第25話

 勇者を車で轢いた輩Cこと郷田香衛猿ゴウタカエサル(23歳)は仕事の帰りだった。


 生まれつき体格に恵まれた彼は金銭の取立屋を趣味でやっている。

 人間が心理的に油断する飲食中や性交中にターゲットを襲撃する戦法を得意としていたことから、ダーティシーザー《汚い帝王》と呼ばれていた。


 そして、何度も強制強姦や未成年者拉致事件を起こしているが、すべて不起訴になっていた。それも彼の父親が大物政治家であり、金に物を言わせて息子の不祥事をもみ消しているからだった。


 麻布にあるタワーマンションの鍵を開けた郷田は、誰もいないはずの部屋から人の気配を感じ取り身構えた。

 

「やっと帰ってきたしー。あーし待ちくたびれちゃったんですけどー」


 女の声だ。しかも若い。 


 郷田は部屋の灯りのスイッチを押した。しかし部屋は暗いままだ。何かが光源を覆っている。

 僅かな月明かりと共用部にあるライトが、薄暗い部屋の中にいる少女の姿を微かに浮き上がらせた。


 くぁぁと大きなあくびをかいたのは制服姿の女子高生だった。

 アッシュグレーの巻き髪に派手なエクステ、ネイルはキラキラで瞳にはカラーコンタクト、いわゆるギャルがリビングの真ん中に座っている。


 少女が長い脚を組み替える度に恥部が見えそうになり、郷田はごくりと生唾を呑み込んだ。


「どうしたの? 来ないの? あーしとやりたくないの?」

  

 もう一度、郷田はごくりと喉を鳴らした。


 少女の容姿が判然としないにも関わらず、この女とデキるなら死んでもいいと思えるほど彼女はあまりにも官能的だった。

 普段の郷田なら相手の同意を得る前に襲い掛かっているところだ。しかし彼は冷静だった。冷静というよりも言い表せない不気味さが彼を躊躇ちゅうちょさせ、性欲よりも恐怖心が勝った。

 

 自宅に侵入されたことに加えて、少女の異様な態度に本能が危険信号を発している。

 

 ――おかしい、あんな場所にソファはなかった。あの女が動かしたのか?

 ……違う、ヤツが腰を掛けているソファそのものが蠢いている? なにかの集合体のようだが……。


「あんたさぁー、挿れるのが好きなんだよね? だ~か~ら~、今夜は特別にあーしが挿れてあげるよ、ね?」


 少女が艶めかしく微笑んだ直後、室内に蠢いていた物が一斉に動き出す。郷田の眼に映ったのはムカデの大軍だった。壁や床や天井一面がムカデに覆われている。おぞましい光景に郷田は戦慄する。


「ひぃっ!!」


 踵を返して逃げ出そうとした瞬間、濁流のように蟲たちが流れ込んできた。郷田の体は蟲の洪水に押し流され、リビングで転倒した郷田にムカデたちが一斉に襲い掛かる。口や鼻、耳や肛門、そして尿道に次々と体を捩らせて進入していく。


「うぎゃぎゃがががぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!」


 郷田は絶叫を上げた。

 ムカデたちが体を内側から喰らい始める。舌を喰われて叫ぶことすらできなくなり、激痛に悶絶してのた打ち回る男を眺めながら少女は、脚を組み替えて頬にピースサインを当てた。


「あっはぁー、みんな喜んでるし、やっぱ下手物の方がおいしーのかな?」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る