第9話
「え? え?? ……ねぇ、なんでみんな俺が転生したこと知ってたの? 安土沢アンリにも結構早くからバレていたみたいだし」
俺の発言に彼女たちはキョトンとして互いの顔を見合わせた。
「そらわかりはるわ……、なぁ?」
サタリナがユピテルに同意を求めると、深くうなずいたユピテルはスクールバックの中から一冊の文庫本を取り出してテーブルに置いた。
「我々が勇者の存在と正体に気付けたのはこれのおかげだ。私はこの本になんの意図もなかったことに逆に驚いている」
文庫本の表紙には主人公を差し置いて美少女のイラストが描かれている。しかもオッパイがあからさまに強調されている。エロスが全面に押し出された装丁は正にライトノベルであり、しかもこれは――、
「こ、これは……俺が大学生のときに書いてアニメ化もされたラノベ、『転生するってレベルじゃねえぞ!!』じゃないか!?」
「このラノベに出てくる世界間が前世の世界に似とるいうかなぁ、まんまやん? 書いてある内容もほとんど実際あったことやし」
「勇者、この主人公のモデルはお前自身だろ? 本人でなければ書けない描写ばかりだ」
「あ、ああ……」
「一部誇張されとるけどな。なんや『僕のブツはオーガ並み』って、しょーもない(笑)」
「はう!?」
「そんなたいそなもんやあらへんのにねぇ。それにこんな可愛くて性格が良くて胸の大きなお姫さまなんておらへんかったしなぁ」
「フィオナ姫の上位互換といったところだな。だが、あの姫は性格が捻じ曲がったクセ者だ。もっとも勇者は最後まで気付かなかったようだがな」
「そ、そんなことは断じてない!」
必死に否定するも彼女たちは攻撃の手を緩めようとしない。
「しかも行く先々でモテモテとかほんにウケるわ。出会う女子は揃いも揃って頭空っぽで最初から好感度MAXやし」
これみよがしにサタリナがププークスクスと笑う。
「それは編集がそうしろっていうから!」
「勇者なんだから言い訳するな」
弁明はピシャリとユピテルに切り捨てられてしまう。
「せやなぁ、生まれ変わっても勇者らしくせなあかんよ」ゆったりした口調でサタリナが俺を咎めた。
くぅ~、前世のときからなにかに付けて「勇者なんだから」と枕詞にしやがって!!
「話を戻すぞ! このラノベで俺の存在に気付いたことは理解した。だが、どうやって俺までたどり着いたんだ? 編集に問い合わせても個人情報は答えないはずだ」
ユピテルはページを捲って「彼女はそっと僕の内股に手を当てた」と声に出して小説の一節を読み始める。
「頬を紅く染めて潤んだ瞳で真っ直ぐ僕を見つめている。どくん、と心臓が大きく脈を打ってばくばくと早鐘を打ち鳴らす。彼女は言った。『……辛いのなら、私の体で楽になってほしい』と。そして僕の理性は決壊した。我慢できるはずもなく僕は彼女を押し倒していた……」
妙になまめかしいナレーションに作者としての羞恥心が爆発する。
「今日音読させたからって当て付けに音読しないで! しかも授業のときより感情こもってるし!!」
ユピテルに弄ばれる俺をサタリナがくすくすと笑っている。
「こうゆーラノベ作家は自己顕示欲丸出しだから、作者のSNSアカウントから身辺を割り出すことは簡単だ。あとは若い女性ファンを装ってDMを送れば、いくらでも個人情報を引き出せる」
え、ちょっと待って死にたい……。
「じゃあ、魔王軍の奴らも俺のラノベを読んで……。ていうかあれらの思わせぶりなDMはすべて……」
「バレるってレベルじゃねえぞ!」
間髪入れずに加えてきたサタリナの追撃が俺のハートをえぐる。
「俺が必死に考えたタイトルで遊ばないで!」
悲痛な叫び声を上げた俺の前にコーヒーカップが置かれ、「ブレンドとロイヤルフルーツパフェでございます」とマスターが言った。
サタリナの前には季節な果実が盛られたフルーツパフェがテーブルに配膳される。
「あ、騒がしてすみません」
「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ。今はお客様たちしかおりませんので、どうぞごゆっくり」
そう言って微笑んだマスターはカウンターに戻っていった。
「いただきます」と手を合わせてパフェを食べ始めたサタリナを横目に俺は、声のボリュームを抑えて彼女たちに問う。
「てか、分かってたならなんで早く接触してこなかったんだよ。お前らがあの後どうなったかずっと心配だったんだぞ」
「念のためにしばらく様子を見ていたのだ。私は魔王軍の奴らも転生していることに気付いていたから、勇者と下手に接触すると自分の存在が察知されてしまう危険があった。だから奴らの出方をうかがっていた。もっとも誰かさんは無警戒だったがな」
そう答えたユピテルに対してサタリナは「うちは教師として働く勇者を見るのが楽しかったからかなぁ?」と首を傾げて彼女は続ける。
「それにうちも入学したらそれっぽい奴らがいっぱいおったから様子を見とったんよ。まさかあんなに魔王軍の転生者がおるとは気付かへんかったけど。魔王軍にちやほやされて鼻の下を伸ばす誰かさんの姿はおもろかったわ」
「ああ、まったくもって滑稽だ。普通に考えれば、ただの教師があそこまでモテるはずないのにな。とにかくだ、魔王軍がカミングアウトしたことで状況は変わり、私も勇者に正体を打ち明けることにしたのだ」
「そうか……、ってふたりともセリフの中でちょいちょい俺をディスるのはやめようぜ? 俺たちは共に戦ってきた仲間、パーティじゃないか」
ユビテルがギロリと俺を睨んだ。
「ほう? 私たちのことを『あんな化け物ジミた連中』と蔑んでいたのはどこの誰かさんかな?」
「え……」
それは個人面談のときに近衛ミヤビと交わした会話の一部だ。
しかしそれはユピテルたちがいない場所での会話であって……ど、どうして知ってるんだ? カマを掛けているのか?
ユビテルならあり得る。俺はそんな手に引っ掛からないぞ。
「なにを言っているんだよ、俺がそんな酷いこと言うはずないだろ?」
「魔王軍の転生者がいる学園で私がなんの準備もせずに、ただ安穏と学生をやっていたとでも思ったか? 至る所に盗聴器が仕込んである。無論、進路指導室もだ」
「はい、すみませんでした言いました!! でも容姿を罵った訳じゃないからな、前世のユビテルは本当に綺麗だったしサタリナは可愛らしかったし」
ユビテルは大きく溜め息を吐いた。
「まったく……、前世でもそれぐらいの世辞を言ってくれれば私も素直になれたのに……」と小声で囁く。
俺は敢えて聞かなかったことにするため、「え? なんだって?」と難聴主人公ヨロシクに聞き返す。
「なんでもないバカ! それより進路指導室での魔王とのやりとりを確認するぞ! ヤツの真の目的は世界征服で間違いないんだな?」
「ああ、俺を社会的に抹殺した後は世界征服するそうだ。どう思う? 俺には本気だとは思えないんだ」
「……まだ分からない。今の我々にできることは注意深く奴らの動向を観察することだけだ。そして我々のアドバンテージは魔王側に私とサタリナの存在がバレていないこと。学校ではこのまま教師と生徒を装うぞ、血迷っても前世の名前で呼んだりするなよ?」
「あ、ああ……分かっているさ」
「そういえばケイロスも転生している可能性があるやないかな?」サタリナは言った。
「あり得る。だが、あの合言葉でここにいないということは、少なくとも学校にはいないのだろう。しかし問題はない。ケイロスがこの世界で生まれ変わっているのなら、きっと勇者のメッセージ(ラノベ)に気付いて三笠女学園にたどり着くはずだ」
「え~、ホンマに? だってケイロスなんよ?」
「……」
俺とユピテルは言い返すことができなかった。
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