第17話

 表向きは平穏な学園生活が続いていたある日の放課後、俺は学級委員長の安土沢アンリ【参謀総長ミドガルズガンド:Lv.117】を進路指導室に呼び出した。


 あれ? 進路指導室の鍵が開いている? 安土沢が先に来て開けたのか?


 ガラガラとドアを開けるとバニーガールがいた。真っ白なウサ耳と真っ白でタイトな衣装、そして真っ白な丸い尻尾の付いたセクシーなバニーちゃんだ。


「はへ?」


 正確にはバニーガールのコスプレをした安土沢が三つ指をついて正座していた。俺が入ってきたタイミングで彼女はウサ耳の付いた頭を上げる。


「お待ちしておりました。ついに私と契を交わしてくれる気になったのですね、先生」


 真面目な顔で彼女はそう言った。窮屈な衣装からこぼれ落ちそうな豊満な谷間に目が眩み、思わず意識を持っていかれそうになったが、なんとか鉄の意思で堪えてみせた。


「な、なにをやっている!? 早く制服を着なさい!」


「えっ? ここで私はバニーガールのコスプレをしたまま純潔を散らすのではないのですか?」


「んな訳あるか! お前はそんなトリッキーなロストヴァージンでいいんかい!」


 取り乱す俺の姿に彼女はくすくすと笑いご満悦だ。


「さすが先生です。私の誘惑テンプテーションに耐えるとは、腐っても元勇者ですね」


 彼女はくつくつと妖艶に微笑む。


 この甘い匂いはミドガルズガンドのスキルのせいか……、どおりで頭がぼんやりする訳だ。

 ん? 待てよ? ということはこいつらは前世の力が使えるということか。やっぱり安土沢は嘘を付いていたのか、まずいぞ。そしてなによりまずいのは――、


「お前さ、この部屋には防犯カメラがあるんだから気を付けろ。今のだって記録されているんだぞ」


「ああ、先生は私のことを心配してくれるんですね。ですが、ご心配なくそんな物はどうとでもなります」


 しゃべりながら彼女は脱ぎ捨てられたブラウスを拾い上げる。背中を向けて屈んだ彼女の形の良いお尻に思わず目が釘付けになってしまった。ごくりと喉が鳴る。

 落ち着け、これも彼女の作戦だ。あらゆる角度から俺の理性を崩壊させようとしているんだ。彼女の一挙手一投足が攻撃だと思え、一切の油断をしてはならない。


「……ていうか、なんでバニーガール?」


「私が勇者の性癖を分析したところ、勇者はバニーガールに目がないという結果が出ています」


「どんな分析だよ……」


 確かにバニーガールは嫌いではない。けれど、いくら参謀総長ミドガルズガンドの分析だとしても、そんな容易く丸裸にされる俺ではないぜ。


「先生が執筆した一大スペクタクルスペースファンタジーの『転レベ(転生するってレベルじゃねぇぞ!!)』でも随所にラッキースケベな兎人が出てきましたので」


 俺の性癖、丸裸だったぜ。

 

「スペース要素なんて微塵もねーよ! どテンプレの型抜きラノベで悪かったな!」


「それで何の御用でしょうか?」と豊満なオ〇パイが零れ落ちそうな衣装の上から制服を着た安土沢アンリは澄まし顔で言った。しかしまだウサ耳は付けたままである。


「と、とりあえず座ってくれ」


◇◇◇


 机を挟んで互いが椅子に座ったところで俺は「魔王の勉強のことだ」と話を切り出す。


「自分の受け持ち科目だけかと思っていたが、他の教科もまったく授業についていけてないらしい。あいつにちゃんと勉強やらせているのか? このままじゃあいつだけ進級できないぞ」


「それは由々しき事態です。魔王さまの教育係としても耳が痛い話です」


「じゃあ来月の中間テストで挽回できるよう頑張ってもらいたい」


「ですが、魔王さまは勉強がすこぶる苦手です。本人もまったくやる気がありません」


「それをなんとかするのがお前の役目だろ、前世からあいつの保護者みたいなものなんだから」


「でも、先生の立場なら魔王さまを落第させて私たちと引き離してしまった方が都合がいいのではないですか?」


「それは……」

「それは?」


「生徒の成績は先生のお給料に反映されるからダメだ」


「汚い大人の事情ですか……。でもそんな薄汚れた先生も私は好きですよ、人の悪性を見るとゾクゾクします」


「うん……、安土沢は悪魔だったもんなぁ」


「冗談をさておき良い案がひとつあります」

「良い案? 一応、聞こう」

「家庭に入れてしまえばいいのです」

「家庭に入れる?」


「先生が魔王さまをお嫁さんにもらってくれれば解決します。世の中、勉強がすべてではありませんから」


「あー、なるほどねぇ。って、できるかい!! 現役の教え子と結婚なんてしたらそれこそ社会的に死ぬわ!」


「というより、私に頼むより先に先生が魔王さまの勉強を見るのが筋ではないでしょうか? 教師で担任なのですから」


「うぐッ!」


 ド正論ド直球火の玉ストレートいただきました!!


「魔王さまには補習を受けるよう具申しておきます。後は先生次第です」


「わかった……、今はそれで十分だ。感謝するよ」


「感謝したということは契約成立ですね」


「契約?」


 し、しまった……。恩を売りつけて対価を要求するのは悪魔の常套手段だ!?


「とりあえず今回は前払いで報酬をいただきます」


 安土沢が眼鏡を外しておさげを解いた。彼女の魔性度がグッと増大する。もしかしたら眼鏡とおさげは彼女の魅力を抑えるための拘束具なのかもしれない。


「ほ、報酬……、俺の命か……」


 彼女は「まさか」と言って微苦笑した。


「手を出してください」


「ん?」


 差し出した俺の手首を両手で掴んだ。自分の胸へと引き寄せていく。


「触って、先生……」

「や、やめろ……」


 くっ、すごい力だ……、離せない!?

 それとも俺が望んでいるのか? 違う……。この香り、いつの間にか豊潤で濃厚な甘い香りが部屋中に充満している! しまった、ここはすでに彼女のテリトリーになっている!? やばい……、沸き上がる欲望に抗えない! あの胸に触りたい……。彼女の中へ堕ちてしまいたい……。


 本能を曝け出した五指が触手のようにわなわなと動き、オッパイに触れようとした正にそのとき、ガラッとドアが開いた。


「先生、失礼します……がっ!?」


 衝撃の光景を目撃して上原ユナ【賢者ユピテル:Lv.131】は目を見開いたまま石化した。


「あら? 邪魔が入りましたね。それじゃあ続きはまた今度」


 石化したユピテルにぺこりと会釈して安土沢は出ていった。

 部屋に残されたのは俺とユピテル、彼女から怒りのアトモスフィアが放たれている。心底胸糞が悪そうな視線で俺を蔑んでいる。


「このクソバカが……私でなければ(社会的に)死んでいたぞ?」


「はい……」


 返す言葉もなく俺は項垂れた。


 そんな俺は最近になって分かってきたことがある。

 ぶりっ娘賢者に汚い視線で蔑まれながらなじられるのも慣れてくると悪くない。


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