第10話

~前回のあらすじ~


 かつての仲間と再会した勇者は女子高校生になったかつての仲間になじられていた――。



「話は変わるがお前たちは前世の力を使えたりするのか?」


 矛先がケイロスに移ったタイミングで俺はさらに話題を変えた。

 だってもうこれ以上イジメられたくないもん、ノーモアイジメ!!


「おそらく使える、だが少しだけだろう」


「えッ!? そうなんだスゲー……」


 たとえ少しだとしても、この現代社会で魔法が使えるなんてすごいことだ。急に彼女が特別な存在に思えてきた。俺の中でユピテルが、ぶりっ娘賢者から《ぶりっ娘だけじゃない賢者》にクラスアップする。


「うちも同じかな、たぶん」


 おお、サタリナも! 毒舌妖精から《毒舌だけじゃない妖精》にクラスアップだ。


「『おそらく』とか『たぶん』とか歯切れが悪いのはどうしてなんだ?」


「使える気がするが使ったことはない、ということだ」


「うん、魔力が回復するか分からへんからなぁ。ここ一番ってときやないと使えへんわ」


「なるほど」


「勇者はどうなのだ?」ユピテルは言った。


「ふ、まったくないぜ」


「なんで自信まんまんなん」サタリナは呆れ顔だ。


「勇者、まさかその情報を魔王側に開示してないだろうな?」


「え……、なにかまずかった?」と口にした途端にユピテルの表情がギョッとなった。


「しゃべったのか!?」


「うん……」


「バカぁーーーーー!!」


 ユビテルは勢いよく立ち上がって声を上げた。あまりの勢いに俺は反射的に「ごめんなさい!!」と頭を下げていた。

 喫茶店のマスターからすれば普通の大人が普通の女子高生にガチで叱られているようにしか見えない。絵図がやばい。


「自分から弱点を晒してどうすんだこのバカ!!」


「でもあいつらも力は使えないって言っていたし……」


「嘘に決まっているだろうバカ。本当になかったらもっと濁したりはぐらかしたりするはずだ」


「うう……そ、それなら俺の発言だって安土沢にそう思わすことができたかもしれないし……」


「勇者とミドガルズガンドでは脳ミソのスペックが段チなの! マンドラゴラとシアンタマンドラゴラくらい違うの! 少しは駆け引きを覚えろこのバカ!!」


「ひどい言われよう……。そして例えが身内にしか分からない……」


 ちなみに普通のマンドラゴラは叫ぶことしかできないが、シアンタマンドラゴラは育て方次第で論文が書けるほど成長する。


「まったくこれだから勇者は!」


 プンプンが収まらないユビテルをサタリナが「まあまあ、しゃーないわ勇者やし」と諫める。


「ち……、明日から具体的な対策を考えていくぞ」


「そやねー。それじゃもう遅いし帰ろっか」


 スクールバックを手に取って少女たちは立ち上がり、すたすたと出入口に向かって歩きだした。先に来ていたユピテルの注文伝票はそのままだ。


「って、支払いは全部俺かよ!?」


 ドアの前で振り返った上原ユナは愛らしい顔で「はん」と鼻で嗤った。


「当たり前だろ、生徒に払わせる気か?」


「ぐぬぅー……」



◇◇◇



 前世の仲間、ユピテルとサタリナがこの世界に転生しているが分かった翌日の放課後、俺は出席番号1番の逢坂妃花を進路指導室に呼び出していた。


 魔王軍の生徒との面談よりも彼女と会って話すことを優先したその理由わけはなぜか、それは謝罪のためである。

 

 昨晩、改めてクラス名簿を確認したところ、とある事実が判明する。

 

 三十人クラスのうち二十七人もの生徒が魔王軍の転生者であり、さらに二人が俺の仲間、つまり純粋な女子高校生は彼女のみだったのだ。

 

「逢坂さん、キミを呼び出したのは他でもない」


 机を挟んで俺の前に座るクラスで唯一の普通の女子高生は少し緊張しているようだ。神妙な面持ちで俺の言葉を待っている。


「キミには人並みの学園生活を体験させてあげられず申し訳なかった!」


 謝罪を述べて深く頭を下げた。それはもう深く深く、机にオデコを擦り付ける勢いで頭を下げた。


「始まったばかりなのになんで終わったことになっているんですか!?」


 当然の如く彼女は驚愕している。だが俺は頭を上げる訳にはいかない。


「すまん、諦めてくれ!」


「ええっ!? 諦められません!」


 食い下がる彼女に頭を下げたまま拝むように手を合わせた。


「この通りだ! 三年になっても選択教科の関係で今と同じクラスなんだ! 新人ペーペー教師の俺にはキミを救うことはできない!」


「全然言っている意味が分かりません! ちゃんと理由を説明してください!」


「そ、それは……言えない……」


「先生、それじゃあ納得できません」


 もっともな意見だ。しかし真実を告げたところで今度は俺が頭のおかしい人に認定されてしまう。オブラートに包みながら、いかに自分がヤバイ環境にいるのかを理解してもらうしかない。


「……クラスメイトたちのことだ。キミも気付いていると思うけど彼女たちは普通じゃない」


「普通じゃないって……。あの自己紹介のことを言っているんですか? 確かに魔王軍の誰々って言い出したときはびっくりしましたけど、それでもちょっと言いすぎなんじゃないですか?」


「言いすぎでもなんでもないんだ! あいつらは普通じゃないんだ!」


「先生、それはいくらなんでも酷いと思います……。自分のクラスの生徒たちをそんな風に決めつけるのは良くないと思います。問題があるからって見捨てるんですか?」


「もっともだ。俺は教師として最低な発言をしているのかもしれない。だがそれでも見捨てたりはしない。あいつらは俺の生徒だ。俺はあいつらと向かい合う覚悟はできている。いや、むしろ向き合わなければならない使命がある。その上で、キミが普通の学園生活を送ることは諦めてくれ」


「お、大袈裟ですよ。ちょっと変わったところもありますけど、八重山さんや安土沢さんたちはみんな良い子だと思います」


 あの残虐非道だった元魔人たちを良い子だと言う彼女に後光が差して見えた。


「天使か……」


「私はあのクラスの一員なんです。彼女たちと勉強して楽しく過ごしてたくさん思い出を作りたいです」


「そうか、逢坂さんの覚悟は受け取った……。これからあいつらの発言や行動でキミまで奇異の眼で見られるかもしれないがサポートは先生に任せろ。キミの学園生活が円滑に進むよう協力は惜しまない。困ったことがあればなんでも先生に相談してほしい」


「……あの先生、今日呼び出されたのって私だけですか?」


「ああ、そうだけど」


「な、なんで私だけなんですか? 自称魔王軍じゃない上原さんや鳴海さんもいるのに……」


「あいつらも普通じゃないから」


「ええっ!?」


「でも仲良くするなら上原ユナと鳴海エリカにしなさい。きっとキミの力になってくれるから」


「は、はあ……」


「それにあんなクラスになってしまった責任の一端は俺にある。なによりキミを特別扱いするのは文字通り俺にとってキミが特別な生徒だからだ」


「と、特別……ですか」


「そう、スペシャルだ。これは先生のケータイ番号だ。本来、生徒と連絡先を交換することは許されていないが登録しておいてほしい。なにかあればすぐに駆けつける」


「先生……」


「なんとしてでもキミだけは俺が守る」


 なぜなら卒業後に女子大学生を紹介してくれる唯一の希望なのだから――。


 

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