第24話

 2Bで唯一の普通女子、逢坂妃花が担任の入院を知ったのは、朝のホームルームだった。

 代理でやってきた伍代先生が神妙な面持ち告げる。 


 先生は走行中の車と接触して腕と足の骨を折る大怪我を追ったが、命に別状はなく意識はしっかりしているとのことだった。

 命に別状はないと聞いて、逢坂妃花は胸を撫でおろした。


 それから昨日の深夜、先生から伍代先生のスマホに事故にあったこと、怪我の状態のこと、最後に「生徒たちに申し訳ないと伝えてほしい」というメッセージが添えられていたそうだ。


 先生のお見舞いについて、放課後にみんなで話し合おうと提案したのは安土沢アンリだった。

 彼女の提案に誰もが同意した。


 少し個性的な子たちが多いけど、みんな思いやりがあって良い子たちばかりだと逢坂妃花は思っている。

 

 クラスメイトたちはすごく団結している。その理由は八重山真央という少女を中心にした一大グループがあるからだ。逢坂姫花が少数グループに所属していたとしても仲間外れにされたことなどない。


 しかしながら、例え疎外されていたといても、右を向いても左を向いても美少女だらけのこのクラスが、逢坂姫花にとってはたまらなかった。


 なぜなら彼女は美少女が好きだった。

 彼女はガチの百合だった。

 なので、このクラスは彼女にとって天国だったのだ。


 少しくらい言動がおかしかろうが、美少女たちを愛でることができれば、ガチ百合な彼女にとって至高で至福な空間でしかなかった。


 そんな彼女が主に行動を共にするクラスメイトは、魔王軍を名乗らなかったふたりの少女、上原ユナと鳴海エリカである。無論、二人とも元異世界人の転生者だということなど知るよしもない。


 気付くと行動を共にするようになったのは偶然ではなく、上原ユナと鳴海エリカにとっても、唯一の普通女子である彼女を保護するために近づいたのである。


 そして、そんな美少女成分に恵まれた彼女は、今日初めて疎外感を味わうことになる。



 放課後を迎え、終礼が終わってもクラスメイトが教室に残る中、お見舞いを提案した安土沢アンリが教壇の脇に立っている。


 すっと席を立ったのは八重山真央だった。静まり返る教室をこつこつと音を鳴らして教壇に向かって歩いていく。

 その彼女の纏う空気があまりにも重々しく、なんだか緊張感があるけど不思議と目が惹きつけられる。


 天真爛漫な美少女、だけど捉えどころのない不思議な少女、八重山真央のことをみんなが真央〝さま〟と敬称を付けていることについて、逢坂妃花はきっと良家のお嬢様なのだと勘違いしているのだが、魔王は実際にお嬢様であるので、あながち間違いではない。


「総員、起立!」


 安土沢アンリの号令にクラスメイトたちがザっと音を立てて一糸乱れず起立する。彼女もビクッと肩を跳ね上げると同時に反射的に立ち上がっていた。


(なになに!? なにが始まったの??)


「ね、ねぇ……なにが起こってるの?」


 逢坂妃花は動揺を隠せなった。隣の席の上原ユナに小声で話しかける。

 

「静かに、すこし黙ってて」


(ユナちゃんもノリノリ!?)


 教卓の前に立った八重山真央が生徒たちを見据えると、ピリッとひりつく緊張感が生まれた。

 彼女の下瞼には泣きはらしたような跡がある。


「総員、傾注!!」


 安土沢アンリがひときわ大きな声を張り上げる。再びビクッとなって背筋が伸びる。

 

 八重山真央は静かに口を開いた。


「余を傷物にしようとした不届き者がおる」


 逢坂姫花の口から「は?」と思わず声が漏れる。


 議題は先生のお見舞いについてじゃないの?

 それは逢坂妃花にとって当然の疑問だった。

 誰ひとりとして気にしていない。誰もが真央を注視している。


「余が拉致されそうになったとき勇者が現れて事なきを得たが、魔王が勇者に救われるなどあってはならぬ。これは魔人族にとって最大級の屈辱であり、歴代魔王に申し訳が立たぬ」


(なにか寸劇がはじまったぁー???)


「さらに勇者は言った。お前を守るのが自分の責務であると、世界の命運を掛けて死闘を演じた余に対して守るのが責務だと奴は言ったのだ。これは耐え難い恥辱である」


 彼女は怒りに震える唇を噛んだ。


「認めよう……」


 消え入りそうなその声は震えている。


「……余は勇者によって助けられた。そして奴は余を助けるために怪我を負ったのじゃ」


 教室を見据える瞳は涙で揺れている。彼女は涙を振り払うように語気を強める。


「余はこれを良しとしない。余は断じて庇護を受ける側にあらず、余はすべての民をすべからく庇護する王である。ならば清算せねばならぬ」


 彼女の言葉にクラスメイトたちは今一度姿勢を正した。

 

「余は許せぬ、原因を作った輩共を。余は一切の慈悲を与えぬ、余の獲物に傷を付けた輩共を。この世に生ま落ちて十六年、余はこの世界の道理に従って生きてきた。それも余のため、余を慕う配下のために最善と判断したからじゃ。しかし、余の怒りは臨界を越えた。あの輩共は超えてはならぬ一線の超えたのじゃ。これが何を意味するか分かるか?」


 ぶわっと鳥肌が立つ。得体の知れない寒気が全身に走り、空気が張り詰めて静まり返る。

 逢坂妃花は隣の上原ユナがごくりと喉を鳴らしたのが分かった。冷や汗をかいている。顔色が悪いようにも思える。

 

 ギリッと真央が奥歯を噛み締める音がした。


「八つ裂きでは足りぬ……。魔王軍の総力にて輩共に万死を与えるのじゃ。最上級の苦痛を与えて生まれて来たことを後悔させよ! それを以って魔王から勇者への見舞とする!!」


「「「「はっ! 御意のままにッ!!!」」」


「え……? は、はっ! ぎょいのままにッ!!??」


 逢坂姫花は反射的に追従していた。

 

 真央が教室から出て行き、続くように次々と他の生徒たちが教室を後にしていく。

 そして三人が残された。

 逢坂姫花、鳴海エリカ、上原ユナの三人だ。


「ね、ねぇ……。今のってなんだったのかな? なんかみんな怖い顔してたけど」


「まずいことになった……」

 

 そう告げた上原ユナの口調がいつもと違う。いつものぶりっ娘キャラではない。シリアスな感じで眉間にシワを刻んでいる。


「え?」


「そうやねぇ、ケイロスにも伝えなあかんやろなぁ」


(ケイロスって誰ッ!?) 


 上原ユナは「いや、ダメだ」と彼女の言葉を拒否した。


(小芝居はまだ続いているの?? 一体なんなの!?)


「ケイロスと勇者が知ればなんとしても止めようとするはずだ。しかし今の私たちにはどうすることもできない、戦えば必ず負ける……。今は耐えるしかない」


(だからなにがァッ!?)





 

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