第3話
八重山真央は俺を勇者と呼んだ。おふざけや冗談ではない。彼女の瞳は確信に満ちている。
俺と同じように魔王は転生していたのだ。しかも幹部クラスの連中まで転生していた。
もう認めるしかない。
だからといって自分の口から正体を開示する訳にはいかない。魔王の目的がはっきりと分からない以上、今は素知らぬ顔をしてやり過ごすしかない。
「えっ、えーと……。おいおいー、八重山さんの勢いにつられてリアクションしちゃったじゃないかぁ。先生は先生であって勇者なんかじゃないぞ? とりあえず今の自己紹介で魔王軍がどうのって言った人たちは、放課後に個人面談やるから終礼が終わったら教室に残っていてください。さて、それじゃあオリエンテーションを始めるぞ」
――それから、初日ということもあり午前でカリキュラムが終わって放課後を迎えた。
授業中の彼女たちはいたって普通で、すべて俺の聞き間違いじゃないかと思えるほどだった。
教室に残ってもらった魔王軍の生徒たちは一人ずつ進路指導室に来てもらう。
順番に呼ぶから待っていなさいという指示に彼女たちは素直に従った。楽しい楽しいアフタースクールだというのに一切の不満を漏らさないのが逆に怖い。
改めて名簿を確認したところ、クラスに三十人いる生徒のうち二十七人もの生徒が魔王軍関係者だった。
おいおい……、嘘だろ? 気が遠くなって失神してしまいそうになる。様々なWHYと謎が頭の中を駆け巡る。
んが、彼女たちが語った団体がこの世界にも実際に存在し、ただの偶然だという可能性もワンチャン無きにしもあらず。そうであってほしい。いや、そうでなくては困る。
「失礼します」
最初に呼び出したのは、参謀総長を名乗った安土沢アンリだ。いつもの清楚な表情で微笑を浮かべた彼女は机を挟んだ俺と対面する椅子に腰を掛ける。
「安土沢さん、あれはどういう意味かな? みんなで示し合わせて先生を驚かせようとしていたの? そうだよね?」
頼むから肯定してくれ!!
おさげの少女、安土沢アンリはニコニコしながら次のように答えた。
「猿芝居はやめませんか? 先生……、いえ、勇者、あなたが前世の記憶を維持していることは分かっています」
アハハと乾いた声を漏らして肩をすくめた俺は諦めずに食い下がる。
「そういう設定の遊びなんだよね?」
「先生、現実を認めてください」
ぐぅ……、もはや確かめてみるしかあるまい。
「ならば問おう。キミは魔王軍参謀総長をしていたそうだな? 前世のキミの名を教えてもらおうか」
ふっと鼻で嗤った彼女は、「ミドガルズガンドです」と即答してみせた。それはまさしく俺を苦しめた魔王軍のブレーンにして魔王の右腕だった者の名だ。
俺は両の拳を机にダンと打ち付けた。完膚なきまでの完敗、THE・ENDである。
「私が名乗った前世の名と先生が前世で戦った私の名前が一致しているはずです。こんな偶然は起こりませんよね?」
「その通りだ……。だが、それでもこれが夢である可能性も――」
「ありません。頬っぺたをつねって差し上げましょうか?」
「いや、それをご褒美だと思えるくらい今の俺は冷静だ。最初から自分でも認めざるをえないと分かっていたんだ。そうかぁ……、やっぱり現実かぁ」
俺は窓の外に目を向けた。きれいな青い空が涙で霞む。
悲観にくれるのは後だ……、俺は元勇者としての責務を果たさなければならない。
「お前たちの目的は一体なんだ?」
「それは魔王さまがおっしゃていたとおりです」
「俺を社会的に殺すことだろ? なぜだ? なんでそんな中途半端なことをする? なにが狙いだ」
「この世界のルールに従った結果です。実際に殺すのは我々にとってリスクが高いということです。だって私たちも〝普通の人間〟なのですから」
俺を物理的に殺せば自分たちの人生が終わってしまう。だから彼女たちは俺を【社会的に殺す】ことを選んだ。それが最も効果的だと判断した。生まれ変わってもしたたかで狡猾なヤツらだ。
「先生、参考までにお聞きしたいのですが」
「なんだ?」
「前世の勇者としての力は引き継いでいますか?」
「前世の……力?」
そんなこと考えたこともなかった。
前世の力を引き継ぐ? そんなことできるのか? こいつらの中に能力を引き継いでいる奴がいるのか? それとも全員が……。
やばいな、ここで素直に「ない」と答えたらどうなる? 俺が無防備だと判断して魔法での攻撃に切り替る気か?
しかし、なぜわざわざそんなことを聞いてきた。質問するよりも先に、魔法で攻撃すればいいだけのことだ。最初から魔法で俺を抹殺すればいい。魔法の炎なら彼女たちが実行したという証拠は何も残らない。
それならなぜこんな遠回しなやり方をしている?
それが出来ないのは彼女たちも力を失っていると考えるのが自然……。
「いや、前世の力なんて引き継いでいないよ」
あると答えたところであのミドガルズガンドが警戒するとは思えない。それに彼女たちの方針は【社会的に殺す】で決まっている。
彼女の「そうですか」が特に重要ではないと呟いたように聞こえた。
「キミたち、いや……お前たちはどうなんだ?」
「ありません。見かけどおりのただの美少女です」
「あ、うん。そうだね……。でもやっぱり前世が魔族だからたまに人間殺したくなったりするんだろ?」
なんつってー、と冗談のつもりで言ったのだが、彼女は「ええ、しょっちょうです」としれっと答える。
「しょっちょうあるの!?」
俺のリアクションが愉快だったのか、安土沢アンリはくすくすと笑う。
「勇者とこんな風に会話する日がくるなんて不思議なものです」
「まったくだ……」
「さて、ここで追撃を加えるのも面白いのですが、やはり波状攻撃でしょうか。次は誰を呼びましょう?」
完全に劣勢な立場となった俺は言われるがまま次の生徒を指名して、彼女に呼びにいってもらったのだった。
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