、一千万だからな。簡単に使い道なんか決められないってことだろ。あと海外旅行に行く、高級料理を食べる、っていうのも多かったな」
由樹「海外旅行は怖いし行きたくない。高級料理で一千万も使ったら太りそう……」
海人「石井君なんか『ひたすら食べて、余った金でひたすら食べる』って言ってたぞ」
由樹「さすが未来の横綱・石井君! 期待を裏切らない答えね……。あ、委員長にも聞いた?」
海人「もちろん。いつも成績優秀で沈着冷静な学級委員長・藤巻様からは『とりあえずマンツーマンの英会話教室に使う。それから海外留学の資金にあてる』というありがたいお言葉をいただいた」
由樹「さすが委員長。イメージ通りのマジメな答えね……。あ、うちの部長は?」
海人「部長は『全額アニメ制作会社に出資して、来春放送の推しアニメ【マジカルリリィDoッキュン☆パラダイス!】のスポンサーになる』って言ってた」
由樹「さすが部長。アニメ好きの鑑(かがみ)だわ……。カイトなら、どうせ琴菜ちゃんのCDを買って――」
海人「えっ!?」
由樹「えっ? な、なに?」
海人「あ、な、何でもない……。それで?」
由樹「たとえば、琴菜ちゃんの布教用CDアルバムを大量に買って全校生徒に無料で配るとか、するんでしょ」
海人「あ、ああ、まあ、そうかもな……。そ、そうそう、ほかには、ネトゲに大量課金してみたいっていうやつもいたな」
由樹「課金……? そっか。リスペクターに課金してもいいんだ。いままでずっと無課金勢だったし……」
海人「ん? リスペクター……?」
由樹「あ、な、何でもない何でもない……! でもどうしよう……。一千万円って高額すぎて、やっぱりすぐに使い道が浮かばないよね。私も貯金かな……」
海人「(言いづらそうに)あ、あのさあ。ゆっきーに、ちょっとマジメな相談があるんだけど」
由樹「えっ。なに。改まって」
海人「じつは俺の親父がいま、重い病気にかかって入院しててさ」
由樹「えっ!? 海人のお父さんが? うそ……」
海人「なんでも珍しい病気で、普通の治療じゃ治せないから、その――多額の手術費用が必要なんだ」
由樹「そうなの……? え、でもカイト、つい最近までお父さん、休日のたびにゴルフ三昧(ざんまい)だって話、してなかったっけ……?」
海人「え? あ、ああ! それが数日前、親父が急にゴルフ場で倒れて救急車で運ばれたんだ。それで珍しい病気だって分かって……。(心の声)ごめん、親父……!」
由樹「ふーん、そうなの……。いくらかかるの」
海人「――百万円」
由樹「百万……。わかった。出したげる」
海人「えっ? ほ、ほんとに……?」
由樹「うん……。カイトのためなら、いいよ」
海人「よっし! やった……! これで琴菜ちゃんの聖誕祭特別CDセットが」
由樹「えっ?」
海人「あ、い、いや、なんでもないよゆっきー! これで親父も助かるよ。ありがとう。本当にありがとう……!」
由樹「う、うん……。あの、早く家の人に伝えたほうがいいんじゃない?」
海人「えっ? あ、ああ! そうだな! じゃあいまから病院行ってくる! じゃあな、ゆっきー。また明日!」
由樹「うん、また明日……」
(カイト、部室を出ていく)
由樹「――唐突だったけど、ホントかなぁ……。あ、カイト、スマホ忘れてるじゃん。よっぽど焦ってたのね。ロックも解除したままだし――えっ?」
(由樹、スマホの画面を見て表情が強ばる)
由樹「『きらら坂49 結城琴菜 聖誕祭特別CDセット 定価、百万円』……? これってひょっとして――」
(カイト、部室に戻ってくる)
海人「ごめんごめん、スマホ忘れるところだった! 危ねー。思い出してよかった。えーと、俺のスマホは――あっ」
由樹「(冷たい声で)……カイト。『結城琴菜 聖誕祭特別CDセット』って、なに」
海人「あ……」
由樹「定価百万円って書いてあるけど、これなに」
海人「ええと……それはですね……」
由樹「ウソ、ついてたの」
海人「い、いや、ウソじゃない! そのスマホ画面はたまたまさっきまで琴菜ちゃんのサイトを見ていただけで、親父の治療代とはなんの関係もないから!」
由樹「ふーん。カイトのお父さん……」(由樹、海人のスマホを操作する)
海人「え? ゆっきー、何してんの。えっ? 俺のスマホでどこに電話かけてんの……?」
由樹「あ、もしもし! 私です。由樹です。カイトのお父さん、お久しぶりです! お元気ですか? へ~、毎日ゴルフ三昧ですか! すごく健康的ですね! 珍しい病気にかかったりとかしてなくてよかったです! じゃあまた!(電話を切る)」
(気まずい間)
海人「……あー、ゆっきー? これはだな、その――」
由樹「もういい」
海人「――えっ?」
由樹「もういい……。カイトを信じた私がバカだった……。この世の中に、本当に信用できる人なんていない。人の本性は所詮悪。悪なのよ……」
海人「ご、ごめん、ゆっきー。俺が悪かった……。謝るから……負のオーラを全身にまとうのはやめてくれ。な?」
由樹「私、一千万円の使い道、決めた」
海人「えっ?」
由樹「全額――全額、リスペクターに課金する!!」
海人「は? リスペクター……? リスペクターって、なに?」
由樹「スマホの乙女ゲーですがなにか?」
海人「ゆっきー、乙女ゲーやってたのか……。い、いや、そこじゃない! ゲームに一千万円全部使うのか?」
由樹「カイトのせいじゃん! もう私ゲームのキャラしか信用できない!」
海人「いやいやいや! そんなのダメだって! ゲームに一千万課金するなんて正気か?」
由樹「アイドルに全財産みついでる人に言われたくないんですけど!」
海人「うぐっ……! で、でも、一千万円はやっぱり使い過ぎだって! ってか、なんでそんなにそのゲームに課金したいんだ?」
由樹「だって私――カイトのことが、好きなんだもん!!」
海人「えっ、は!? ちょ、このタイミングで告白……?」
由樹「え? あ! ちょ、その、いまのは違くて……!」(気づいて顔を赤くする)
海人「ってか俺も、好き、なんだけど……」
由樹「……えっ? カイトもリスペクター、やってるの……?」
海人「え?」
由樹「私、乙女ゲーの『Re:specter(リスペクター)』に出てくるキャラ『六条院カイト』のことが好き、って言ったんだけど……」
海人「はい……? なんだ、ゲームのキャラのことだったのかよ……。同じ名前とか、まぎらわしい……」
由樹「(遠い目で)ってかカイト、乙女ゲーやるんだ……。へー、そっちの気(け)、あったんだ。へー……」
海人「ちがう! ストップ! それ盛大な勘違いだから! 乙女ゲーなんてやってないから!」
由樹「え、じゃあ――カイトがさっき『俺も好き』って言ったのは……?」
海人「いや、それは――な、なんでもない! ってかゲームのキャラに一千万課金とか、ありえないだろ? ゆっきーはその六条院の何がいいんだよ!」
由樹「あー! カイトのことバカにした! カイトはカイトよりずっといい男なんだから! カイトの声優だってカイトよりはるかにカッコいいあの安眠ボイスの陣さんなんだから! カイトなんかカイトに比べたらぜんっぜん目じゃないんだから!」
海人「カイトがかぶってややこしい! どっちがどっちだ……? ってか、いまはその六条院役の陣さんとか、プロの声優にはかなわないかもしれないけど、俺だって声優になるために日夜努力してるんだからな!」
由樹「たとえば?」
海人「毎日ミネラルウォーター飲んでる」
(一瞬、ポカンとなる由樹)
由樹「……は? なに? 『ミネラルウォーター飲んでる』……?」
海人「毎日ミネラルウォーター飲めば、いい声が出るようになるんだ」
由樹「……マジ?」
海人「マジ」
由樹「――フフッ。フフフッ」
海人「あーっ! ゆっきー、信用してない!」
由樹「(笑いながら)だって水飲めばいい声が出るとか、どこの都市伝説よ……。それで声優になれるならみんなやってるでしょ……バカみたい……」
海人「都市伝説じゃねえよ。声優好きの琴菜ちゃんがそう言ってたんだ。琴菜ちゃんはプロの声優と何度もトークしてるし、その知識の裏付けがあるから、確実だ!」
由樹「はいはい。そう思いたいならそう思っていればいいんじゃないですか」
海人「ぐぬぬ……! ゆ、ゆっきーだって『毎日枕の下に恋愛小説を入れておけば願いがかなう』とかいう都市伝説、信じてるだろ!」
由樹「あれは、私が尊敬してる人から教えてもらったの! だから都市伝説じゃない!」
海人「尊敬してる人?」
由樹「うん。ネットで知り合った、ライブ配信やってるイケボの人。一度私の相談に乗ってくれて、そのときに教えてもらったの」
海人「……一般人?」
由樹「一般人」
海人「それって俺のミネラルウォーターよりよっぽど信頼性あやしいだろ……」
由樹「は? カイトなんかよりよっぽど信用できる人なんだから! カイトのバカ!」
海人「バカっていうほうがバカなんだぞ! ゆっきーのバーカ!」
由樹「あー! ひどい! カイトのバカ! バカバーカ!」
海人「バカじゃねえし! ってか俺だってライブ配信くらいしてるし!」
由樹「えっ? カイト、ライブ配信してるの……?」
海人「あっ――しまった、つい口が……」
由樹「(ニヤニヤしながら)へぇ~。カイト、配信やってるんだ~。で、どこでやってるの? ツイケス? ようつべ? メラティブ? それともスポーン? どうせカイトなんか人気ないだろうから、今度お情けで見に行ってあげてもいいけど?」
海人「ってか、どうせ言っても知らねえだろうし……」
由樹「(ニヤニヤしながら)へぇ~。どんなマニアックな配信サイト使ってるの~?」
海人「……ボイカロ、っていう……」
由樹「ボイカロ――えぇっ!?」
海人「えっ? ゆっきー、知ってるのか……?」
由樹「え、と、その……ま、まあ? 声優好きとしては? 知っておかないといけないというか? あれって声だけの配信アプリだし」
海人「使ったことあるのか?」
由樹「あるけど、まあ、そんなには使ってないというか……。土日で十八時間くらいしか。あ、でも平日は毎日十時間くらいしか使ってないし……!」
海人「どっぷりハマってるな……」
由樹「でもでも、私は聴くだけだし」
海人「じゃあ、推しの配信者とかいたりするのか……?」
由樹「なんでカイトにそんなこと言わなきゃいけないの」
海人「俺が知ってる人かもしれないだろ。すげー気になるし」
由樹「……。(言いづらそうに)さっき私が尊敬してる、って言った人」
海人「え? その人、ボイカロの配信者なの?」
由樹「うん。ボイスドラマの台本読んだり、ときどきフリートークもしてる」
海人「だ、だれだよ」
由樹「どうせ言ってもわかんないから言うけど。……『Takio』さん」
海人「はぁ!?」
由樹「えっ? なに、カイト。知ってるの……?」
海人「いや、知ってるもなにも――。それ、俺……なんだけど……」
由樹「……へ? Takioさんが?」
海人「ああ」
由樹「カイト?」
海人「ああ……」
由樹「えーーーーーーーーーーーーーー!? ホントに? ウソでしょ? ぜったいダメ! Takioさんがカイトとかそんなのぜったい違う! ウソって言って! ウソでもいいから! うんウソ! はい決まり!!」
海人「ってかゆっきーのニックネーム『ゆきぼう』だろ?」
由樹「え……なんで……?」
海人「二週間くらい前に、フリートークで相談したいことがあるって一度だけ上がってきたじゃん。そのとき、『すごいゆっきーの声に似てる人だな』って思ってたんだ」
由樹「ちがう。私はゆきぼうじゃない……」
海人「絶対ゆきぼうだって! まんまゆっきーの声だったし!」
由樹「ちがうちがう! 他人のそら似! 声が似てる人くらいいくらでもいるでしょ!」
海人「そのとき恋愛相談されてさ。『好きな人に好きって言いたいけど、素直になれない』って。だから俺、思いつきで『毎日枕の下に恋愛小説を入れておけば願いがかなう』って言ったんだけど――もしかしてゆっきーがそれ実行してるのって、俺のせい……?」
由樹「ちがうから! そんなわけないから!」
海人「しかもそのときのゆっきー、『真剣に悩みを聞いてもらっちゃった、恥ずかしい……』って。すごく純情でおとなしそうなキャラだったけど……あれ、演じてたのか……?」
由樹「それ言うならカイトだってすっごくカッコつけてたじゃん! いまと全然違うイケボの声つくって『願い、かなうといいね』とか言ってたじゃん!」
海人「やっぱゆっきー、俺のフリト配信来てたんだ……」
由樹「あっ……」
海人「ってかマジかよ……ゆっきーに好きな人がいるとか……」
由樹「私、好きな人の相談を、好きな人にしてたってこと……? ヤバい、頭おかしくなりそう……」
海人「えっ? いまの、どういう意味……?」
由樹「えっ? あ、その……な、なんでもない! ってかカイトなんて陣さんと比べればただのど素人なんだから! いくらイケボつくったって大したことないんだから!」
海人「は? その話蒸し返すのかよ! ならゆっきーだってリスペクター全額課金やめろよ!」
由樹「じゃあカイトだって推しアイドルのCD欲しさにウソつくのやめてよ!」
海人「恋愛小説とか思いつきだし!」
由樹「水飲んでいい声とかほんとバカ!」
海人「ってかだれが好きだったんだよ!」
由樹「さっきだれが好きって言ってたの!」
海人「えっ……」
由樹「えっ……」
(二人、同時に)
海人「結局、俺のこと、好きなの……?」
由樹「結局、私のこと、好きなの……?」
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