第23話

「ちょっと俺たちと一緒にドライヴしようぜ? スゲーVIPな店に連れて行ってやるよ」


「離せ下郎め!」魔王は掴まれた腕を振り払う。


「ゲロ? あんだってぇゴラァ、てめぇ……俺たちがゲロだとぅ?」

「あーあ……俺、なんか今のでかなりマジでムカついちゃったんですどぉー」

「生意気いーじゃん、薬漬けにしてひぃひぃ言わせてーっしょ!!」


 輩A、輩B、輩Cが同時に魔王に襲いかかる。無理やり拉致しようと魔王の腕を抑え、腰を掴んで担ぎ上げた。


「なにをする!? 離せ! 離さぬか!!」


 必死に抵抗するが彼女は前世の魔王としての力を一切引き継いでいない。同世代の少女と同じ程度の腕力しかない。三人の輩に襲われては成す術がない。

 足をバタつかせて抵抗するも輩Bに抑え込まれる。輩Cがハイエースのスライドドアを開けた。


「くッ! 誰か、誰かおらぬのか! アンリ! カレン! みんな!」


 魔王は叫ぶ。駐車場は満車だが人の気配はない。

 あっけなく車内に押し込まれそうになったそのときだった。


 男たちの足が止まった。何者かの体当たりを受けてバランスを崩した輩たちは尻餅を付き、輩から解放されて地面に落ちる魔王を受け止めたのはスーツの男だった。

 魔王は男にお姫様抱っこされる。

 グッと腕に力を入れた彼は魔王をお姫様抱っこしたまま声を上げた。


「お前らッ! 俺の生徒になにしてるんだ!」


 勇者だった。彼の力強い腕に抱きかかえられて魔王の心臓が跳ね上がる。怒気を放ち輩共を睨みつけるその眼差しにバクバクと心の臓が早鐘を打つ。心地よい多幸感が湧き上がる。


「なんだてめぇ!!」

「なにしやがる!?」

「正義のヒーローのつもりか? ぶっ殺すぞ!!」


「ああ、俺はヒーローであり、いち教師だ!」


「はあ!?」


 魔王を地面に降ろした勇者が囁く。


「真央、走れるか? 逃げるぞ」


 魔王はこくりと頷くと同時に踵を返して勇者の手を掴んだ。勇者は魔王の手を引いて走り出す。しかし次の瞬間、鈍い音が響き渡った。


「ぐッ!?」


 カランカランと音を立てて鉄の棒がアスファルトを転がる。輩が投擲した特殊警棒が勇者の後頭部を直撃したのである。

 地面に膝を付けた勇者のワイシャツは見る間に紅く染まっていく。


「おうおう、待てよぅ、てめぇ! カッコつけてんじゃねーぞクソがっ!」


「こ、この子には指一本触れさせない!」


 後頭部を抑えながら勇者は輩共を睨みつけた。魔王を守るように手を広げる。


「はぁ? なにラリってんだ、おっさんよぉー?」

「こんなヤツ早く殺っちまっておうぜ。おれぁ待ちきれねぇよ」


「なぜじゃ勇者……、なぜ余のために戦う……。余は魔王、貴様は勇者、不俱戴天であろう……」


「そんなの決まっているだろ……、お前が生徒で、俺は教師だからだ!」


「青臭いドラマは便所の裏でやりやがれ!!」


 輩共が一斉に襲い掛かってきた。殴る蹴るの暴行に勇者は一切の反撃もせずにただ耐える。完全な無抵抗だが、三人の攻撃を防御しまくり避けまくる。勇者としての特別な力は失っていたが、前世で培った体術は未だ感覚で覚えていた。驚異的な格闘センスは前世から唯一引き継いだ能力である。

 

 輩たちの打撃は空を切り、すぐに息が上がり始める。しかし形勢は未だ不利だ。勇者の出血が止まらない。事実、彼の膝は何度も折れそうになる。それでも折れない。その度に歯を食いしばって立ち会がる。


 その姿に魔王の心は震えた。


 自分は勇者に疎まれていると思っていた。だからこそ自分に視線を向けさせようと精一杯虚勢を張った。だけど違った。疎まれてなんかいなかった。嫌われてなんていなかった。

 自分を必死に守ろうとする姿に涙が出そうになった。


 今、恋焦がれ続けた者の背中に守られている。それだけで転生した甲斐はあったのだと、生まれ変わって良かったと心から思えた。


 もうよい、もうやめよ。これ以上貴様が傷付く姿は見たくない――、そう本心を吐露しそうになったそのとき、ナイフを取り出した輩Aが雄叫びをあげて突っ込んできた。勇者の心臓を狙った一突きは寸前で躱され、さらに勇者は男の手からナイフを絡め捕る。

 あまりの見事な技にさすがの輩共は足を止めた。


「な、なんなんだこいつ……、ただの教師じゃねーだろ……」

「反則級だぜ……。教師ってのは護身術の教師ってことか?」

「ちっ……、クソがっ! もういい、いくぞ」 


 捨て台詞を吐いて輩たちは踵を返して去っていった。



 彼らの姿が見えなくなると勇者の肩から力が抜けていく。振り返った勇者が魔王の肩に触れた。


「怪我はなかったか?」

「馬鹿者……、貴様の方が傷だらけではないか……」魔王の声は震えていた。

 

 どれだけ体術に長けていてもやはり体は普通の人間だ。すべての攻撃を躱すことはできないし、受け流したとしても蓄積されたダメージが痣となってあちこちに現れる。


「これくらい前世の戦いに比べればどうってことないさ」そう言って勇者は微笑んだ。


 魔王の中で何かが弾けた。胸が疼き、喉が焼け、抑えていた涙が決壊しそうになった。


 そのとき、空転したタイヤが地面に擦れて甲高い音が鳴り響く。ゴムが焼けた匂いが流れてきた直後、ハイエースが一直線に向かって走って来る。

 勢いは止まらずさらに加速する。魔王は悟った。奴らは自分たちを跳ね飛ばそうとしている。手負いの勇者は走れない。左右に回避することは難しい。どちらかに避けても奴らは避けた方にハンドルを切る。


 もう目前に迫っている。せめて勇者だけでも――。


 そう思った刹那、魔王の体が突き飛ばされた。突き飛ばしたのは勇者だ。尻餅を付いた魔王の眼前をハイエースが駆け抜ける。そして車の影に勇者の姿が呑み込まれると同時にドンという鈍い音が木霊した。


「ひゃははッ!!」


 けたたましい笑い声をあげて輩が車の窓から中指を突き立てた。


「バーカ!! 騙されてやんの! 俺らが黙って引き下がる訳ねーだろうが! 死ねカス!!」


 ハイエースは走り抜けて去っていった。

 魔王の眼に映ったのは、倒れて動かない勇者の姿だった。

「救急車だ!」誰かが声を上げた。異変に気付いた人々が何事かと駆け寄り集まり始める。


 魔王は動けず、横たわる勇者を呆然と眺めていた。


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