第6話
「だぁぁ……疲れたよん」
アパートに帰宅した俺はスーツのまま布団に倒れ込んだ。
放課後に個人面談ができたのは僅か四人、それ以外の生徒には途中で帰ってもらい、明日以降に持ち越しとなった。
今日、話せたのは魔王と団長クラスの連中が三人、当然ながら彼女たちに前世の面影なんて1マイクロミクロンもない完全無欠の女子高生だ。しかも揃いも揃って美少女ときている。
面談した生徒たちはしっかり俺と前世で交わした会話や戦った内容を覚えていた訳だが、今では普通の人間で、学生だという事実に変わりはない。前世が何者だろうが、ひとりの生徒として接するのは当然だ。
はたして俺は彼女たちの担任としてクラスをまとめていくことができるのだろうか。
「はぁ……」
もう誰か俺を癒してほしい。「先生はいつも頑張っているよ」と言って膝枕して頭をいーこいーこしてバブバブさせてくれるそんな女子大生の彼女がほしい……はぁ。
二度目の溜め息と同時にピンポーンと呼び鈴が鳴った。
おや? 誰だこんな時間に? ……いや、本当は誰が来たか予想できる。ただ今日も来るとは予想していなかった。
重たい体を起こして立ち上がった俺は「はーい」と返事をしてドアを開けると、
「よッス、せんせー」
ゆるふわロングの女子高生が鍋を持って立っていた。
「りっちゃん……」
彼女はうちの学園に通う生徒で、今は親元を離れて俺の隣に住んでいる少女である。心優しく明るく元気でスタイルが良くて、グラビアアイドルとして芸能活動している。
ちなみに俺は彼女が表紙を飾った青年誌をこっそり買って持っている。
「今日も多く作り過ぎちゃったからおすそわけ」と鍋を持ち上げてみせる。
「あ、ありがとう」
そんな彼女は毎晩、独り身の我が家に手料理を提供してくれるのだ。今日はおでんのようだ。
「ねぇ、上がっていい? 一緒に食べようよ」
「いつも言ってるだろ? そういうことはダメだよ」
「なんでさケチんぼー」
ぷくーと彼女は頬を膨らませた。
「何度も言うけど、俺たち大人は未成年の異性と密室にいるだけで条例に触れる可能性があるんだ」
実は今回、俺が受け持つことになったクラスに彼女はしれっといた。
彼女の行った自己紹介は以下の通りである。
『草薙リンです。魔王軍では暗殺と諜報を担当する部隊〝アーカーシャ〟で隊長をやってました。よろしくお願いします』と――。
つまり、そういうことだ。
何気に一年前から甲斐甲斐しく食事の世話を焼いてくれた彼女が魔王軍の幹部だったことが一番ショックだった。
「ていうか今までも俺をたぶらかすのが狙いだったんだな、りっちゃん……」
あの日々が作り物だったと知って無性に悲しくなった俺は思わずグスンと鼻をすする。
「やだなー、そんな訳ないじゃん」
彼女はつつーと俺から視線を逸らした。
「おい、目を逸らすな」
「とにかく密室がダメなら玄関のドア開けてればいいじゃん」
「虫が入る」
「へーきへーき、虫さんは友達だよ? そんなことを言うとザルガルルーデルファルク団長に怒られちゃうよ? ささ、温かいうちに食べよー」
そう言って彼女は靴を脱いであがりこんできた。
いつもはこれで引くのに今日はなんだか強引だ……。何を企んでいるか分からないけど、一応ドアは開いているから密室にはなっていない。条例に抵触することは避けられている、はずだ。
ちゃぶ台に鍋を置いたりっちゃんは、初めて入る俺の部屋を見回している。
「あれ? 私があげたポスター飾ってくれてないじゃん」
「大事に取ってあるよ、教え子のグラビアポスターなんて壁に貼れないからね」
ぶーと彼女は唇を尖らせる。
食器棚から二人分の箸とお椀を取り出した俺はそれをちゃぶ台に置いて畳に腰を降ろした。りっちゃんが鍋からお椀におでんを取り分けていく。
「キミたち、魔王軍のメンバーはいつから連絡を取り合っていたんだ? 転生した当初からか?」
「うーん、それはないと思うよ。私のところにアンリちゃんから連絡が来たのは中学生の時だったし」
そう言いながら彼女は俺の前におでんが盛られたお椀を置いた。
「ありがとう。中学生の時?」
「そう、実はあたしさ、前世の記憶を思い出したのって中二の時なんだよね」
「中二かぁ、そういうパターンもあるんだな」
「いやぁ、あのときは『これが中二病ってやつなのか!?』ってビックリしたよ」
りっちゃんは苦笑いしながら人差し指でポリポリと頬っぺたを掻いた。
「そうか、そういう病気なら良かったんだけどね……」と俺も苦笑する。
「ちなみに先生はどうなの?」
「俺は赤ん坊の頃から意識と記憶があったよ」
「へぇ、すごい。さすがは勇者さまだ」
そう言って彼女はちくわをふーふーしてから口に咥えた。妙に咥え方がいやらしいのは気のせいだろう。
「なんによせ、俺とキミのお隣さん関係は今日で終わりだ。部屋にいれるのはこれが最初で最後、ご飯をおすそわけしてもらうのも今日が最後」
「えー? なんで?」
彼女は不思議そうに瞼を瞬かせる。
「キミたちの……、魔王軍の目的が分かった以上、りっちゃんとプライベートで関わることはできない。今日、部屋に入れるのを許したのは、お別れをちゃんと言いたかったから」
小首を傾げた彼女は、「そんなこと言ってもあたしは止めないよ」と挑戦的な瞳で微笑んだ。
「あたしね、けっこう気に入ってるんだ今の生活。確かに最初は命令でやってたけど、せんせーのためにご飯作るの楽しいし、タッパーを返してもらうときに美味しかったって言ってくれるのがすごく嬉しい。だから、これからも続けるからね」
不意の告白にドキッとした。
彼女と毎晩食卓を共にする姿を想像してしまう。こんな可愛い子が彼女だったら毎日が楽しいに決まっている。伊南カレンとの退廃的な生活もいいが、彼女との健全な生活も捨てがたい。
「そんなことを言われたら断れないじゃないか……」
「じゃあ明日はあたしの部屋でご飯食べよ」
「それは絶対ダメ」
「ちっ」と彼女は舌打ちした。
そのいじけた仕草が困ったことに可愛かったのだ。
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