第18話
翌日の放課後だ。
進路指導室のドアを開けると銀髪のバニーガールが椅子の上に立っていた。
これは俺の偏見かもしれないがバニーガールとは本来、ゲストを奉仕するキャラクターだと思っている。
(もちろん異論は認める。バニーガールの可能性は無限大であるべきなのだ)
しかし、椅子の上に立つバニーガールからは一切の奉仕する姿勢がうかがえない。高い位置から見下すように挑発的な瞳で俺をねめつけている。
(もちろん異論は認める。それこそが至高という紳士もいるだろう)
確かにバニーガールのコスで彼女の魅力は三割マシだ。しかし彼女はバニーガールの本質を分かっていない。
ウサギとは性の象徴なのだ。もっと性的でなければならない。だからこそ俺は見抜いていた。彼女にはバニーガールのコスをするに当たり恥も外聞もなく、一切のエロスを感じない。(もちろん異論は以下略)
故に萌えない。
「ふははッ! 待っておったぞ勇者よ! この魔王ベルゼグルが直々に屠ってくれようぞ!」
腕を組んでニヤリとほくそ笑む魔王は意気揚々だ。楽しそうでなによりだが、進路指導室に呼ばれて喜ぶのは彼女くらいだろう。
「前世よろしく的な口上はいいから椅子から降りなさい」
「……うむ」と素直に応じた魔王が椅子に腰を掛けた。
あれ? なんだ、やけに素直だな。なんか勢いが弱まってる? ちょっと気味が悪い。
俺は椅子に座り、さっそく本題から入る。
「安土沢から聞いていると思うが、このままじゃ落第だぞ。中間テストまでには挽回していこう。参考までに今までの学習時間がどれくらいか教えてくれ」
「余は勉強なるものをしたことがない」
「うそーん……。じゃあどうやってこの学校に入ってきたの?」
「権力とコネと金のパワーだ」
「お、おう……」
魔王が言うと凄みが違うな。しかも一切の躊躇いがない。
こほんと咳払いして話を進める。
「確かにそれらの力を使えば進級できるかもしれないが、できれば自分自身の力で進級してもらいたいと俺は思っている」
「なぜじゃ?」
「そりゃ自分の生徒だからだ。八重山には胸を張って三年生になってほしいんだ」
「ふむ? よく分からぬ。いかなる方法でも同じ結果が得られれば問題なかろう?」
「た、確かにそうなんだけどさ、なんだかスッキリしなくない? 気分よく過ごしたいだろ?」
「スッキリ? 気分は変わらぬぞ?」
「権力とコネと金で進級したことが周囲に漏れたら、ズルしたって後ろ指をさされるかもしれない」
「だからなんじゃ? 言わせておけばよいのじゃ」
ぐぅ、強メンタルかよ……。どうやって説得したらいいんだ、価値観が違いすぎる。
「とにかくだ、明日から放課後に俺が勉強をみてやるから一緒にがんばろう」
「勉強は……、嫌じゃ」
「なぜだ?」
「
「やったことないのに分からないだろ。そんなこと言わずにさ、少しずつでいいから」
「……勇者は頭の良い女の方が好きなのか?」
「頭の良し悪しは気にしない。ただ……」
「ただ?」
「苦手なことを頑張って克服しようと努力する子は好きだぞ」
「うん?」
あまりピンとこなかったようだ。きっと彼女はやればなんでも出来てしまうタイプなのだろう。
「魔王もさ、困難に立ち向かう誰かを応援したくなったことはないか? 強敵に打ち勝った誰かを見ていて胸が熱くなったことはないか?」
これが効果てきめんだった。途端に魔王の瞳が輝き出す。
「……――ある! あるぞ!」
「そうか、それと同じだ。俺に見せてくれ、魔王が困難に立ち向かい打ち勝つところを」
「そうしたら勇者は余のことを好きになってくれるのか!?」
「え?」
「は……」
みるみる彼女の顔が紅潮していき、唇を噛み締めてうつむいてしまった。
えっと……、今のはなんだ? 俺が魔王のことを好きなる?
「そ、そうだな。好きになってしまうかもしれない……。だから一緒に頑張ろうな?」
「う、うん……」
◇◇◇
翌日から俺は放課後の時間を利用して魔王に勉強を教えた。
二人しかいない教室で席を並べてマンツーマン指導すること三日目――。
「もうお前に教えることはなにもない」と免許皆伝を授ける師匠の如く告げた。
中間テストまで付き合う覚悟をしていたが、魔王はたった三日であらゆる教科の復習を終わらせてしまったのである。
驚異的なスピードだった。すごいにもほどがある。もうすんごい。彼女は化け物だ。
教科書は一度目を通すだけで覚えてしまうし、外国語も一度さらっただけで文法を理解し、リスニングも完璧。数学を教えれば「こうした方が楽ではないか?」と逆に教えられてしまう。
たった三日で担当教科以外は教えることがなくなってしまった。
「こんなので良かったのか?」と首を傾げた魔王はどこか不安げだ。
「いや、ちょっと俺が想像してたのと違ったかも……」
嬉しい誤算なのに素直に喜べない。
俺は魔王がこんな→(×3×)顔になりながら必死に勉強する姿を想像していたのだ……。もっと教師物ドラマのような熱血指導がやりたかった。
「……そうか、これでは勇者の胸を熱くすることはできないのか……」
しょんぼりする彼女の姿に俺の胸が痛んだ。たとえ中身が魔王だったとしても。
「そ、そんなことはないぞ、魔王は頑張った。だからご褒美に先生が好きな飲み物を奢ってやるぞ」
「ホントか!?」
ドリンク如きでこんなに喜んでくれるとは思わなかった……。セコいとか言われるかと思った。
「ああ、本当だ。なにがいい? 売店で買ってきてやる」
「そうじゃなぁ……、余が店を決めても良いか?」
ん? 店だって? そうかあれか、新発売のフラペチーノ的なやつか?
「お、おう? あまり遠くじゃなければいいけど……」
「それではさっそく行くぞ、学校を出てすぐじゃ」
すぐ? うちの学校の近くにそんな女子ウケするシャレたカフェなんてあったかな……。
――んで、校舎を出た俺が魔王に先導されて歩くこと五分、彼女はインスパイア系『ラーメン下郎』の看板の前で立ち止まった。
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