第27話

 都内のクラブではあるグループのパーティーが行われていた。

 メンバーの出所祝いのために貸切られたそのクラブで踊り狂う男と女の中に、輩B号こと熊田樹里明日クマタジュリアスはいた。


 数日前に輩AとCが行方不明になったことは知っていたが、主催者の熊田は予定通りパーティを開催した。


 輩の宴が最高潮に達したそのとき、爆音のビートを刻んでいたスピーカーが突如として沈黙し、音楽が止まる。

 照明が落ちてクラブは闇に包まれた。輩たちがざわめきはじめた直後、コツコツとローファーの音がフロアに響き渡る。


 暗闇を紫色に光る瞳が左右に揺れながら近づいて来た。目が闇に慣れてきたタイミングで照明が灯り、ひとりの少女の姿が現れる。

 紫色の瞳の正体は制服を着た女子高生だった。


 彼女はフロアの中央で立ち止まった。

 大人しそうな少女だ。だが圧倒的な存在感と色香が漂う。輩たちに囲まれているこの状況において、微塵の動揺も感じない。


 誰もが言葉を失い、彼女に釘付けになる中で空気の読めない輩Dが口笛を吹いた。


「こりゃいいぜ。JKコスのデリヘル呼んだは誰だぁ? アイドル並みの上玉じゃねーかよ、ははっ!」


「い……いや、知らねぇなぁ。けど、なんだよ……、よく分かんねぇけど、そそるぜ」


 少女に手を出そうとする輩Eの腕を掴んだのは熊田だった。


「……待て。……おい女ぁ、お前、どうやってここに入ってきた?」


 ひとつしかない扉は電子ロックされているし、予定外の来客があれば必ず門番から連絡が入る。警察のガサ入れがあった場合に時間を稼ぐためだ。


 熊田の質問に少女は答えなかった。ぼんやりした感情が読み取れない表情で熊田のことを見つめている。


「舐めてんのかテメー……、そんなに輪姦されたいか?」


 すごむ熊田に対して首を傾けた少女の頭上に巨大な斧が出現した。身の丈を超える大斧を肩に担いだ彼女の足が床にめり込んでひび割れる。


「なっ……」


 再び言葉を失う輩たちが見たのは、大斧を片手で持ち上げる少女の姿だった。少女が腰をかがめて斧を振り回した瞬間、フロアにいるすべての人間の肉体がミンチになって散り散りに飛散した。一面を血に染めてしまう。



 後日、某クラブで発生したその事件は、大量殺戮事件として捜査されことになる。


 しかし、警察が押収した監視カメラの映像には少女の姿はなく、映っていたのは一瞬で爆発するように爆ぜる人間の姿と生み出された血の海だけだった。




 ――そして、彼らの悪夢はそこで終わらなかった。


「目覚めよ、餓鬼共」  

 

 熊田は少女の声で目を覚ました。そこは仄暗い場所だった。蒸し暑くてひどい悪臭が漂っている。


「な、なんだここは……」


 周囲を見回す熊田の目に映ったのは、全身が腐ったゾンビのような人間たちだった。皮膚がただれ、歯は抜け落ち、耳は垂れ下がり、眼球がこぼれ落ちそうになっている。そんな奴らがいたるところで蠢いている。


「ひぃッ!? ば、化け物!!」


 悲鳴を上げた熊田の顔を、近くにいたゾンビが食い入るように見つめている。


「お、お前……、もしかして熊田か?」


「なに? ま、まさか……そのでかい鼻ピアスは……、郷田なのか?」


「ああ、そうだ……。お、お前の顔、なんつーか腐っているぞ……」


「はあ? 何言ってだよ? お前の方こそ腕が肩から腐り落ちそうだぞ……。そんなことより、ここはどこなんだ?」 


「俺が知るかよ……、気付いたらここにいたんだ……。つーか、あっちにいるのってアーサーのヤツじゃないか?」


 輩Cの指差した方向に、鼻から下の皮膚や肉が溶けて骨が剥き出しになったゾンビがいた。そいつの顔面のタトゥーが輩A、一条麻葉と酷似している。


「一体なにがどうなってやがる……」


 ゾンビたちがうめき声を上げる中で、またあの少女の声が響いた。


「静まれ、餓鬼共よ」


 熊田は声のする方を見た。荒れた大地の小高い丘の上に少女が立っている。人外の美しさに思わず息を呑んだ。丘を囲むように蠢くゾンビたちも彼女に見惚れている。


「ここはワシが生み出した異空間奈落だ。貴様らは一度死んでワシの術で蘇った」


「はあ?」


「自分の体を視れば理解できるだろう。そう、貴様らは腐臭を垂れ流す餓鬼に生まれ変わった」


「な、なにしやがる!? 元に戻しやがれ!!」


 熊田は叫んだ。しかし少女は意に返さない。熊田の言葉など聞くに値しないと言うように視線すら合わせようとしない。


「ふむ、そろそろ腹が減ってきた時間であろう」


 確かに腹が減った、そう感じた直後、耐え難い空腹感が輩たちを襲いはじめる。


「互いを喰らい合え、餓鬼共よ。痛覚は生前通り残しておいた。貪り、喰われて蘇り、再び貪り喰われるのだ、永遠にな……」


 そして、美しき少女は姿を消した。

 気付いたときには、熊田樹里明日は仲間たちに貪り喰われていた。






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