第5話 

「せ、せんせい……大丈夫ですか?」


 頭を打ち付けた俺を彼女が心配そうに見つめている。


「ああ、なにも問題ない。話を戻そう、キミの前世の役職と名前を教えてくれ」


「殲狂戦団長リーゼンベルクです」


 殲狂戦団長リーゼンベルク、ゴリゴリの武闘派だった魔人だ。身の丈を遥かに超える斧を振り回してすべてを剥ぎ払う恐ろしい狂戦士だった。それが今はラッキースケベ要員なのだから、人生なにが起こるか分からないものだとつくづく思う。


「キミがあのリーゼンベルクの生まれ変わりだなんて今でも信じられないよ」


 ふーと長い息を吐きながら俺は机の上で手を重ねた。


「自分でも信じられません」


 えへへと照れ笑いした彼女は、部屋の中をキョロキョロと見回しはじめる。


「どうした?」


「あの、先生は私たちの目的を知っているんですよね?」


「ああ、俺を社会的に殺すことだろ?」


「私がこんなことを言うのは変ですけど、こんな密室で生徒とふたりっきりになったりしたら先生が危ないんじゃ……」


 おや? 彼女は敵である俺の心配をしてくれるのか? なんて良い子なんだ。


「その心配はいらないよ」と俺は天井の角を指差した。


「?」


 近衛さんの眼が俺の指が示す場所を追った。その先には黒い半球のプラスチックが天井に設置されている。


「進路指導室には教師が悪さできないように防犯カメラが設置されているんだ」


「えっと……、そんなに信用なんですね、男の先生って」


「ああ、泣きたいくらいにね。ところで近衛さんもやっぱり前世が魔族だから人間を食べたくなったりするのかな?」


 うーん、と彼女は人差し指を唇に当てた。


「たまに頭からかぶりつきたくなることはあります」


「へぇ、かぶりつきたいんだ……」


「先生、私からも質問いいですか……」


「ん? ああ、もちろん。でも俺に勇者の力がないって話はもう安土沢さんにしたよ」


「そういうことじゃなくて、先生は……勇者はどうして教師になろうと思ったのかなって……」


「なんだそんなことか、それはだな――」


 ここはもちろん俺が未来の日本を背負う若者を教育する意義やその崇高さ、教職者の情熱について語る場面だ。


「俺には夢がある」とキング牧師のように語りはじめる。


「夢、ですか」


「ああ、それはな……」


 もったいぶる俺を近衛ミヤビが真剣な眼差しで見つめている。


「大学生になった元教え子から友人の女子大学生を紹介してもらうことだ」


 俺は彼女の瞳をキリッと見つめて宣言した。


「へー……、そ、そうなんですねぇ……。で、でも先生が大学生のときに同じ大学の人と付き合ったりしなかったんですか?」


 彼女から質問された俺は窓の外に視線を移す。


「先生な、同世代の女子が苦手だったんだ」


「そうなんですね……」


「今では苦手意識はそれほどないけど、当時の俺は上手く女子と話せなくてな、学生時代に甘酸っぱい青春の思い出なんて経験したことがないんだ。気付けば社会人になってしまっていた……。思い返せば前世のときから俺は異性交遊と無縁だった。確かにパーティに異性はいたけど、あんな化け物ジミた連中より俺は守ってあげたくなるか弱い女子が好きなんだ」


「そ、そうだったんですね」


「それに俺は勇者として、いついかなる時も品行方正でいなければならなかった。異性からどれだけ夜に誘われても乱れることなんてできやしない。そんなことをしようものなら翌日には噂が広まっている。引く手あまたなのに禁欲を強いられる生活、俺が前世でどれだけ我慢してきたか! だから魔王を倒して勇者を引退したら遊びまくってやるって思っていたんだ。だけどあの光に巻き込まれて……。生まれ変わったときも彼女を絶対作ってやろうと意気込んだけれど、前世からの苦手意識のせいで女子と上手く会話することができなかった! しかしそれも教え子たちが卒業すれば解決する! あと数年間の我慢なんだ! 教え子が巣立つまで乗り切れば俺の夢が叶う! 俺は女子大生と合コンしてみせる!」


 熱くなっていつの間にか早口になっていたことに気付き、俺は咳ばらいした。


「すまん……、取り乱したな」


 首を振って近衛ミヤビは立ち上がった。俺の横に移動してきた彼女は、「大変だったんですよね」と言って頭を優しく撫ではじめた。

 そして、「私も先生の夢を応援しますから一緒に夢を叶えましょう」と優しく微笑んだのだ。


「――ッ!? マ……」


 思わずママと叫んで彼女の腰に抱きつきそうになったところで俺の自分の頬をぶん殴った。


 ぐはぅっ!? 恐ろしい……、まったく恐ろしい!! また彼女の策略に嵌ってしまうところだった!!


 それから、平静を取り戻した俺は彼女と前世の話題で無茶苦茶盛り上がった。



 近衛ミヤビに次の生徒を呼んでもらう。

 彼女で四人目、まだ魔王軍は二十人以上いるけど、ぶっちゃけ疲れたから他の生徒は別の日に持ち越しだ。

 しかしながら、そうは言っても実質のところ次が本番といえる相手に違いない。


「待ちくたびれたぞ、余をなんだと心得ているのじゃ」と進路指導室に入ってくるなり魔王は言った。


「俺の生徒だけど? 俺はお前の配下じゃないしな。まあ、席に付けよ魔王」


「よかろう」と言って彼女は椅子の上に立って腕を組んだ。


「椅子に座りなさい……」


 注意するとドカッと椅子にお尻を降ろした彼女は、太陽みたいな瞳をキラキラ――、いや、ギラギラと輝かせて俺を見つめている。

 ええ……、なんでそんなやる気満々で気合が入っているんですかねぇ……。


「じゃあ前世の名前から確認させてくれ」


「余は魔王ベルゼグルじゃ」


「なるほど」と俺は個人面談表に『余は魔王ベルゼグルじゃ』と記載する。


「で、お前は俺を社会的に殺したいらしいけど、当然それだけじゃないだろ? お前の真の目的はなんだ?」


「決まっておる、世界征服じゃ」


「そうかぁ、世界征服かぁ……。具体的にどうやるの?」


「それは知らん」と自信満々に答える魔王、そして困惑する俺。


 うーん? さては阿保の子かな?


「んじゃが、その前に憎っくき勇者を殺してからと決めておる」


「社会的にか? なんでそんな面倒で遠回しなことを、物理的に殺せばいいじゃないか」


「ばかもん、そんなことをしたら余や配下が逮捕されてしまうではないか」


 突然の倫理観にビックリ仰天。世界征服しようとしているヤツが何を言っているんだ……。


「なので余は妥協したのじゃ、状況を鑑みても社会的に貴様を殺すことが最良であろう」


 確かに俺を苦しめるという点では最良で最善の一手だと思う。だって社会的に殺されたら俺の女子大生と合コンするという夢がついえてしまうのだから。


「くくくっ、勇者よ、我が軍の総攻撃を受けて耐えられるかな? 今宵から震えて眠るがよいぞ」


 魔王は不敵に笑う。


「くっ……魔王、なんて恐ろしいヤツなんだ……」


 俺は魔王軍の攻撃に耐えて、なんとしてもピチピチ(死語)の女子大生とお付き合いする未来を手に入れてみせる!!



 




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