第12話

「なッ!? どうやって移動した??」


「キシシ、吸血鬼は霧になれる。知っているだろ?」


「ああ、そういえばそうだったな……てかお前ッ、なんでトランクで寝ていたんだよ!」


「暗さと湿度がちょうど良さそうだった。それにしてもなぜ追われている?」


「原因はお前だよ! 誘拐事件の犯人だと勘違いされちまったんだ!」


「逃げないで説明すればいい」


「もう時すでに遅しなの! 誘拐の疑いが晴れても他に色々やらかしちゃったの!」


「キシシ、助けてやろうか?」


「なに!? ど、どうやってだ……」


「我が魔術なら奴らの精神を操れる」


「お前は前世のときのような魔術が使えるのか? そういえばさっきも霧になれるって言ってたな」


「前世ほどではないけど使える」


 体を霧に変えたり魔術で精神を操るだけでもこの世界では脅威だ。仮に彼女が悪意を以って誰かを襲ったら、ただの人間になった俺にはどうすることもできない。


「し、しかしそれでは彼らが……」


「少し混沌させるだけ、精神を破壊するような手荒な真似はしない」


「でも……、なぜ俺を助ける?」


「取り引きだ勇者、お前の血を定期的に我に提供すれば力を貸そう」


「取り引きって元々はお前が寝ていたからだろう!」


 叫んでいる間にも後方からパトカーがぐんぐん迫る。追いつかれるのは時間の問題だ。


「ならばこのまま逮捕されるか?」


「それにお前は俺を眷属にするつもりなんだろ……」


「安心しろ、眷属にはしない。ただ血を提供するだけ、週に一度、小さなコップいっぱいだけで良い」


「それって何シーシー?」


「神父が持つ聖水入りの小瓶くらいだ」


 てことは150CCくらいか……。


「本当だな?」


「キシシ、ヴァンパイア嘘つかない」


 確かに吸血鬼は契約に厳しく、約束を反故する可能性は極めて低い……。


 そのとき、脇道からパトカーが飛び出してきて進路をふさいだ。対向車線からも迫ってきている。後方からは言わずもがな。


 追い詰められた! もう迷っている暇はない!!


 俺はブレーキを踏んで車を停めた。瞬く間にパトカーが周囲を取り囲んでいく。


「わかった! 取引だ! 条件を呑む! だから俺を助けろ!」


 答えるよりも早く彼女の体は黒い霧になっていた。直後、車の屋根がベコンと凹む。

 竜道エマがルーフに立ったのだ。


「お前は完全に包囲されている! 車から降りてこい!」


 警察官がハンドマイク片手に叫んだ。続々とパトカーから降りて来た彼らは警棒や拳銃を握りしめてインスパイアに向かってにじり寄ってくる。


「頼む……、頼んだぞ、竜道エマ……。俺の運命はお前に掛かっている」


 運転席で俺は祈るように手を合わせた。

 黒い霧が四方に霧散して周囲を包み込む。そして霧の中で警察官たちがバタバタと倒れていった。


 バンッ! 


 ルーフが踏みつけられた。車を出せという彼女からの合図だ。

 アクセルを踏んだ俺は混沌する彼らの間を縫って、包囲網から脱出したのだった。



◇◇◇



「あいつらは大丈夫なのか? 目を覚ましたらゾンビになっていて人を襲ったりしないよな?」


 現在、俺が駆るインスパイアは幹線道路を走っている。


「問題ない。目覚めたときに記憶を失っている、それだけ」


 車外から戻ってきた竜道エマは、後部座席に寝そべっていた。


「そうか……。でもどうして俺を助けたんだ? あのままなら俺は確実に社会的に死んでいた。お前がやったことは魔王の命令に背く行為だったはず……」


「キシシ……、絶対的にかまわない。我は元々魔王軍に雇われた傭兵に過ぎない。転生した時点で契約は切れている。それではさっそく対価をもらおう」


「……分かった」


 ファミリーレストランの駐車場に入ってエンジンを切った俺は、ワイシャツのボタンを外す。首を晒すように傾けると、彼女は後から俺の肩を掴んで自分の方へと引き寄せた。


 あーんと口が開き、ギザギザの歯が月光に照らされて白く輝く。彼女の唇が俺の頸動脈を覆うように首筋に触れた。


 ――はむっ。はむはむ。


 なぜ甘噛!? はむはむがこしょばゆい!!


「もっとガブっていくんじゃないの!?」


「はをはへなくへもひをふぇふほうひはっぱほは(歯を立てなくても血を吸えるようになったのだ)」


 そんなに立派なギザ歯があるのに!?



 約束どおり、彼女が吸ったのは150ccほどだった。あくまで体感だけど、献血した経験からそのぐらいだと判断した。

 それにしても車の中で女子高生が男の首を咥えている絵面がやば過ぎる。学園関係者にでも見られたら社会的死亡は確定だ。


◇◇◇


 その後、竜道エマを彼女の家まで送り届けているときだった。

 一台の型の古いセダンとすれ違った際に彼女がぼそりと呟く。


「いますれ違った車から少女の泣き声が聞こえた」


「少女の泣き声だと? 本当か?」


「嗚咽するような泣き声」


「……もしかして、誘拐犯の車か?」


「そうかもしれないな、その声は恐怖と悲しみの感情に満ちていた」


 ……どうする? 助けにいくか? しかし誘拐犯の車じゃないかもしれない……、だからって見て見ぬふりをするのか?

 もちろん否だ。

 迷ったときは行動すると前世から決めている。なぜなら俺は勇者なのだから!


 サイドブレーキを引き上げてスピンターンをかました俺はアクセルを踏んで型の古いセダン、日産セフィーロの追跡を開始した。


「その子は無事なのか?」


「無事?」


「誘拐されている少女だ」


「無事だろう、泣けるくらいなのだから」


「そうか」


 ギアをトップに入れてアクセルを踏む。前を走るセフィーロに追いつき盛大にクラクションを鳴らした。セフィーロに停車する気配はない。クラクションとパッシングの大合唱を食らわせるながら、さらにアクセルを踏み込んで加速、並走して幅寄しながら助手席の窓を開けた俺は大声で運転手に向かって叫ぶ。

 

「この誘拐犯野郎! もう観念しろ!」 


 運転席でハンドルを握るのは中年の男だ。誘拐犯という単語にギョッとしている。これはクロだと思った直後、ハンドルを右に切って体当たりしてきた。衝撃でインスパイアのエアロパーツが剥がれ落ちていく。


「くっ!」


 やはり反撃してきたってことは間違いじゃなさそうだ。


「……まどろっこしいぞ、あいつ殺してもいいか?」


「殺しちゃダメだ!」


「しょうがない……」


 溜め息を付いた竜道エマが霧に姿を変えて消えたかと思ったら、すぐに戻ってきた。

 彼女の傍らには手足が縛られた少女がいる。男の車の中から攫ってきたようだ。


 直後、男が運転する車は街路樹にぶつかって停まった。俺も路肩に車を寄せて停車する。 


「ありがとう、竜道。キミのおかげで助けることができた」


 振り返ると、狐につままれたように呆然とする少女を残して竜道エマの姿は消えていた。


 その後、事故に駆け付けた警察官に事情を話して彼女を保護してもらう。

 誘拐犯はその場で現行犯逮捕され、俺は事情聴取を受けたものの、少女の証言により無罪放免されたのだった。

 






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