第14話
ケイロス・エアリスタ――、空色の聖騎士と呼ばれた彼は近接戦闘では無類の強さを誇った。
強さだけでなく容姿も整っていて性格も爽やかで品行方正、さらに伯爵家の次男で家柄も良い。
だから、ケイロスはめちゃくちゃモテた。だが当の本人は結構な天然で相手の好意に気付かず逆の意味で何人もの女性を泣かせてきた。
実直に自分の道を進むケイロスに俺は敬意を抱き、ときに羨ましく思い、ときに疎ましく思い、ときに僻み、なにくそ負けまいと剣を振り続けた。
俺が勇者になれたのも半分は、あいつが隣にいたからだ。
タクシーを降りた俺は現在、ホテルの浴室でシャワーを浴びている。和モダン仕様のスイートルームの浴室は檜風呂で洗い場は畳という洒落た造りだ。
ハプニングが起きなければ俺はここで彼女の体を丁寧に洗っていたかもしれない。けれど現実は自分の体に付いたゲロを洗い流している。
予定どおり彼女とホテルにしけこめたのだが、伍代先生の前世がケイロスと判明した時点で、身体を重ねる訳にはいかなくなってしまった。
「勇者……」
浴室のドアの向こうから伍代先生の声がした。どこか落ち込んでいる声色だ。
「汚れた服はコンシェルジュにクリーニングを頼んでおきました。明日の朝には仕上がるそうです」
「そうですか、ありがとうございます」
「すみません、今日は宿泊者が多いようでして、こんな落ち着かない部屋しか空いてなくて……」
「いえ、スイートルームにタダで泊まれるなんて夢みたいですよ」
「それではごゆっくり」
「え?」
「……終電がなくなってしまったので、私はタクシーで帰ろうかと思います」
今夜、彼女は覚悟を決めて俺を誘ったはずだ。そんな彼女をひとりで帰すのは気が引けるし、心が痛む。
たとえ何もなくても、一晩を共にするくらいしなければ彼女に恥をかかせてしまう。
「……今からでは時間が遅いですよ。俺はソファーで寝ますからどうぞベッドを使ってください」
互いの素性を知った俺たちの間には微妙な距離感が生まれていた。
前世で男だった記憶がある彼女は、どんな気持ちで俺を誘ったのだろうか。
「そうですか……、助かります」
「仕方ありませんよ。あの、いや……、なあ……ケイロス、お互いに敬語で話すのやめないか?」
「……う、うむ。そうだな、それでは前世と同じように接することにしよう」
「ああ、そうしてくれ」
風呂場の戸は障子になっている。水に濡れてもいいように和紙ではなくガラス製なのだが、和紙と同じように向こう側にいる人物の影が映る。
浴室の方が照明が暗いから脱衣所にいる伍代先生のシルエットがぼんやりと投影されている状態だ。
そんな
あれー……、なんか服を脱ぎ始めてるんですけど?
ジャケットの次はブラウスだ。ボタンを上から順に外していく動作がはっきりと見て取れる。ブラウスを脱ぎ捨てると彼女の胸のフォルムが障子に投影された。彼女は手を止めることなくブラジャーのホックを外す。その生々しい動作に俺はごくりと生唾を呑み込んだ。
さらに彼女はベルトを外した。スーツのパンツがストンと落ちると形の良い
さらに下着に指が掛かり、腰を屈めた彼女の長い足をパンティーが足首に向かって滑り落ちていき、遂に一切を見に付いていない彼女が障子戸を隔てた向こう側に立つ。
ちょ、ちょっと待って……、ガラス越しにうっすら裸体が見えるんですけど……。
ガラリと障子戸が開き、全裸の伍代先生が入ってきた。
「えっ!?」
彼女は右手で胸を隠して左手で股間の大事な部分を覆っている。
「そ、そんなに見ないでくれ……。恥ずかしいぞ……」
ガン見する俺の視線から逃げるように目を逸らした伍代先生の顔が紅潮する。想像を超えた彼女の行動と夢のような光景に俺はパニックだ。
「ちょっと待て、なんで入ってきた!?」
「前世ではよく一緒に風呂に入っただろ」
「それは前世の話だろ!」
「いや、自分でやってみてまさかこんなにも恥ずかしいとは思っていなかった……。まるで自分が自分じゃないみたいだ、はは……」
「じゃ、じゃあ出て行けよ!」
「いや、ここまで来たら男が廃る」
「なんの覚悟を決めたんだよ! 今のお前は女だろ!?」
「久しぶりに再会したのだ……。背中くらい流させろ」
いじけるように瞳を潤ませた伍代先生が俺を見つめる。
「くっ……。わ、わかった」
俺は伍代先生に背中を向けてスケベ椅子――、ではなく木製の風呂椅子に腰を掛けた。
すらりと長い彼女の腕がボディーソープのボトルに伸びてポンプをプッシュする。ぬるぬるした白い液体が彼女の手のひらを満たし、ボディーソープを桶に入れたお湯で泡立てた彼女は、泡を両手で掬い上げて俺の背中を洗い始めた。彼女の指の感触が背中から伝わってくる。
「え!? 素手!?」
彼女の手は止まる様子もなく俺の体を洗い続ける。
「……逞しい身体だ。しっかり鍛えているのだな、勇者」
彼女の手は背中から肩へ、さらに首筋を経て上腕から前腕へと移動していく。両手で包み込むように洗う。彼女の指に触れられた部分が刺激されて電撃が走るようだ。
「うう……」
そして彼女が姿勢を変える度になにか柔らかい物が俺の体に当たる。
このままではまずい……、俺自身が暴れん坊になってしまう。
なので俺は両目をつむった。
魔王軍から数々のハニートラップを仕掛けられたときと同じように、父親の顔を思い浮かべる。心頭滅却して感覚を遮断するんだ。あくまで平静を装へ、俺!
「まあな、勇者としての能力はないけど日々の体力作りは怠ったことはない」
「さすがだ」
「しかしまさか伍代先生がケイロスだったとは……。しかもこんな綺麗な女の人に転生していたなんてユピテルとサタリナが知ったら驚くぞ」
「そうか……。ということは彼女たちも転生しているのだな?」
「ああ、うちのクラスの生徒だ。そういえばお前、あの放送を一緒に聞いていたのに、なんでサンクチュアリに来なかった?」
「放送? なんのことだ?」
「いや、なんでもない。今度紹介するよ。なあ、女になるってどんな感じだ?」
「そうだな……、精神とは不思議なものだと感じる。入れ物が変われば心は次第に順応していくのだ。私は今では自分を女として認識している。それに女になってやっと気付けたことがある」
「なにをだ?」
「……私はずっとこうしたかったのだ」
そう言って彼女は俺の背中に頬を寄せた。
「ケ、ケイロス?」
俺の体をまさぐる彼女の手が次第に熱くなっていく。
「私は勇者に憧れていたのだ。いつだって勇者の背中を追い求めていた。しかし、あの感情は単なる憧れではなかった。たぶん、あの頃から私は勇者のことをひとりの男として見ていた……」
「えッ!?」
「あの感情は憧れではなく恋慕だったと、転生してはじめて気づくことができた」
「そ、そうだったのか……」
「ああ……、胸筋も実に素晴らしいな……」
伍代先生の息遣いが荒くなっていく。彼女の五本の指が俺の胸を這う。
「あう……」俺は耐え切れずあえぎ声を上げた。さらに彼女の指が下腹部へと降りていく。
「これが勇者の腹筋の感触……、私はお前の八つに割れたこの腹筋が好きだった……」
さらに指が降りていく。鼠径部を這う指がアソコの付け根に迫る。伍代先生の荒い吐息が俺の耳を刺激する。
「勇者、私はお前とずっとこうしたいと思っていた……。私はお前のことが好きなんだ。やっと思いを告げられた……。ああ、大好きだぞ勇者……」
彼女の唇が背中に触れる。
「う、うう……や、やめるんだケイロス……」
「今は女なんだからいいじゃないか? 自分で言うのもなんだが今の私はけっこうイケていると思うぞ……、今夜は欲望に身を委ねて私の体を想うがまま好きにしてくれ……」
「あ、うう……」
ケイロスの言うことはもっともだ。伍代先生は美人でスタイルが良くて、性格も良い。彼女以上の物件はこの先お目にかかれないだろう。オンリーワンにしてベストに違いない。そしてなにより、俺が社会的に死ぬこともない、ないのだが――
「そうかもしれんが前世のお前の顔がチラつくんだよ! あぁ゙ぁ゙ーー!!」
それから、俺たちはひとつのベッドで一緒に寝て、朝を迎えたのだった。
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