俺はAV女優、鏡シュラが好きだ 〜衝動〜

 言っておくが、これが恋や愛なんていう淡くて甘酸っぱい感情じゃないことは俺自身にも分かっていた。

 それは飢えに似た、もっと原始的な脳の部分からの希求だった。砂漠を彷徨う遭難者が幻に水を視るような。


 そしてまさに彼女は灼熱の砂の上に揺らめいては消える美しい陽炎だ。手を伸ばしても、駆け寄っても、触れずにすり抜け、遠ざかり、彼方でまた輝いて揺らめく。

 それが彼女たち、AV女優という仕事なのだ。

 そして俺は、対価を払いそのサービスを享受する顧客に過ぎない。


 俺は彼女がどんな内面の女の子かは全く知らなかった。今の世の中、チャンネルを持って私生活や企画なんかをYouTubeで配信している女優も沢山いるが、彼女はそういうことはしてなかった。wikiで検索してみたこともあったが、別名義で活動してたことがある他は出演作品のタイトルが列挙されているくらいで、彼女自身の理解が深まるような情報は掲載されてはいなかった。


 それでいい、と俺は思っていた。


 俺と彼女の関係は、店員と客の構図なのだ。サービスが提供され、俺は金を払う。俺は彼女を掘り下げないし、彼女だって俺を詮索することはない。金銭のやり取りと、サービスを媒介にした限定的なコラボレーション、そしてお互いへの感謝とリスペクト。

 それだけの関係でいいし、それだけの関係「だから」いいのだ。


 だから、俺は俺の中に芽生えた身勝手な欲望を持て余すしかなかった。

 そんなことが叶うはずがないし、叶えてはいけない。分かっている。分かっているさ。彼女で童貞を捨てられたら最高だろうが、逆に百戦錬磨の彼女が俺から何か得るものがあるか? 例えば何かの弾みで世界が滅びかけて、生き残ったのが俺と彼女だけになったとして──


──いや、いい。忘れてくれ。そんなIFの話には意味がない。


 とにかく、一度意識し言語化してしまった欲望は日に日に強く大きくなっていった。小さな穴から滲み出た水が大きな奔流となって洪水を呼ぶように、最初はふわっと思ったくらいだった「鏡シュラを抱きたい」という願いは次第に確かで激しい衝動となって俺を苦しめるようになった。

 それはやがて悪影響として生活にも影を落とし始めた。

 集中力に欠け、ちょっとした怪我や忘れ物を連発するようになった。気付くと鏡シュラのことを考えていて、読書もテレビも動画も目の表面を滑って落ちてゆく。

 そしてついには、鏡シュラのDVDですら中々カメハメ波できなくなってきてしまった。できたとしても以前より時間が掛かり、なんか、どどん波くらいの感じなのだ。


 俺にとって、人生で初めて買った単独女優AVであると同時に、人生で初めての死活問題が鏡シュラだった。


 この気持ちになんらかの形で決着を付けないと、俺はこの先には進めない。


 俺は考えた。

 俺自身が生み出してしまったこの巨大な怪物の倒し方を。

 これは俺自身の戦いで、この戦いに他の誰かを巻き込む訳には行かなかった。勿論、これまで俺に寄り添い、俺を救い続けてくれた、ビジネスパートナーとして敬愛する鏡シュラ本人にに痛みや悲しみを与えるようなやり方はもってのほかだ。

 友人に相談はできない。親や兄弟にさえ。


 どうすればいい?

 鏡シュラに指一本触れずに、鏡シュラを抱く方法は……?





 ……あった。


 たった一つだけ。


 俺が幻に入り込む方法が。


 俺が幻と触れ合う方法が。


 最も原始的にして最も一般的。我々人類がデフォルトで備える究極のバーチャル。


 そう。「夢」だ。

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