第7話 滅ぼす者ども

 『六道衆』において最も過激、最も残酷、最も精強と言われ続けた一派、トジバトル・ハーン率いる軽量『鋼骨塊』の一団。


 『大ヤマト帝国』を相手取り、事実として一騎当千の働きをして見せた彼らはまるで1発の鉛弾のように敵の中量『鋼骨塊』の群れに撃ち込まれ、その全てを撹拌して後には鉄屑の残骸を残したと言う。


 それが味方であれば頼もしい限りだが、そうでなければ厄介極まりない。

 なまじ功績があるだけに生半可な待遇で迎えるわけにもいかない。

 そのために謀略で不名誉を付与し、悪名を流布し、約束を反故とし、名誉の全てを剥ぎ取った。


 そのような不義理に対し武で抵抗した彼らは戦後最大のテロリストと化し、悪行の限りを尽くす。

 それは八つ当たりだったとも言えるし、すべてが無駄と化したその争いの日々を、しかし現実逃避のために永遠に続けようとする無聊の日々とも言えた。


 結局のところ彼とそれに付き従う者達は戦場の中でしか己の価値を見出せなかったのだ。

 しかしそんなことを続けていくと、いかにトジバトル・ハーンが英雄だろうと、強かろうともついて行けぬものが増えてゆき、最後には彼と6人の側近だけが残った。


 そして、彼の最期は計7機で今だに復興が終わらぬ程、打撃を与えた大規模テロ。

 その渦中で遭遇した一騎の白い軽量機との決闘の末に彼は腹を貫かれ、息絶えた。


 享年67歳の、その間際の遺言は、あろうことか側近達自身が同族たる他の『六道衆』へ引導を渡すよう命じる言葉だった。


 時に、当人にとって崇高で確固たる理想があり、そのために精力的に追い求め徹底した際、そのような人物が最も嫌うのはその理想を中途半端に遂行する者だと言う。


 トジバトル・ハーンは客観的に見て悪人であると同時に主観的には武人でもあった。

 強き敵、あろうことか自身を討ち滅ぼした敵には敬意を、自身の理想に賛同する側近へは愛を、そして自分から離れていった、かつての同志には憎悪の念を向けていた。


 そうして、この闘いより生き残った2機は死に損なったため生きる指針としてこの主君の命に従うことにしたのだ。


 かくして、ナガトの師匠であるリョウコと全く別の理由で『六道衆』が滅びるよう手引きする『六道衆』という存在が生まれたのだ。


◆◆◆◆


「一応、こちらの目的を話しておこうか。

私はね、私含め『六道衆』は歴史から姿を消すべきだと考えている。既にかつての誇りや意義は失われ、ただ細々と生き延びる恥知らずしか残されていない。それだけの生き恥を晒すならサパッと滅んでしまうべきだと考えている」


 カスパールは滔々とうとうと語る。

 それは説得のため、というよりは生き延びるため出まかせを言ってると勘違いされるのが我慢ならないためだ。


「だから、この一団に目を付けたん。我々と同じ『六道衆』に身を置くことで同族の情報を得やすくなるし、時折交流することもある。そして、交流した相手が少しずつ滅ぶように、真水に少量の毒を仕込むように嘘の情報をこっそりと与える。時には街の中枢部に密告する。基本的に信用は無いんだけどね。それで、そろそろ潮時だと考え、この一団も滅ぼそうと思ったんだけど……」


「俺の居たことが、想定外だったと?」


「そう。おかげで手間が省けたし、別の『六道衆』の情報も得ているし、できれば手を引きたいが、退かせてはくれないと……」


「無論……無論だ」


 冷たく言い放ち、宣告を突き付ける。


「お前達には死んでもらう」


「改めて聞くが理由は?」


「面白そうだから」


 即答で返す。


「なるほど」


 話は続く。


「メルキール、お前はどうしたい?」


 カスパールの中には2機でそれぞれ別の方向に全速力で逃げる算段もあった。

 だが、それもまた、リスクを残す行い。

 だからどちらを選んでも良いという前提のもと『傲魔鬼巾ごうまききん』を操る同志たるメルキールに尋ねた。


 メルキールは寡黙な中年の男。顔に刻まれた皺がその思考の深さを表す一方、必要なこと以外口にしない慎重な気質。


「闘いたい」


「なぜ?」


「トジバトル・ハーン様の敵討のため……」


 ここで一つ捕捉しておくが、この戦闘が始まった瞬間から、この両名は目の前の白い機体がかつてテロの現場に乱入し、主君たるトジバトル・ハーンを討った機体に酷似してると気付いていた。


 だから、できる限り前に出ず、戦闘の推移を眺めた。

 敵を見極めるために。


 そして、既に両名共に確信を抱いた一方、カスパールがそれを言及しなかったのは、それを言えば、逃げると選択肢を自ら塞いでしまう気がしたから。


 で、それは本来慎重であるはずのメルキールにたった今塞がれた。

 であれば


「じゃあ……やるか」


 カスパールは覚悟を決めた。


◆◆◆◆


——この怪物をいかにして狩ろうか……


 カスパールの頭にあるその一念。

 かつて、主君たるトジバトル・ハーンを討ったその戦闘は目に焼き付いている。

 火中の街を遥か下に、火の中を踊る様に生命の取り合いをしたその2機は、その末に主君は命を落とし、落ちる間際に回線で遺言を残した。


 この男は、主君と同じく戦うために生まれてきた様な人間だ。

 人が本来持ちえないほどの闘争心を集め、擬人化した際、この目の前の男の様な姿形を取ると言っても過言では無い。


 獣と呼ぶには嫌らしく、人間と呼ぶには恐怖が欠如し過ぎている。

 闘いの中でしか生きる価値を見出せない男。


 だから、ふと、この男であれば新たなる我らの首魁しゅかいたり得るのでは無いか、なんて考えが浮かぶが、それは見ないことにする。


 何より、特にトジバトル・ハーンを慕っていたメルキールがそれを認めないだろう。


「嬉しいねぇ。あの時討ち漏らした連中にまた会えるとは……」


「ほざけ」


 ほら、今にも憎くて憎くてたまらないという声を出している。

 メルキールは普段から口数が少ない上、ぶちギレた時は更に言葉少なに敵への憎悪しか述べない。


 であれば、


(俺はバックアップに回るべきだな)


 カスパールは思う。


 メルキールはその時のテンションでコンディションの変わるタイプ。

 であれば、身を焼く様な憎悪に囚われた今が、はっきり言って絶好調。

 それでなお思考は冷え切ってるのが素晴らしい。

 

——3機の位置


 同じ高さ、各機が同じ距離を保つ正三角形の頂点の位置。

 互いに会話しがてら、カスパール駆る『月俸金華げっぽうきんか』がそうなるよう仕向けた。


 逃げるにも、戦うにもそれが1番やりやすいと思ったからだ。


 そして、どの機も動かぬ中、先手はメルキール駆る『傲魔鬼巾ごうまききん』。

 3機、敵の隙の無さゆえに攻めあぐねた状況での先手。

 そのため初撃で決めるのでなく、むしろその防御こじ開け一撃叩き込むための段階。


 その様な状況に軽量機である事のアドバンテージはお互いに無い。

 本来、軽量『鋼骨塊こうこっかい』での至近戦闘は騎兵が斬りかかるようにすれ違いざま一撃叩き込んで離れてを繰り返すヒットアンドアウェイが基本。

 それゆえ、刺した後、速やかに距離を取る『雀蜂すずめばち』に似ている。


 だが、互いに軽量機であれば、むしろその様な戦術は意味を為さない。

 

 先まで六道衆の一団が目の前の白い機体に良いようにあしらわれたのは、それが原因だ。


 軽量機で軽量機を相手取る場合のノウハウがまるで足りなかった。


 だが、カスパール及びメルキール、さらに目前の敵は違う。

 理由は違えど幾度も『六道衆』を相手取ったために、そのノウハウは埒外らちがいなほど蓄積されている。


 軽量機同士の戦いは、その一挙動に速度の差がないため、至近戦を繰り広げるなら単純な技量比べとなる。


 そしてたった今繰り広げられつつあるその斬り合いは、しかしカスパールもそう見るものではなかった。


 メルキール駆る『傲魔鬼巾ごうまききん』は無論ながら『熱刃溶断式ブレード』を、その両手でしかと握りしめて敵の防御をこじ開けにかかり、敵の駆る白い機体は左手一本でブレードをマウントし、その剣技の全てをいなしていた。


 であれば空いた右腕はと言えば、まるで引き絞られた矢の様に指先合わせた剣の形で、貫き手を狙う構えで崩さない。

 ブレードが攻撃をいなす盾の役で、空いた右手が矛……いや、威力を鑑みれば大砲か。


(なるほど、それが本来の闘い方……)


 カスパールは敵の背後に回りつつ観察を続ける。

 特に手こずる相手がいた場合の2機はこの様に役割を分担し、カスパール駆る『月俸金華げっぽうきんか』が隙を突く。


 そして、それに徹する事で、カスパールには敵を下す方法が明白に掴めてきた。

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