素直な気持ちの伝え方

 心彩は私のことが好きだ。私が可愛いというのと同じように断言できる。理由は至極単純だ。態度があまりにも露骨すぎる。私と話すときに視線が合わない時が増えたし、たまに声が上ずるし、時間に比例してだんだん顔が赤くなっていくし、私が近づくと露骨に距離をとるし、そのくせ授業中に私をじっと見て、私がそっちを向くと目を逸らす。これで好きじゃなかったら私の中の世界の法則がひっくり返る。


 ただここで問題なのは、心彩はおそらく恋心を自覚していないということだ。もし自覚していたならあの心彩でももう少し隠す努力をするはずだ。今の心彩は自覚していない恋心に振り回されて混乱しているに違いない。そうなれば心彩からの告白は期待できない。つまり、私から告白する必要があるのだ。


「できるわけない……」


 教室の机に突っ伏して己の無力を呪う。今の私は心彩がいる部室に行かず、ひたすら告白の方法を考えていた。心彩は私の言葉の意図を理解してくれてるみたいだけど、恋のことをよく分かっていないから私の恋心が伝わる可能性は低い。だから私の素直な気持ちを伝えなければならないが、心彩を前にすると反対のことを言ってしまう。


 好きだと伝えられない私と、好きな気持ちを理解していない心彩。せっかく両思いになれたのに気持ちを伝える方法が無い。


「何やってるの」

「あ、委員長」


 声が聞こえて顔を上げると、文庫本を持っている委員長が私を見下ろしていた。放課後に一時間自習室に篭り、ほとんどの人がいなくなった教室に戻って読書をするというのが彼女のルーティーンだ。黒髪のおかっぱヘアーに赤いフレームの下縁メガネという、委員長をするために生まれてきたのではと思うような格好はもはや芸術と言って差し支えないだろう。


「さっきからうーうー唸って、読書に集中できないんだけど」


 呆れたような目で私を見る彼女は、押し花の栞が差し込まれた本を見せながら喧しい私を注意した。物静かな委員長がわざわざ言いに来るあたり、本気でうるさかったようだ。


「ごめん。でも、深刻な悩みなの」

「色名さんのこと?」

「え!? なんで分かるの!?」

「天鬼さんが悩むことなんて色名さんのこと以外にないでしょ。どうせ告白したいけどできないとか悩んでるんでしょ」

「何から何までお見通しですか?!」


 まるでエスパーみたいに委員長は私の悩みを当ててみせた。驚く私に委員長はため息をつくと、私の前の席の椅子に座って話し始めた。


「天鬼さんが色名さんが好きなのは恋バナ好きなら女子達の共通認識。それで最近の色名さんを見てたら、天鬼さんに恋してることはバカでも分かる。晴れて両思いになったけど、普段の天鬼さんからして告白なんて夢のまた夢。だからあなたはその事で悩んでる……名探偵じゃなくてもこれくらいは理解できるわ」

「そ、そっか……」


 つまりこのクラスのみんなは私と心彩の気持ちを知っているってこと? それってめちゃくちゃ恥ずかしい事なのでは。でも過ぎてしまったことは仕方ない。この状況を逆手にとって委員長に相談してみよう。


「そこまで分かってるなら話が早い。私が告白できる良い方法って何がないかな」

「両思いなんだからさっさとくっつけ。以上」

「ちょちょちょ! いくらなんでも投げやりすぎない?!」


 あまりにも参考にならないアドバイスに席から転げ落ちそうになる。でも委員長はずっと動じないまま椅子に座っていて、強者の風格が漂っていた。


「私からしたらあなたが意味不明よ。なんで勝ちが決まってる戦いで弱腰になるのよ」

「だ、だって、心彩と話そうとすると緊張して素直に気持ちを伝えられないんだもん」

「あのね……それってただの甘えなのよ」

「へ……?」


 ピリッと、委員長の雰囲気が少し変わったような気がした。静かな放課後の教室で巻き起こる嵐の前触れのような、そんな空気を感じた。


「告白って、だいたいは相手の気持ちなんて分からないままするのよ。自分が好きなのか嫌いなのか、そもそも恋愛対象なのか、自分とどんな関係を望んでいるのか、何も分からない。告白して断られたら今までの関係も壊れてしまうかもしれない。もしかしたら嫌われてしまうかも知れない。それがどんなに怖いか。でも、好きって気持ちは無視できない。だから、どんなに怖くてもそれを乗り越えて告白するの」


 冷静だった委員長の語気がだんだん強くなる。彼女の言葉には妙に含蓄があるように見える。誰かから聞いた話とか、一般論では無い、まるで自分の実体験のようなリアリティを言葉の裏に感じた。


「それをあなたはなに? 相手が自分の気持ちに応えてくれるって分かってるのに、緊張して素直になれない? それくらい自分の力で乗り越えなさいよ! うだうだ言って甘ったれんな!」


 ドンと机に拳を振り下ろす。すると委員長はハッとして我に帰り、すぐに頭を下げた。


「ごめんなさい! ……せっかく相談してくれたのに説教みたいな事しちゃったね」


 あの物静かな委員長があんなに声を荒げるとは思わず、呆気に取られてしまった。でもあの委員長がこんなに感情的になるのには何か理由があるのだろう。


「……最近失恋したの。勇気を出して告白したら、そういう目で見れないって。友達のままってことになったんだけど、やっぱりちょっと気まずくて。だから、天鬼さんの話を聞いて腹が立って。なんで両思いってわかってるのに、私より恵まれてるのに勇気を出せないんだって。天鬼さんからしたらこんなの理不尽だよね。ごめんなさい」


 失恋のことを思い出したせいか、彼女の目には涙が溜まっていた。それを流さないのはきっと私への誠意が理由だろう。


「謝らなくていいよ。……ぜんぶ委員長の言う通りだから」


 委員長の言う通り、私は甘えていたのだ。心彩が私の言葉の裏をわかってくれるからって、好きな人を前にして緊張してしまうからって、自分の力で素直に気持ちを伝えることを諦めてしまっていた。他のみんなはその壁を乗り越えて気持ちを伝えているのに、私は相手に甘えっぱなし。情けない話だ。


「自分の素直な気持ちを伝えるのに勇気がいるのはみんな同じなのに、私はそれから逃げようとした。みんなよりずっと楽な場所にいるのに。ありがとう、委員長。おかげで私がやるべきことが分かったよ」


 この告白は私の幸せのためのものだ。私が楽できる都合のいい方法なんてない。どんなに緊張しても、それを乗り越えて素直な気持ちを伝える。勇気を出して一歩踏み出すのだ。その踏み出した先に私が求めるものがあると分かっているのだから。


「……そう、役に立てたなら良かったわ」


 相談が終わった委員長は立ち上がり、自分の席に戻ろうとした。私は悩みを解決してもらったというのに、その寂しい背中をそのまま見送ることなんてできなかった。


「待って。えっと、委員長の恋もまだ諦めないでいいと思うよ! そういう目で見れないって言うなら、そういう目で見ちゃうくらい好きにさせちゃえばいいんだよ! 私の恋愛相談乗ってくれたり、このクラスをまとめてくれたり、委員長はすっごく優しくて優秀なんだからきっとできるよ!」


 勢いのままに発した言葉はあまりにも楽観的なアドバイスだった。でも、優しい委員長に恋を諦めてほしくない。だってあんなに寂しそうな顔するくらい本気の恋心だと知ったから。これが私の素直な気持ちだ。


「ほんと、無責任なこと言うわね」

「ご、ごめん……」

「でも、下手な慰めより元気出たわ。そうね、もう少し頑張ってみてもいいかも」


 私の方を振り返って見せた笑顔には、再起する者の強さとまだ消えていない恋心が宿っていた。彼女の強さを見ていると、私も前に進む勇気をもらえる気がした。


「何かあったら連絡してね。今度は私が相談に乗るから」


 突如現れた救世主にお礼を言い、心彩がいるから避けていた部室に向かう。


 大好きなあの子に私の想いを伝えるために。

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