第15話 三人称

 今宵はサタデーナイト、安土沢アンリ【参謀総長:ミドガルズガンド Lv.117】の家で主要幹部会議という名のパジャマパーティーが開催されていた。

 

 その催しに八重山真央こと魔王は招待およばれされていない。しかし仲間外れにされたのではない。生粋のお嬢さまである彼女の家は門限が午後八時で、たとえ同性であったとしても婚前の外泊が固く禁止されているのだ。


 お菓子を食べながら今後の方針についても話し合う会議もそこそこに、伊南カレン【鎧殻機動団長:ザルガルルーデルファルク Lv.95】と虎城チヒロ【獣装遊撃団長:ベルルガルザガル Lv.99】はテレビゲームをはじめた。


「おいカレン、オレが取っておいた大福を勝手に食べただろ?」チヒロは言った。

「はぁー? ケチくさー、あんただってあーしが残しておいたドーナッツ食べたじゃん」

「くってねーよ! てゆーかポテチ喰いながらコントローラー触んなよ! 油でベトベトになるだろーが」

「普段は超適当で超大雑把なくせに変なところでKМK過ぎてウザー」

「なにがケーエムケーだ、意味わかんねぇ言葉しゃべんじぇねえよ!」


「おい……貴様ら、パジャマパーティーの呈を取っているが、これは魔王軍の作戦会議だぞ。前から思っていたが貴様ら二人は魔王さまへの敬意が足りないんじゃないのか?」


 西野セイラこと【暗黒騎士団長:レイラスヘルゾーク Lv.109】がゲームに興じる二人に苦言する。


「はあ? なに言っての? そんな訳ないじゃん」

「そうだそうだ、ダークエルフのババアはすっこんでろー」


 カレンとチヒロは画面を見たままセイラを挑発する。


「な、なんだと!? ワシに対してそんな口をッ!」


「『ワシ』だってさ、やばー。そんな一人称のJKなんていないからやめた方がいいっしょ」


 かつての魔王軍では魔王を筆頭に参謀総長が各団長を統括していたが、同じ団長格といえ序列が存在した。

 それは単なる強さや魔王への貢献度だけでなく、魔王の配下に加わった順番が大きく関わっている。つまり、古参というだけで序列が上になる。それをよく思わない団長は少なからず存在した。


 ここにいるメンバーの序列は参謀総長を除いて、序列一位が【殲狂戦団長リーゼンベルク:近衛ミヤビ】、序列二位【暗黒騎士団長レイラスヘルゾーク:西野セイラ】、序列三位【鎧殻機動団長ザルガルルーデルファルク:伊南カレン】、序列四位【獣装遊撃団長ベルルガルザガル:虎城チヒロ】となっている。

 本来ならば序列が上位の団長を軽んじ小馬鹿にするなどあってはならない。だが、その序列はあくまで前世の話であり、人間の女子高生となった今はあやふやになっていた。


「くっ……、やはり魔王さまへの忠誠心は記憶を取り戻した年齢が遅いほど低下していくのか」


「勝手に決めつけんなよテメー、自分は小三のときに記憶を取り戻したからってよー」

「ヤナカンジー」


 ふたりの悪態にセイラが立ち上がりドアを指差した。


「もう我慢できん! 貴様ら表に出ろ!!」


「は、やろうってのか?」チヒロは額に青筋を走らせてセイラを睨む。

「あーしも最近訛っていたし、やってやろうじゃん……」カレンは指を鳴らした。


「カレン、チヒロ、いい加減にしなさい」


 安土アンリの声に二人の肩がびくりと跳ね上がる。彼女たちはコントローラーから手を離して自発的に正座して背筋を伸ばした。

 序列が存在しなくなっても、魔王から絶大な信頼を寄せられ魔王の腹心である参謀総長の威光は衰えていない。


「セイラに謝罪を」


「……ごめん」

「すまん……」


 セイラに向かってぺこりと土下座する二人にアンリは息をついた。


「私は前世の記憶を取り戻した時期で魔王さまへの忠誠心が変化するとは思えません。みんなあの頃と変わらず魔王さまへの忠誠を感じます。もしも記憶を取り戻した年齢に影響があるとすれば人間性と魔性のバランスといったところでしょう」


「バランス?」


「精神的な人魔の割合です。言い換えるなら人間らしさや人間に対する嫌悪感の多寡かもしれません。この中で人間に憎悪を抱く者はいますか?」


「それは相手によるだろ。魔族同士でも憎み合って殺し合うことなんてザラにあった」


 そう答えたセイラにアンリは彼女の方へと体を向けた。


「その答えがすでに〝人間らしさ〟だと思いませんか? 前世のあなたなら僅かに思慮することなく人族は善人悪人女子供問わず皆殺しています」


「確かに……」


「かつて魔性十だったのが、三になったと考えれば分かりやすいですね」


「はにゃ?」チヒロが首を傾げる。


「三が魔性で残りの七が人間性ということです。この中に自分の親を殺せる者はいますか? 兄弟を殺せる者はいますか?」


 カレンとチヒロの表情が強張る。口を結んだまま答えない。


「おそらく、年を重ねてから前世の記憶を取り戻した者ほど抵抗感が強いはずです。小学一年生のときに記憶を取り戻した私でさえ自分の親を殺すことなど考えたくもありません。ですが、私たちは魔王さまの一言で人間にも魔人にもなれます。違いますか?」


 一同は迷うことなく同時に頷いた。アンリはくすりと微笑む。


「ね? セイラ、彼女たちの忠誠心はあの時から何も変わっていません」


「カレン、チヒロ、すまなかった」

「いや、その……ポテチ食べるか?」

「……ポッキーもあげる」


 ふたりから差し出されたお菓子を右手と左手で一つずつ受け取った彼女は、アンリに顔を向ける。


「アンリ、魔王さまは何歳のときに記憶を取り戻されたんだ?」


「生まれたときから、だそうです」


「え? それっておかしくね? アンリの言った『人間性と魔性バランス』の条件が正しいなら魔王さまは限りなく魔性十に近いってことだろ? だけどさ、そうは思えないんだけどな……。前回のミッションだって一番ノリノリだったし、なにより楽しそうだ」とチヒロは正座を崩してあぐらをかく。


「私には解ります。魔王さまは前世のときから迷っていたのです」


「なにを?」


「あーしらには内緒で人類との和平を模索していたってこと?」

 

「それとも最初から人間が嫌いではなかったと?」


「いいえ、そうではありません。魔王さまは人間を憎んでいました。魔王さまの人間に対する憎しみは私たちと同じ、もしくはそれ以上でした」


「じゃあ、なんでだよ?」


 チヒロの問いにアンリは静かに口を開いた。


「魔王さまの人間に対する価値基準が大きく変化した理由、それは人間に恋をしたからです」


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