第20話
ピンポーン。
「……んあ?」
日曜日、俺は呼び鈴の音で目を覚ました。
ピンポーン。
再度の押下。頭を掻きながら目覚まし時計を見るとまだ午前七時半だ。
ピンポーン。
またまた鳴った。
もっと寝ていたいのに……。
「くそ……、せっかくの休日だというのにこんな朝から誰だよ……」
布団から出て起き上がった俺は、パジャマのままふらふらした足取りで玄関に向かう。
ピンポーン。
「はいはい……、いま行きますよー……」
やけにしつこいな……。
間違いなく隣に住むりっちゃんではない。彼女は昨晩、夕飯を届けてくれたときに明日は朝早くからドラマの撮影があると言っていた。もうとっくに家を出たはずだ。そもそも彼女はこんな品の無い呼び鈴の押し方はしない。じゃあ一体誰なんだ?
ピンポンピンポンピンポンポピピポピポピンポンピンポンピンポーン。
「おい! 連打すんな! お前は令和の高橋名人か!」
ツッコミながら玄関ドアを開けると、上原ユナこと賢者ユピテルが立っていた。
そして一目で彼女の変化に気付いた。亜麻色だった彼女の髪はさらに明るい栗色に変化している。それから両の耳たぶにピアスの穴を開けた痕が残っている。
「お……、おう? ユピテル、こんな朝からどうしたんだ……」
「上がらせてもらうぞ」
キッと涙目で俺を睨んで彼女は靴を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっと待て、そりゃまずいって――」
「うるさい!」と斬り捨てて勝手に上がり込んできた。
えぇー……、一体なんだよ、ユピテルのヤツ……。嫌に不機嫌だな……。こんなに不機嫌な彼女を見たのは、世界に一つしかない魔力が無限になる《九星のオーブ》を壊したときくらいだ。
ん? あれか? ひょっとしてあの日なのか?
「なんて部屋だ……、この世の終わりだな」
生活感溢れる居間を一瞥してユビテルはそう吐き捨てた。
「辛らつぅ。つーか、そこまで汚くねーよ」
布団を畳んで押し入れにしまった俺はちゃぶ台を設置する。座布団を出してそこに座るように促した。
憮然とした態度でユピテルが座布団の上に正座するのを確認して、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し彼女の前に置いた。
「で、こんな朝早くから一体なんの用だ。緊急事態か?」
「……」
黙ったまま中々話し出そうとしない。迷っているのか、しきりに視線を左右に振っている。
それだけセンシティブかつ重要な内容なのか? それとも個人的な悩み事なのか、もしかして恋バナか? あの堅物のユピテルが?
でも今はぶりっ子キャラなんだ。加えてこの容姿なら寄って来る男もさぞ多いに違ない。
うーん、まさかデキちゃった……とか。やることやってるんだなぁ……。ていうか一緒に冒険してきた仲間のそんな話は聞きたくなかった。
しかし、どんな事情があろうと彼女は俺の生徒だ。教師らしく振り舞うしかない。
「ど、どうした? 黙っていたら分からんぞ、先生に話してごらん」
「……昨日、美容院に行って髪を明るくしてもらったんだ」と彼女は唇を尖らせて拗ねるように切り出した。
「ああ、そうだな、一目で分かったぞ。それで?」
「嬉しくて、気分が上がってピアスも開けてみたんだ」
「あー、そうなの。それで?」
「怒られた」
「誰に?」
「親に」
「ふむ、それで?」
「家出してきた」
「……」俺、沈黙。
「……」彼女も沈黙。
「つまりだ。話をまとめると、髪を染めてピアスを開けたことが原因で親とケンカして朝早くから家出してきたと? 俺の家に?」
「そうだが?」
「……」
「……」
再び俺たちの間に沈黙が生まれる。
「クッソくだらねぇぇぇぇッ!!」
俺は叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。
「くだらないとはなんだバカぁ!! こっちは真剣に怒っているんだぞ!!」
「いやいやいや、そこらの普通のJKならいいよ! 全然悩み相談に乗るよ! 家出するほどショックだったんだもんね! でもね、キミは違うでしょ? キミは万里を司る賢者なんだよ!? 親とケンカして家出なんて少女かよ!?」
「そんなことは分かっている! みんな何かあれば賢者賢者とすぐ私を頼ってきて、いつも誰かをたしなめたりツッコミを入れたりして、賢者だから眉間にシワを寄せて厳格っぽくしていなきゃいけないし可愛くてファンシーなアクセサリーはキャラじゃないから装備できないし! でもでも本当は私だってボケてみかったの! ツッコまれたかったの! チャラチャラして頭からっぽで『え~、ユナ分かんな~い』とか言って、みんなからカワイイカワイイってチヤホヤされたいの!!」
早口言葉のようにまくし立てた彼女の息は、ぜーぜーと上がっている。
だいぶ拗らせてるな……。最後のが一番の本音なのだろう。
そう、ユピテルはカワイイって言って欲しかったのだ。現在のぶりっ娘キャラ設定の理由が腑に落ちる。
「いや……すまん、バカにして悪かった。まさか前世からお前がそんな風に思っていたとは……」
「べ、別に……勇者が謝ることじゃないし……」
うむ、ツンデレは健在だな。
「はぁ、このままここで暮らしちゃおうかな……」
「おい……」
「分かってるよ、ただ言ってみただけ」
「頭が冷えたら帰れよ。ただでさえ、教師の俺の家に生徒のお前が来ているのは危険なんだからな」
「なぁ、勇者……」
「なんだ?」
「私が卒業したらお嫁にもらってくれないか?」
「は、……はあッ!? な、なんで!?」
「その……、えっと……」
もじもじしながら指をツンツンしている。賢者が頬を染めてしおらしくするその態度は妙にそそるものがある。
「働きたくない……」
「……おい」
「収入が安定している教師なら専業主婦できるし、教師の朝は早くて帰って来るのも遅い。休日は部活で家を空けることも多いし、超優良物件だと思わないか?」
「なぜ俺に対して疑問形で投げかける? 冗談じゃない、そんな寄生虫みたいなヤツと結婚できるか」
「なぜだ!? こんなに可愛い子と結婚できるんだぞ! お前の帰りを待っていてくれるんだぞ! よ、夜だって自由にしていいんだ……ぞ……」
彼女の声が尻すぼみ小さくなっていく。そんな上原ユナは可愛くもある。
頬を染めてちらりとこちらを見た。俺に言わせればまだまだ真のぶりっ娘に成り切れていない。
「俺が求めているのは共に戦ってくれる仲間だ」
ふふん、良い事を言ってやったぜ。賢者を言い負かすのはこれが初めてかもしれない。
「嘘つけ、求めてるのはハーレムだろ下衆め」
「……ッ!? は、はあ!? なんでそーなるんだよ!」
「お前の書いたラノベがすべて語っている」
「ひゃい!?」
「あんな気色悪い作者の願望を垂れ流して恥ずかしくないのか、よくあんなモノが書ける気色悪い」
「がはっ!! もう勘弁してください……、私は気色の悪い蛆虫です……、私の恥ずかしい妄想でそのピュアなオメメを汚してごめんなさい……ううっ……」
「分かればいいんだ。さて、そろそろ朝食にしてくれないか? 見つからないように窓から出てきたから何も食べてないんだ」
「いや、帰れよ」
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