第2話
2年B組の担任としての初日、一限目のホームルームで俺は自己紹介を簡潔に終わらせた。
「――と、そんな感じで先生の自己紹介とさせてもらいます。まぁ、みんなとは去年一年生のときに授業を受け持っていたから知っていると思うけど、あらためてよろしくお願いします。それでは順番に自己紹介してもらおうかな、えーと」
教室を見回す俺の視線から反射的に逃げるように目を逸らしたのは廊下側一番前の子だ。
教壇に立つとよく見えるもので、意地悪するつもりはないが、やはり彼女から始めてもらうのが適当だろう。
「じゃあ五十音順に廊下側からいこうか、最初は逢坂さんだね」
指名を受けた少女は緊張した面持ちで椅子から立ち上がる。
「は、はい! 逢坂妃花です! 園芸部に入ってます、みなさん一年間よろしくお願します!」
実に初々しい挨拶である。彼女はあまり目立つ方ではないけど、気配りのできる優しい女の子という印象だ。
この子だって一般的に見れば十分可愛いのだが、他の子が美少女過ぎて彼女ですら普通に見えてしまう。なんて恐ろしい教室なんだここは。
次に席を立ったのは、さきほどの眼鏡とおさげの安土沢アンリだ。
彼女は地味な装備のせいで一見してパッとしないけど、とんでもない美少女だ。相手を油断させるために、わざとデチューンさせているように思えてならない。
「安土沢アンリです。前世では魔王軍参謀総長をしていました。よろしくお願いします」
さらっと言い放って彼女は着席した。
「え?」
ここは笑う場面なのか?
彼女なりのジョークなのかな? 誰も笑わない。前の席の逢坂さんなんてポカンとしている。しかし彼女がこんなしょうもないジョークを言うなんて……。
「は、ははっ……。今の若い子たちの間でそういうのが流行っているのかな? 面白いねぇ。じゃあ、次はえっと、伊南さんお願いします」
愛想笑いするしかない俺はスルッとスルーして次の生徒に挨拶を促す。
伊南さんは有名なカリスマギャルモデルであり、スタイルが大変よろしく胸も大きいえっちな少女である。彼女も安土沢アンリと同様に積極的に関係を持とうと色仕掛けで攻めて来る俺にとって厄介な相手だ。
「伊南カレンだよ、よろしくねー。あ、そうだ、そういえば前世では魔王軍で鎧殻機動団長やってましたー」
彼女をVサインを頬に付けてウインクした。
「はい? がいかくきどうだんちょう?」
なぬ? 安土沢の魔王軍ごっこに乗るというのか? やっぱりそういう自己紹介が流行っているのか? 逢坂さんの反応をみる限りそんな感じではなさそうだけど……。
しかし、なんつーか……ガイカクキドウダン? どこかで聞いたことがある団体だが、まさかな……はははっ。
「なかなか個性的な自己紹介が続くね……。じゃあ次は上原さん、お願いします」
指名を受けた彼女は不安そうにキョロキョロと視線を左右に泳がせながら立ち上がった。
「上原ユナです。あの、ごめんなさい……。わたしは魔王軍で働いたことなくて、その……、特に面白いことは言えないんです。流れを止めてしまってごめんなさい……」と彼女は苦笑いを浮かべた。
どうやらこの子は魔王軍ごっこに参加しないようだ。純朴そうな雰囲気でショートボブがよく似合う可愛らしい少女は、申し訳なさそうに頭を下げて着席する。
「いや、気にしなくていいんだよ、上原さん。今みたいな自己紹介でも先生は満足だからさ」
「は、はい」
それから、そんな感じで自己紹介は進んでいった。
そんな感じとは、そんな変な感じという意味だ。
なんとクラスのほとんどの生徒が魔王軍を名乗りやがった。最初は俺のことをからかっているのだと思ったが、次第に彼女たちが口にする団体名に聞き覚えがあることに気付く。
俺は知っている。
伊南カレンの鎧殻機動団も虎城チヒロの獣装遊撃団も近衛ミヤビの殲狂戦団も西野セイラの暗黒騎士団も知っている! 記憶にある!! だってそいつらはみんな俺が戦ってきた連中なのだ!!?
これは単なる偶然か? それとも彼女たちは俺と同じ転生者だとでもいうのか?? だとしたらこの教室は魔王軍だらけじゃないか!?
そして窓際最後列、最後は噂の絶世美少女こと八重山真央の番がやってきた。
どうか彼女は正常であってくれ……。
俺は祈るような視線で彼女を見つめる。
不敵な笑みを浮かべて席を立ち、彼女はさらに椅子の上に立って腕を組んだ。
この時点で俺は諦めた。
さらにその第一声に度肝を抜くことになる。
「くくくっ、久しいな勇者よ」
「な、なに!?」
バ、バカなっ! 俺を勇者と呼んだだと!? 俺が前世で勇者だったことを知っていると言うのか!! あり得ない! だが、仮にあり得るとしてもなぜこの俺が勇者だとバレているんだ!?
「我が名は八重山真央、またの名を魔王ベルゼグルである」
「……魔王ベルゼグルだと……、お、お前が……」
完全に俺を出し抜いた魔王は嬉しそうにほくそ笑む。
「余が来たからには今までようにいかぬぞ。貴様を社会的に抹殺してくれよう!」
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