可愛いメスだと思った?
堂道廻
第1話
小窓から夕日が差し込む埃っぽくてジメジメした体育倉庫に、ひとりの教師(♂)と生徒(♀)が閉じ込められていた。
外から鍵が掛けられてしまった状態で二時間が経過した今も、助けに来る気配はない。
密室となった体育倉庫で彼らは積み重ねられた体操マットの上に肩を並べて座っている。
「せんせい……、なんだか暑くありませんか?」
彼女の言う通り、確かに暑いと感じた。
まだ春先だというのに、この異様な暑さはなんだ。異常なまでに温度が上がっている気がする。現に教師(♂)のワイシャツは汗で肌に張り付いている。
彼女のブラウスもまた汗で肌に張り付き、白い肌と水色の下着がうっすらと透けていた。
「……もう我慢できません」
艶めかしさ吐息を付いた少女はブラウンのボタンを上から順に外し始める。
「な、なっ!?」
咄嗟に顔をそむけた教師(♂)の足元にふぁさりと湿ったブラウンが舞い落ちる。無論、彼女が投げ落としたに違いない。
「せんせいも脱いだらどうですか? すこし涼しくなりましたよ」
「うう……、お、俺は大丈夫だ……」
「こっちを見てください、せんせい」
「それはできない……」
「私のこと嫌いですか?」
「嫌いとか好きとかじゃなくて……」
「私って魅力ない?」
「いや……、魅力はあるぞ。だ、だから困っているんだ……」
ふふっと彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
「もう、それなら、えーい!」
「うわっ!?」
教師は少女に押し倒された。起き上がろうとする彼の上に彼女が馬乗りなっている。
少女の上半身を覆う衣服は水色の下着だけ。
汗で濡れた肌と舞い上がった埃が夕陽を浴びてキラキラときらめく。男にはまるで少女自身が光輝いているように見えた。
「や、やめなさい……」
マットに仰向けになったまま動けない。押しのけることもできるが、それでは男の手が少女に触れてしまう。触れた時点でアウトなのだ。
「せんせい……、触って……」
腰を上げた少女は男の上で四つん這いになり、獲物を狙う雌チーターのように背筋を反らした。
下着に包まれたたわわに実った果実が目の前に迫る。瑞々しい果実が揺れている。
追い詰められた男の顔に少女の顔が近づいてきた。
キスをされると思って、目を瞑った男の耳にふーっと息が吹きかけられる。
「あう……」
男は思わずあえぎ声を上げる。
互いの汗の匂いが混じり合い、呼吸が荒くなっていく。
「や、やめるんだ……、俺は教師でキミは生徒なんだ……、こんなこと許さるはずがない」
「でもその前に男と女ですよ、ふふ」
男が女子高の教師になってからの一年間、少年マンガのラブコメのようなラッキースケベ展開がことごとく発生し、生徒たちからラノベの主人公みたいにモテまくった。
教師といえど彼もひとりの男である。あわよくばという気持ちが全くない訳ではなかった。
それでも頑なに拒み続けたのは大人としての倫理観や強い意志に加えて、昨今の教師を取り巻く環境がブレーキとして働いたことが大きい。
度重なる不祥事によって教師という職業の信用はもはや地に落ちている。これ以上、落とす訳にはいかない。
なにより現代日本において未成年者に手を出すことは死に値する。一度でも誘惑に負ければ社会的に抹殺されてしまう。
そして、少女は意図して密室状態を作り出し、教師に手を出させようとしていた。
教師の指が自分に触れた瞬間、青少年育成条例を振りかざそうと目論んでいた。
なぜ少女はそんなことをするのか、何を隠そうこの少女、魔王軍の幹部のひとりである。
これまでの奇跡のようなラッキースケベやモテまくりが、実は彼を社会的に抹殺しようとする魔王軍の策略だとは知る由もない教師(♂)が、なぜ魔王軍の標的になっているのか、その秘密は男の前世にある。
彼の前世は魔王と戦う異世界の勇者だったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆
あー、なんだ……いい歳してこんなことを言うと頭がおかしい野郎だと思われるかもしれないけど、俺には前世の記憶がある。
なんというか、恥ずかしながら前世の俺は勇者と呼ばれていた。
ゲームやアニメでも馴染みがあると思うが、あの勇者である。
これは揺るぎない事実だし、決して妄想ではない。
気持ちは分かる。
俺だって逆の立場なら痛い人だと思って近づかないし関わりたくない。けれど、頼むから痛い人だと思わないで俺の話を聞いてほしい。
かつて俺は、こことは違う剣と魔法のファンタジー世界で仲間たちと共に世界の平和を取り戻すため魔王軍と戦い続け、そしてついに魔王城にたどり着いた。
俺たちは魔王に決戦を挑み、魔王とその配下たちと戦っていたそのとき、突然空間に生じた亀裂から眩い光が放たれ、光に包まれたと気付いたときには赤子になっていた。
そこは俺の知らない世界の日本という国だった。
俺は違う世界に生まれ変わったのだ。
転生という事実が告げるのは、あの光に巻き込まれて死亡したということ。
一緒にいた仲間たちはどうなってしまったのかも分からない。俺だけが死んでこの世界に転生したのかもしれない。向こうの世界には戻れないから確かめる術もない。
そして、この世界に転生した俺は、かつての勇者としての力をすべて失っていた。
幸いだったのは、生まれた環境が信じられないほど恵まれていたことだ。
超越した武力など必要のない世界で新しい家族を得た俺は、良き父と良き母、弟思いの可憐な姉と兄を慕う可愛い妹にかこまれて平凡に成長し、平穏な毎日を送った。
あれだけ望んだ平和がこの世界では当たり前に存在した。この国の誰もがその尊さに気付かず生きている。
成長するに連れて前世で培った慣習や感性は薄れていき、月日を重ねてこの世界の住人になっていく俺だったが心残りもあった。
未だに元の世界がどうなってしまったのか心配で眠れない夜もある。フィオナ姫と交わした約束も果たせていない。
みんなはどうなってしまったのだろうか――……。
いくら考えても仕方がないことは分かっている。俺が今、生きているのはこの世界なのだから。
一生懸命勉強して大学を卒業した俺は、お世話になった先生の紹介もあって三笠女学園という高校に教員として就職することができた。
著名人を何人も排出した名門校と呼ばれる三笠女学園の教師になった俺を両親も鼻が高いと喜んでくれた。
しかし実際のところ俺は男子校の方が良かった。贅沢かもしれないが女子校で働くことに一抹の不安を抱えていたのだ。
この世界に生れ落ちた俺は知っている。教師は決して安定した仕事ではない。
前世の俺がいた世界においても教師という職業はあった。それはとても崇高であり、それはとても厳格であり、タメ口を聞くなんてもってのほかで、誰からも尊敬される職業だった。
しかしこの世界では違った。
小学校では学級崩壊が起こり、中学校では教師への暴力が横行している。加えてモンスターペアレントの存在にサービス残業問題。
しかし、問題は学生側だけではなく、教師側にもあった。
その中でもとりわけ目立つのが淫行である。
教職員の事件を新聞やニュースで目にしない日はない。いつもどこかで誰かがやらかしている。
今や教師の信用は地に置いていると言っても過言ではない。
先人たちが築き上げてきた不名誉のせいで、些細なボタンの掛け違いや勘違いによる冤罪だろうと一発でクビが飛ぶ諸刃の職業、それが教師なのだ。
教師は常に薄氷の上に立っている。
確かに誘惑が多いことは認めよう。さらに女子校となれば秘密の花園だ。
女子校という楽園をサバイブするには己を殺して教育マシーンになる他ないと俺は心に決めていた。
だが、なぜか俺は生徒たちからモテまくったのだ。少年誌のラブコメみたいなラッキースケベ展開満載の一年だった。
美少女たちの誘惑に負けじとなんとか一年間耐え抜き、怒涛のラッキースケベを辛くも乗り切った教師2年目、二年生の担任になった俺はクラス名簿を教頭から渡されたとき目眩を覚えた。
学年中の美少女の名前がずらりと並んでいるではないか。
俺に好意を寄せてきた子も何人かいるし、積極的に関係を求めてきた生徒もいる。毎回ラッキースケベを提供してくれる子たちの名前もたくさんあった。
さらに、教師の間でも話題になっている美少女転校生、八重山真央の名もあった。
俺はまだ実物を見たことないからなんとも評価できないが、他の先生たちに言わせると彼女は《絶世》らしい。
こんな誘惑ばかりのクラスの担任として俺はやっていけるのだろうか……。
過ちを一度でも犯せば俺は社会的に死んでしまう。それだけはなんとしても回避しなければならない。俺を育ててくれた両親に顔向けができない。
拳を握りしめて気合を入れた俺は教室の戸を開けて、「みんな、おはよう」と言って入る。
総勢三十名の美少女たちの視線が一斉に俺に集まり思わず息を呑んだ。
どこを見ても美少女だらけで、正に桃源郷のようなクラスだ。その中でひと際、強い視線を感じた。
私を見ろと主張するようなその視線に思わず引き寄せられて、窓際の最後列の彼女と目が合った。
一瞬で持っていかれた。
太陽を閉じ込めたような黄金色の瞳、美しい銀髪、健康的に焼けた小麦色の肌、自信に満ち溢れた表情は天性のもので、まさに絶世だった。
「先生、どうかしましたか?」
背後から声を掛けらて我に返る。
「あ、いや……なんでもない」
振り返るとおさげの少女がにこりと微笑む。
元勇者の俺が背後を取られるなんて、やはりこの子は只者じゃない……。
「ぼんやりしてたら転んじゃいますよ。気を付けてください」
にこりと微笑んだ彼女の名前は安土沢アンリ。一年生のときに学級委員長だった真面目な彼女も俺に好意を寄せる一人である。
成績優秀で真面目でお手本のような生徒であり、普段は眼鏡におさげで地味な目立たない少女だが、眼鏡を取るととんでもない美少女に変身する。
彼女の恐ろしいところは古典的なテンプレ設定の色仕掛で攻めてくることだ。積極的な彼女に俺は何度も誘惑されて禁を破りそうになったことか……。
「私以外の子に見惚れちゃダメですよ」
すれ違い様に彼女は小声でそう囁いた。
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