第21話

 ユピテルに朝ごはんを食べさせた後、俺は愛車のDQNインスパイアで彼女を家まで送り届けた。


 こんな車高も知能も低そうな車に恥ずかしげもなくよく乗れるなと終始、俺の愛車を罵っていた上原ユナを車内に待機させて、俺は彼女の家の呼び鈴を鳴らす。

 

 彼女の家は一般的な一戸建てだ。

 一般的といっても金持ちが多いから麻痺しているだけで、駐車場付きの立派な家である。

 ちなみに彼女は付属中学からの進学ではなく、高校受験してきた外部生だ。さらに三笠女学園で一握りしかいない学費全免除の特S特待生でもある。


 そんな彼女に両親が期待を寄せて、心配するのも仕方ないことだ。娘の非行に走りそうな兆候に気付けば口うるさくもなるだろう。

 

 玄関を開けて出てきた彼女の父親に俺は事情を説明する。


 いきなり担当が来たことに親御さんは面食らっていたけど、娘が部屋からいなくなっていることに気付いたらしく、警察に相談するか迷っていたところだったそうだ。


 俺がユピテルを保護していることを知り、彼は胸を撫でおろしていた。


 ユナさんはフラストレーションが溜まっているようです、とても真面目な子だからガス抜きが必要なんです、だから今回のことは大目にみてくださいと俺は上原父に訴えて、車に待機させている彼女と会っても怒らないことを約束させた。

 

 俺の仲裁の元、面会した父と娘は互いに「すまなかった」と謝罪して事なきを得た。

 これにて一件落着である。

 


◇◇◇



 ――んで、自宅に戻ると鳴海エリカが座布団に座ってペットボトルのお茶を飲んでいた。


「どこ行ってたん?」


 まるで彼氏と同居する彼女のような口調でサタリナは言った。


「いや……、お前こそなんで俺の部屋にいる? 鍵はちゃんと掛けたはずだけど、どうやって入った?」


「あー、鍵屋呼んであけてもろうたんよー」


「勝手に呼ぶなし開けるなし。しかしそんな金よくあるな、鍵屋の出張サービスって安くないだろ?」


「うちの家なー、実はめっちゃお金もちでなー」


「だろうねッ! 医師家系でお父様は大病院の院長だもんね!!」


「んー? そんなことよりなぁ、なんかこの部屋から女の匂いがするんやけど?」


 サタリナは鼻をすんすんさせている。相変わらず感のいい奴だ。


「ああ、さっきまでユピテルが来ていたからな」


「ユピテルが? えー、なんでなん?」


「いや……それがな、ああ見えてさ、あいつも悩みを抱えていたんだよ」と俺も畳に腰を下ろす。


「そうやろうねぇ、抱えて爆発するタイプやからねぇ」


「おい……、なにか気付いていたなら相談に乗ってやれよ……」


「あの子は弱いところを見せられる人と見せられない人がおるからなぁ。勇者はニブチンやなぁ」


「……それでサタリナ、お前は何をしに来たんだ?」


「んー? 昨日な、友達と恋愛映画を観に行ったんよ」


「うん」


「そんでなー、あんな恋愛してみたいねって話になってなぁ」


「うん」


「うちな、恋愛もしたいんやけどもっとやりたいことがあってなぁ」


「うん」


「鳥に生まれ変わって空を自由に飛びたいなぁみたいに考えたことあるやろ?」


「まあ、あるかもな」


「うちなぁ、人間に生まれ変わったらセックスしてみたい思うてたんよ」


「ぶはッ!?」


「妖精ってそないなことしないやん? みんながセックスは気持ちいいよって言うから、人間はええなぁってずっと思ってたんよ」


「ねぇ、もっとオブラートに包もうぜ……女子高生なんだからさ」


「そんでなぁ、先日のことやけど実はうちなぁ、通学中に隣の高校の男子から告白されてなぁ」


「え?」


「返事は保留にしててなぁ、付き合うか迷てんよ」


「……サ、サタリナがいいと思えば、いいんじゃないのか?」


「ほんまにそう思う?」


「う、うん」


「うちなぁ、勇者に止めてもらいたかったんよ?」


「え? な、なんで?」


「んー? そこまで言わなくても分かっとるんやろ? 先生はうちがその男の子とセックスしてもええの?」


「……未成年同士でも不純異性交遊はいかんぞ」


「そういうことやないん。イエスかノーで言うてよ。どういう気持ちか聞きたいんよ」


「……正直にいえば嫌だ……と思った」


 本音だった。

 もしかすると俺は独占欲の塊なのかもしない。実はユピテルが恋バナの相談をしに来たと勘違いしたときもモヤっとしたんだ。

 サタリナの話を聞いてよりモヤモヤが輪郭を帯びて明確になった。


 俺は嫉妬している。

 彼女の純潔がそこらの小僧に奪われるくらいならいっそ俺が――。


「なんで嫌と思ったん?」


「そ、それは……」


 今ここで仮に、彼女と肉体関係になったとしてもサタリナは俺を裏切らない。誰にもしゃべらず黙っているだろう。

 共に戦ってきた仲間だからこそ分かる。

 ましてや、彼女が卒業すれば自動的に女子大学生と付き合うという俺の夢が叶うのだ。 


「きっと俺は……、お前を……、他の誰かに取られたくないんだ……」


 それを聞いたサタリナは、にぱっと微笑んだ。


「はい、よく言えました」と言って俺の頭をいーこいーこするみたいに撫でる。


「うん、すっきしたから家に帰るわ」


「え……」


 彼女はすっと立ち上がり、ご機嫌な感じで鼻歌を口ずさみながら帰っていった。



 呆気にとられる俺は全然スッキリしていない。

 むしろムラムラしているよ、モヤモヤモンモンのままだよ。


 それにしても俺はとんでもない発言をしてしまった気がする……。


「まあ、深く考えてもしょうがない……。地球のエコのために自家発電でムラムラを処理するか……」


 壁掛けのスクリーンを降ろして、天井に設置されたプロジェクターのスイッチを入れた。

 スマホを操作してエロ動画をスクリーンに投影させる。準備を整えた俺がズボンとパンツを同時に脱いだ直後、玄関ドアが開き、家に帰したはずのユピテルが入ってきた。


「さっきは助かった。勇者のおかげで――……」


「ッ!?」

「ンッ!?」


 俺たちはフリーズして固まる。

 驚愕の表情で固まっていたユピテルの顔が、すんと冷静さを取り戻し、スマホを取り出して耳に当てた。


「もしもし警察ですか? 露出変態クソ野郎が目の前にいます。すぐに射殺してください」


「やめてくれぃ!!」




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