第2話 事の経緯
『
それは元々大戦の英雄として知られていた。
かつては大陸中部、巨大な帝国を擁した民族であり、生まれながらに馬を駆り、そして馬上からの長距離狙撃すら平然とやってのける彼らの騎兵は、草原の覇者の名を欲しいままにしていた。
燃料の問題から馬という機動力が何より重宝された時代の話だ。
だからこそ、大ヤマト帝国と隣接し、永らく圧迫外交をもって接してきた彼らは
どれだけ機動力が高くとも、それは地を這う虫の如く平面的な動きの話。
瞬く間に空を駆り、撃ち下ろす銃撃の元ではさながら踏み潰されるが如く。
どれだけ長距離から撃ったところで、急造された厚さ30ミリの鉄板撃ち抜く対物ライフルですら、大方『
かくして栄華は舞うチリのごとく消え失せ、盛者必衰の名の下、多数の難民を出しながら彼の国はことごとく、その文化的象徴たる寺院、王宮に至るまでことごとくを焼かれ、潰され、残り香すら残さぬ勢いだったという。
そんな彼らは流浪の日々を送り、散り散りになりながら好機を待った。
その千載一遇の好機、『大ヤマト帝国』国主、二階堂光圀公の崩御。それに伴う度重なる内ゲバ。
それに目をつけ、彼らはまず『大ヤマト帝国』から多数の『鋼骨塊』を奪い取る算段を整えた。
そして、彼らが何より好んで乗り込んだのは、オールマイティで汎用性に優れる中量機でも、ひたすら火力詰め込み空飛ぶ要塞と渾名される重量機でもなく、薄い装甲板とそれに伴い推進力に舵を切れる索敵用の軽量機。
これは『大ヤマト帝国』で軽量機が戦略上重要視されていなかった故に奪いやすかった背景もあるが、何より騎馬に似たスピードと軽やかさを欲した彼らに都合が良かった。
これに専用の改修を施し、領土奪還を目論む諸外国のバックアップを受け製造された『熱刃溶断式ブレード』引っ提げ、軽量火器を補助に伴う事で、近接戦闘および至近で切り掛かることのみに特化した究極に尖った機体を彼らは運用。
弾丸が飛び交う中、その薄い装甲を纏い狂気的なまでに突撃を敢行する彼らの名は、英雄的名声以上に恐怖をばら撒く結果となった。
そして、かつての英雄もことが済めばお払い箱。バックアップに回った諸外国は手を翻し、彼ら自身も国の再建は成せず、都市国家群が勃興し、流浪を繰り返すしかなくなった。
一般に『
まさに
◆◆◆◆
「報告のあった地点へ到達。これより捜索を開始する」
曇天の空の中、4機編成で飛ぶ『鋼骨塊』。
典型的な中量機にして、クヴァール都市連合軍正式採用機であるところの
『
——などと、この文化圏っぽく名が付けられていたが、そのベースは戦後『大ヤマト帝国』から流れた中量機『駆動三式』に可能な限り改修を施した品。
大方、今の世で運用される『鋼骨塊』の殆どが、この『駆動三式』の改修機であり、それをかつてはたった一国が独占していた事実は『大ヤマト帝国』の栄華の証として知られている。
近頃は新たな発掘の報告も少なくなり、大方のパーツは製造可能となったものの肝心の『真核』に至っては手がつけられず、この機械群の争奪には多額の金と思惑が絡んだ。
そんな機体を駆る操術師は軍においてエリートに当たり、でなければ国に属さぬ集団——俗に傭兵が保持し、乗り継いできた2パターンに限定される。
「『六道衆』か……」
手短な報告、さらに部下への指示を音叉に似た仕組みの『鋼骨塊』搭載式通信機で終えた男——隊長機を駆る彼はボソリと呟く。
「軽量機……戦闘向きのイメージは無いが」
彼の乗る白と黒のモノトーンカラー、全長7mの機体。
形状は戦車に似た箱型に五体を生やしたモチーフと言えば良いか。
無骨で四角いライン、頭部メインカメラを担う
いずれにせよ目立ち、飛び交うたびにフォンフォンと、金属が擦れ合うような異音を放つ。
この音の正体は依然として知れず、技術者は『真核』によるものと考えているらしいが、そんなことをわざわざ気にする操術師は多く無い。
そして、この駆動に伴う
背後5メートルの近さでも気付けなかった逸話もあり、警戒する箇所があるとすればそこ。
加えていくら動きが速くとも部下含め4機で構成される弾幕の前で、どう掻い潜ろうというのか。
「隊長……」
「ん?」
雑音混じりの声を耳に、回線を開く。
必要以上に通信を繰り返せば盗聴の危険もあったが、やや暇を持て余している。
変に張り詰めるよりは良い。
「どうした?」
「いや、少し確認なんですがね、その『六道衆』っての、ほんとにいるんですかね?」
「……」
少し考える。
隣国より『鋼骨塊』の軽量機を伴うキャラバンがクヴァール都市連合領域内へ侵入したとの報告があった。
彼の国にしてみれば、こちらに恩を売って損はない。そのため報告が嘘とは考えにくいが、
「確かに『六道衆』の連中はここ数年目立った活動をしていない。だが単に、一部の過激派を排除しただけという見方もある」
『六道衆』なんて一括りに考えるのは間違いで、彼らは戦後複数の部族に分かれ各地を放浪すると聞く。
そのうち過激派は、故郷再建のため都市国家群にテロを仕掛ける危ない連中だが、盗賊同然に村から村へ略奪してふらつく連中も少なくない。
「いずれにせよ……それらしき連中を見つけ次第、排除だ」
それだけ伝え通信を切る。
そうして再び4機、一定の距離を保ち眼下を見下ろし捜索。
そこには広大な森があった。
人の手があまり入らず、樹木の生い茂るそれは、何を隠すにもちょうど良い幕の役割を果たし、仮に奇襲を受けるとすれば、下からの銃撃と見ていたが、
「ん?」
その眼下でキラリと何かが、空から差す薄い光を反射した。
光……合図……
「つ……」
すぐさま回線を開く——
「上だっ!」
端的な指示。
伝達と同時、わずかに風を切る音をその場の4機、乗り手全員が耳に捉え、上空より自由落下より速く。
『真核』より発せられた力のベクトルで押し込むカタパルトが如く落ちる弾丸、いや『鋼骨塊』だ。
それが3機。
上空より舞い降り死をもたらさんとする、その両腕でマウントされた長刀の、直下の推進速度を加えた切り下げは、一機のみを捉え地に斬り伏せた。
「ちぃっ!」
(雲の中にいたのかっ、)
やけにその光景がスローに見える。
部下3人を狙った奇襲。
さっき通信したばかりの部下のみが唐竹割りに二分され落ちていく。
他の機体は回避早々、指示を出すまでなく散開。
それより一手早く戦闘向きの軌道に切り替えた男は周囲を見回す。
敵が3機。『六道衆』特有の薬品混じりの煙のような特異な文化を偲ばす塗装。
全身がシャープに細く。
足に至っては立つことすら考えず鋭利に尖り、これは壁を蹴るか敵を刺すことしかできまい。
その特徴的な形状のみならず、全身、前腕部、胸部に至るまで鋭利な刃物に似た装甲。
頭部の双眸の隙間から生えたナイフの様な一角。
まさに全身凶器と呼べる機体群。
大方『
さらに
「銃火器を持ってないのか……」
冷静な分析。
彼我の装備。
『鋼殻猟兵中量型』の基本武装が両腕部でマウントされた弾数30に及ぶ対機アサルトライフルに加え、背面にマウントされた全長12mの熱刃溶断式グレイブ。
対し、敵が持つは刃渡り6メートルに及ぶ熱刃溶断式ブレード——鍔無しの長刀と見える一振りのみ。
近づく前に蜂の巣にしてしまえばことは済むが、その目論見の元加えた銃撃は
「ちぃっ!」
当たらない。
そもそも残ったこちらの3機を敵3機が囲みながら円運動で機動を取る位置関係。
1機に火力を集中させることはままならず、であれば弾幕の形成は望めない。
しかし敵の武装は至近戦用のブレードのみ。
こちらへ猛進を始めるまでに旋回の余計な運動を求められるはずが、こちらが弾を切らすか隙を晒すを待つためか、回避に専念される。
「っ!」
少しでも意を逸らせば瞬く間に視界の端から消えるスピード。
各員によるライフルの掃射は続く。
狙い撃つことは諦め、その機動の先を撃つ偏差射撃を心がけようと撃った先を既に躱しクネリクネリと逸れる敵。
そして遠く——背後、男の背後で巨大な鉄の塊が斬られた音。溶断独自の火花散る音が、
(また1人っ)
と部下の撃墜を気取り歯噛みした矢先、意識の揺らぎを察した近い敵機、既に狙いを定めてきた一機が回避運動をやめ、長刀振り翳し一直線に——
「くそがっっ!」
男は叫ぶ。
このままのうのう落とされてたまるかと、叫んでおきながら思考は冷静で、アサルトライフルは、その腕から捨てた。
背部に手を伸ばし、グレイブの柄を取る。
二つ折りのそれが一直線に連結し、さながら槍の様に長い持ち手の先端に刃物。
突きより斬撃に向いた形状のそれを振り上げ、撃ち落とすことは諦め、真っ向から来た瞬間に切り結ぶ構えで、
(殺す!)
彼のプライドが雄叫びを上げる。
鼓舞するためではなく、さながら歴戦の雄のみが備える状況への適応能力。
思うのではなく分かる能力。
たった今迫る機体、その操術師の回避運動は瞠目に値するが、至近戦闘能力は……
「嘗ぁめっるっなぁっ!」
振りすぎた刃の交錯は、互いの得物を傷つけることはなく。
意地を見せる形でこの男のグレイブが標的の左腕を、肩口から切り飛ばす。
形勢の逆転。
しかし勢いづけて追わず、どのみち追いつけないので、相手がやや距離を取ったところで未だ残る部下の元へと。
助けに入らねばのうのう見捨てることになると、そちらを見ようとして——今片腕切り飛ばした敵がなぜあそこまで距離を取ったのか、その意図を履き違えた。
「ぶっ」
熱い。
あっっ熱い。
皮膚が焼ける。
火葬場同然のタンパク質の焦げる匂い。
背後、それは背中から来た。
だから、意に沿わせ、乗機の首を背後へ180度巡らせる。
『鋼骨塊』の関節可動域は人をはるかに超える。
そして、目の前に居た、新たな紫の機体。
最初に仕掛けてきた3機は未だ別の場所を飛び回る。
(伏兵……)
最早神経が焼き切れ、痛みで思考の上書きされることなく冷静。
結局、上から来た3機のみでなく、1機は最初から森の中に潜んでいたのだ。
それを気取らせず、そして行動を誘導するためにさっきの機体は離れたのだ。
警戒したはずの軽量機のみに可能な戦術。
背後より近付いての
最早下腹部から、首の根本までを人体にとって過剰すぎる得物で刺され、焼かれ、助かる見込みは無かった。
◆◆◆◆
存外上手かった一機を背後から仕留め、残り抵抗を続けた一機は囲んで堕とす。
こちらも一機、片腕を飛ばされてしまったが、予備パーツで足りる損傷をむしろ幸運に思うべきか——と、そんな思考。
俗に『六道衆』と呼ばれる部族のうち、ある一座の
それと並列して他に敵機のいないことを確認した折、
「マルムーク」
通信が入る。
今回最初の奇襲を務めた3機の操術師のうち、最もベテランな中年の男。
「仕留めた機体をバラしにかかる。今回は『真核』だけでいいんだな?」
「ああ、そうしてくれ」
受け答えしながら、彼は状況の芳しく無さに頭を悩ませた。
(国境を越すまでに1機失ったのがキツい。ベテランが乗ってたのもよくない。キャラバンのみんなも暗い顔してる)
「いずれにせよ、次の村で調達の必要があるな」
調達。
彼の言った調達とはそのままの意味では無い。
忌み嫌われる彼らが金品を差し出しても得られるものはなく、そもそもそんな手を使わず武力をちらつかせれば良い。
詰まる所、調達とは武力で脅し、物品を要求。
応じなければ嘗められないよう滅ぼす略奪の流れを指した。
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