第22話

 ここはとある遊園地の一角、戦隊ヒーローショーなどが行われるステージエリア。

 そのステージ裏では魔王ベルゼグルこと八重山真央は、胸元が大きく開いた露出の多いエナメルレザーの衣装の上に黒い外套を羽織り、頭には牛の角の形をしたカチューシャを載せていた。

 いわゆるテンプレ的〝女魔王〟のコスプレである。


「なんで余だけ敵キャラなのじゃ、余だって正義の魔法少女をやりたいのじゃ!」


 配下たちのカラフルなコスプレ衣装を見て魔王は憤慨した。


「えー……、今の発言にはさすがの私もドン引きですよ」


 憤る魔王の発言と態度に安土沢アンリ【参謀総長ミドガルズガンド:Lv.117】は呆れている。ちなみに彼女は青い魔法少女のコスプレである。


「ま、魔王さま落ち着いて……、これも私たちの野望のためですから」と主役の桃色魔法少女を務める近衛ミヤビ【殲狂戦団長リーゼンベルク:Lv.129】が魔王をたしなめる。


「魔王さまだってメインキャラだからいいんじゃん、わがまま言わないのー」


 黄色の魔法少女、伊南カレン【鎧殻機動団長ザルガルルーデルファルク:Lv.95】がスマホでパシャリと魔王を撮影した。


「あちー、はやく脱ぎてー」


 黒い魔法少女のコスプレ衣装を着る虎城チヒロ【獣装遊撃団長ベルルガルザガル:Lv.99】は、ガニ股でフリルスカートをひらひらと仰いでいる。


「なぜワシまで……」


 西野セイラ【暗黒騎士団長レイラスヘルゾーク:Lv.109】は魔法少女たちをサポートするマスコットキャラの猫のコスプレだ。


 周囲にも似たような衣装に身を包んだコスプレイヤーがわらわらといる。現在、彼女たちはコスプレイベントに参加している。

 このイベントは某魔法少女アニメシリーズの二十周年を記念した企画であり、優勝したグループには賞金と番組PR大使として各種イベントへの出演が約束されている。


 書類審査をパスした魔王たちは本選が行われる会場にやってきたのだった。 

 この企画に参加しようと提案したのは参謀総長の安土沢アンリであり、その理由は魔王軍の軍資金を稼ぐためと、もうひとつの狙いが彼女にはあった。


 それは勇者を〝落とす〟ことだ。


 そのため彼女はコスプレイベントの出場許可を学校側に提出すると共に、保護者兼引率者として勇者を指定したのである。 

 勇者の趣味趣向は魔王軍に完全に把握されている。元ラノベ作家でアニメ好き、この魔法少女シリーズの大ファンであることを作家時代のSNSで呟いていた。そのコスプレ衣装を着た少女たちが一斉に迫れば、さすがの勇者も耐え切れず生徒に手を出してしまう、という計画なのだ。


 そして、引率者として彼女たちを車で会場に送り届けた当の本人は現在、身の危険を察してどこかへ逃げ隠れてしまっている。もしくは女子大生レイヤーを物色しているのかもしれない。

 

 しかしなんの問題もない。コンテストが終わって撤収の時間になれば勇者は彼女たちを迎えに来なければならず、接触は必須。そのときまで着替えずにコスプレ衣装のまま待ち構えて、車内で総攻撃を仕掛ける――、それが参謀総長の作戦の全容であった。


「それにたぶん先生は際どい衣装の方が好みだと思うよー」と伊南カレンは適当なことを言った。


「……な、ならば仕方ないな。魔王で我慢しよう」


「じぎゃくー?」伊南カレンは苦笑いを浮かべた。


 ちなみに勇者はどちらかといえば女の子らしいひらひらした服の方が好みである。



「三笠女学園さんの代表者の方、ちょっと打ち合わせよろしいですかー?」


「あ、いま行きます」


 スタッフに呼ばれた安土沢アンリはパイプ椅子から立ち上がり、「魔王さま、私がいない間にふらふらしないでくださいね」と言い残してスタッフの後に付いて行った。


「まったく、余は子供ではないぞ」


 ふんと荒い鼻息を吐いた魔王の隣でスマホの着信音が鳴り響いた。


「げっ、事務所からっぽい。やばー、勝手にイベントに出たことバレちゃった的な?」


 伊南カレンはスマホ片手に歩き出してステージ裏から出て行った。


「腹減ったなぁ、魔王さま、なんか喰い物さがしてきます」


 お腹をさすりながら歩いていく虎城チヒロの後を追うように近衛ミヤビは立ち上がる。


「あ、私も行きます。セイラちゃん、魔王さまをお願いします」


「わかった……、眠い……」と西野セイラはうとうとしながら答えた。


 そんな彼女たちに続いて魔王はパイプ椅子から立ち上がった。


「魔王さま……、どちらへ?」


「トイレじゃ」


「トイレは会場の外です。借り物の衣装なのでオシッコ掛けないでくださいね……」


「そんなことわかっておる」


「いってらっしゃいませ……――」


 西野セイラは椅子に座ったままこくりこくりと船をこぎはじめてしまう。そんな彼女に魔王は自分が羽織っていた外套を脱いで彼女の体に掛け、ステージ裏を後にした。

 


◇◇◇



 用を済ませてトイレを出た魔王の視線の先に、腑抜けた顔でチュロスを頬張って歩く勇者の姿があった。

 テーマパークにスーツで来る人間はほとんどいない。だから勇者を見つけるのはそれほど難しいことではなかった。ひとりになって完全に油断している勇者に魔王は、にんまりと嗤う。


「ほう? あれは余の担任にして憎き勇者ではないか……。あのマヌケツラ、余たちから離れて完全に油断しておるな。くくくっ、後から声を掛けて驚かせてやろうぞ」

 

 魔王は勇者に気付かれてないようにストーキングをはじめた。

 チュロス片手にパークをうろつく勇者の後を付ける魔王だったが、本当は勇者に自分の衣装を見てもらたいというが本音だった。そして褒めてもらいたかった。

 

 しかしストーキング開始から五分後、魔王は勇者を見失い、広いテーマパークで迷子になってしまったのだ。 

 端から彼女にストーキングなんて高度技術は無理ゲーであった。


 なぜなら魔王だった前世においても、良家のお嬢様として何不自由なく成長した今世においても、常にアテンドが付いていた彼女には方向という概念はなく、迷子になるのは必然なのだ。


「うぬ、どこへ行ったのじゃ、まったく……」


 彷徨い続けた魔王はいつの間にか遊園地の敷地を出て隣接する駐車場まで来てしまっていた。


「一体どこなんじゃここは……――ッ」


 そのときだった。キョロキョロしていた魔王は前方不注意で通行人とぶつかってしまう。よろめいた彼女をぶつかった男が睨み付ける。

 

「いってぇなぁ……、てめぇ……ぶち殺すぞゴラァ!」


 見るからにガラの悪い輩だ。顔面にいくつものタトゥーを刻んだ男は魔王の胸ぐらを掴もうとするが手が止まり、その美貌に息を呑んだ。


 男は「マジかよ……、奇跡じゃん……」と声を漏らした。

 語彙力が低い輩Aの隣にいた輩Bが声を上げる。


「ってか、キミきゃわうぃーね! なになになんかイベントやってんの?」チャラい輩Bが現れた。


「めちゃエロカワっしょ! それってなんのキャラのコスプレ?」チャラい輩Cが現れた。


 魔王は三人の輩たちに取り囲まれてしまう。


「なんじゃ貴様らは? そこをどかぬか」


「『なんじゃ』だってよ、なりきってるぅー! ふぅー!!」

「うひょー、たまらねぇ! コスプレしたままエッチしてー!! 俺の超どストライクなんすけど!」

「なあ……こいつさぁ、攫っちまおうぜ?」

「マジ?」

「うぃーねぇ……それッ!」


 顔面にタトゥーを刻んだ輩Aが魔王の手首を掴んだ。


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