素直になれないお姫様

 私は可愛い。それは何よりも自信を持って言えることだ。お母さんもお父さんも、先生も同級生も、みんなが私を可愛いと評価した。だから絵本で見たプリンセスみたいに、好きな人と結ばれると思っていた。


 でも、私は絵本の中のプリンセスと違うところがあった。好きな人を前にすると緊張して、つい冷たく当たってしまうのだ。


 小学生の頃に好きだった子に告白された時、心の底から嬉しいと思ったはずなのに「あんたなんか全然好きじゃない」と言ってしまった。中学の時も好きな子にかまって欲しくて話しかけたのに、口から出たのは冷たい言葉でその子からも嫌われた。


 どんなに私が可愛くても、棘のある言葉しか使わない女の子を好きになるはずがない。絵本の中のお姫様みたいに素直で可愛い女の子になれない。だから、私が好きな人はみんな私を嫌いになるのだ。


 そんな失意の中、高校生になった私が出会ったのが心彩だった。最初に心彩に出会った時は、なんて無愛想な子なんだろうと思った。席が隣になったから話しかけたのに、私の話に興味がないように生返事ばかり。言葉のキャッチボールがしたいのに、心彩は受けたボールをその場に置いてしまう。


 それがなんだか悔しくて、絶対に友達になってやると躍起になったのは、今思えば人との関係で間違ってばかりの私が珍しく正しい選択をしたと思う。


 私は好きな子が相手でなければ普通に話せるから友達も多かったし、私を好きになる子もいた。ただ私が好きな人とは両想いになれないだけで、普通の交友関係を築くのになんら苦労を感じなかった。だから、冷たい言葉で接していないのに可愛い私に興味を持たない心彩は新鮮だった。


「ねぇ! 一緒にご飯食べよ!」

「うん。いいよ」


 彼女と接していく中で分かったことは、心彩は基本的にNOと言わないことだ。一緒にご飯を食べることも、移動教室の時に一緒に行くことも、グループを作るときに同じ組になることも、反応は薄かったけど彼女は受け入れてくれた。話しているときにこっちを拒絶しているような雰囲気もないし、人が嫌いなわけではなさそうだ。だったらなおさら私がこんなに話しているのに反応が薄いのか分からない。


 以前好きなものはないかと聞いたら、少し考えた後に裁縫と言ったから同じ手芸部に入って共通の話題を作ったけど、反応はあまり変わらなかった。いったい何が原因なのか分からないまま時間は過ぎていき、夏休み目前となった。期末テストも終わって夏休みをどうするかという話でクラスが盛り上がるなか、私はただひたすら心彩のことを考えていた。


 根気強く会話をしていく中で心彩の口数が増えてきてはいたけど、それでもちゃんと会話をしているとは言えないくらいだった。私じゃなかったらすぐに会話のネタがなくなって気まずい無言の空間が出来上がるだろう。どうにか心彩に心を開いてもらえないかと思いながら、別の友達からの誘いに返事をするためにラインを開くと、素晴らしく有意義な情報が目に飛び込んできた。


 一週間後に彼女の誕生日がある。ここで彼女に誕生日プレゼントを渡せば心の距離がグッと縮まるに違いない。夏休みの期間と被っているけれど、部活で作る作品の作業を一緒に進めようとか理由をつけて彼女の家にお邪魔してしまえば問題ない。そう思い立ったが吉日、さっそく隣の席で夏休みの宿題のプリントにとりかかっている心彩に話しかけた。配られたばかりだというのに真面目だなぁ。


「ねぇ、夏休み中に手芸部で作るやつあるじゃん。あれの作業一緒に進めない?」

「いいよ。どこでやるの」

「心彩の家に行っていい? あ! せっかくだしお泊りってどう?」

「わかった。天鬼さんの分の布団とか用意しとくね」


 本当に何も断らないなこの子。初めてのお泊りでしかも二人きりだというのに、二つ返事で了承してとんとん拍子で話が進んでいく。私だからよかったけど、悪い男に言い寄られた時とか怖いぞ。


 そんな私の心配をよそに、話は終わりだと思ったのか彼女はすぐに宿題に目を移してしまった。せっかくのお泊りなのだから、もっとワクワクして、夜は何をしようかとか、ご飯は何を食べようかとかで盛り上がっていいのに。私はもう慣れたけど、この素っ気ない態度は社会に出て交友関係が広がった時に大変そうだ。まぁ、私としても誕生日プレゼント探しに時間を割きたいから構わないのだけど。そうしてお泊りの約束を取り付けた私は、終業式を終えてすぐにプレゼント選びにとりかかった。


 まずは手始めに高校の近くにあるショッピングモールの雑貨店を見て回ったけど、いまいちピンとくるものがなかった。というか、あの子が何をもらったら喜ぶかも知らないのだから探しようがないじゃないか。欲しいものを聞く手もあるけど、せっかくならサプライズにしたい。そっちの方が彼女の心を揺り動かせそうだし。


「……思い返すと、心彩の笑顔って見たことないな」


 数か月の付き合いの中で何度も言葉を交わしたけど、あの子は一度も笑ったことがない。私以外との会話でもそうだ。同級生も先生も先輩も、誰も彼女の笑顔を引き出せた者はいない。そう考えると、あの子を笑顔にしてやろうという気持ちが強くなる。きっとそれが心を開いてくれた証拠だろうから。


 そうやって決意を固めると、天の神様が力を貸してくれたのかアイデアが思い浮かんだ。彼女のすべてを理解なんてしていないのに、このアイデアには妙に自信があった。根拠のない自信に突き動かされ、私は家に帰って早速作業に取り掛かった。


 ラインでの短いやり取りでお泊りの予定を詰め、私の作業も順調に進み、とうとうお泊り当日兼サプライズの日がやって来た。心彩の家は特筆するべきところもない普通の二階建ての一軒家だった。インターフォンを押してしばらくすると、玄関から心彩が顔を出して出迎えてくれた。


「いらっしゃい。私の部屋は二階だから、ついてきて」

「うん。おじゃましまーす!」


 こうやって誰かの家に行くのも久しぶりな気がする。高校生になると、遊ぶ場所は基本的に家ではなくカラオケやショッピングモールなどの施設になりがちだ。私もその例にもれず、高校からの友達の家には行ったことがない。


 案内された部屋はとてもきれいに整頓されていて、自然な雰囲気からこれはお客が来るから掃除したのではなく、普段から整理整頓してるのだとわかる。インテリアの配置も綺麗だし、小物も可愛いし、花畑のようないい匂いもするし、普段の無愛想な態度とは裏腹にかなり女子力が高いようだ。


「お茶かジュースか紅茶かコーヒー、どれがいい?」

「紅茶でお願い」

「わかった。持ってくるから、荷物は整理して端っこにまとめといて」

「りょーかい」


 心彩が部屋から出たのを確認し、持ってきたカバンからプレゼントを取り出す。我ながら可愛い包装だ。可愛い私からこんなものを受け取ったら、例えあの無表情な彼女であっても喜びが顔に出るだろう。プレゼントを渡された彼女の笑顔が目に……浮かばないな。笑顔を見たことがないのもそうなのだけど、あの子の無表情以外の表情を見たことがないから顔がどう変化するのか想像がつかない。


「ごめん、開けてくれる?」

「うん。ちょっと待ってて」


 扉の向こうから心彩の声が聞こえた。扉を開けると、彼女の両手を大きなお盆が塞いでおり、その上には私がお願いした紅茶と彼女の分のコーヒーに加えて、山のようにクッキーやチョコなどのお菓子が積んであった。しかも、安物じゃなくてそれなりに値が張りそうな高級感がある。


「わぁ、すごいね」

「こんなに要らないって言ったんだけどね。お泊りするって言ってからお母さんがなんか変なの」


 心彩はそんな事をぼやきながら、部屋の中心にある白いローテーブルにお盆を置いた。お母さんはかなり歓迎ムードみたいだ。それもそうか。感情を表に出さない心彩は、私からしてもちゃんと交友関係を築けるか不安になる。そんな娘がお泊りするくらいの友達を連れてくるとなれば、安心すると同時に全力で歓迎しなければと使命感にかられるものだ。


「それじゃあ早速作業を始めようか」

「あ、ちょっと待って」


 せっかくのお泊りなのだからもう少し雑談していいだろうに、心彩はすぐに裁縫道具を取り出して作業に取り掛かろうとした。私からすれば作業はおまけで、心彩からしたら作業が本題だからそこの認識の違いはあるとはいえ、心彩はもう少し楽しむことを覚えた方が良いと思う。


「なに」

「ふっふっふ……じゃーん! サプラーイズ!」


 プレゼントが入った可愛いピンクの紙袋を心彩に突き出す。すると彼女は不思議そうな顔をして、プレゼントと私の顔を何度も見比べた。


「え、これ……」

「誕生日プレゼントだよ」


 まだ状況が理解できていない様だった彼女に、目の前にあるのが何なのか説明してあげた。それでようやくプレゼントを手に取ってくれた。心彩はプレゼントをじっと見つめていて、さっきの反応もそうだけど、動揺しているのが手に取るようにわかる。この時点で彼女の心を今までで一番揺り動かせたという手ごたえがあった。そんな心彩が次にいう言葉を今か今かと待つ。


「うれしい」


 笑った。私があげたプレゼントを宝物みたいにギュッと抱きしめて、真っ直ぐ私の目を見ながら花が咲くような笑顔を見せてくれた。


 今までの仏頂面が嘘のような美しい笑顔に目を奪われる。純粋に喜びを表すあどけなさと心を惹きつけられる妖艶さを両立させた奇跡的な笑顔は、不意打ちでくらうには火力が高すぎた。心彩の心を揺り動かしてやると意気込んでいたのに、彼女の笑顔で私の方がかつて無いほどドキドキさせられている。


 小学生時代に好きな人に告白された時も、中学時代に憧れた人から話しかけられた時も、こんなにドキドキしたことはない。ただ心彩が笑っただけで、今までの私の恋が嘘だったのではないかと疑うくらい体が熱くなった。


「……わたしね、人と話すのが、その、あんまり好きじゃなかったの。それで、いつの間にか一人になって……どうやって話せばいいかも、どんな顔をすればいいかも忘れてた。でも、天鬼さんは優しくて、そんな私にも楽しそうに話しかけてくれた」


 心彩はたどたどしく、でも私から目を逸らさずに自分のことを話してくれている。かつてないほど激しい心臓の鼓動に冷静じゃいられなくなりそうだったけど、彼女の本心を聞き逃したくなくて必死に話に耳を傾けた。


「天鬼さんが話をしてくれても、全然上手に返せなくて、その度に愛想を尽かされたらどうしようって怖かった。でも、天鬼さんは私に合わせていろんなお話をしてくれて、手芸部にも一緒に入ってくれた。優しい天鬼さんは私の大切な友達で、だから、お泊まりに誘ってくれたのもすごく嬉しかった」


 彼女の本心がさらに私の心をかき乱す。私が勝手にかまっているだけで、心彩の方は私の事なんか意に介していないって思ってた。でも実際は、彼女は感情を表に出すのが下手なだけで私の事を大切な友達だと思ってくれていた。


 このドキドキを自覚した後にこの事実を知るなんてタイミングが悪すぎる。こんなの、嬉しすぎてドキドキが止まらなくなってしまう。彼女を好きになってしまう。


「誕生日が被ってたのも偶然かなって思ってたけど、こんな嬉しいサプライズを用意してくれてて……天鬼さんのおかげで嬉しいってこんな気持ちなんだって思い出せた。今の私が楽しいって思えるのは、全部天鬼さんのおかげだよ。ありがとう」


 心彩は全てを語り終えると優しくはにかんだ。今度は私が話す番だ。そんなこと分かりきっているのに、私の頭の中で言葉が生まれない。この感覚を知っている。好きな人を前にして緊張し、素直な言葉が言えなくなる感覚だ。やだ。こんなに好きなのに、ようやく心を開いてくれたのに、冷たい言葉を吐いてしまう。彼女に嫌われてしまう。彼女を傷付けてしまう。全部が嫌で口をつぐもうとするけど、そんなの不自然で、もしかしたら拒絶されたと思わせて傷付けてしまうかもしれない。


 ただ彼女の気持ちに素直に応えるだけだ。友達として当たり前のことをするだけだ。私ならできる。いつも通りに友達にやるみたいに話せばいい。そうやって自分を鼓舞して口を開いた。


「あんたに感謝されたって全然嬉しくないんだからね!」


 口から出た言葉は、私の本心とは違う心彩を拒絶する言葉だった。もう手遅れなのに、ハッとして口を両手で覆う。言ってしまった。本当は違うのになんで素直になれないんだ。出来損ないの自分に嫌気がさす。傷付けてしまった彼女がどんな顔をしているか怖くて顔を上げられない。でも、私が傷付けたのだから向き合わないと。全部私が悪いんだから彼女の罵声を受け止めないと。後ろ向きな決意を決めた私はゆっくりと顔を上げた。


「ふふっ、天鬼さんって面白いね」


 私の視線の先にあったのは、傷付けられて悲しむ顔でも、私の態度に怒る顔でもなく、楽しそうな笑顔だった。意味が分からない。私は確かに拒絶する言葉を吐いたはずなのに、心彩は笑っていた。こんな事今までに一度もなくて、なんて言えばわからなくなって固まってしまった。


「ねぇ、これ開けていいかな」

「す、好きにすれば!」


 また語気が強くなってしまう。けれどそんなことは気に留めず、優しい笑顔を私に向けたままプレゼントが入った紙袋を開けると、私が作った手袋が出てきた。ピンクを基調とした私こだわりの可愛いデザインの手袋を見た瞬間、心彩は目を細めた。


「これ手作り? すっごく可愛い」

「て、手作りだけど勘違いしないでよね! たまたま毛糸が余ってて、勿体なかったから作っただけなんだから!」


 嘘だ。あの手袋を作るために足りない毛糸は補充したし、デザインも何時間もかけて必死に考えた。心彩に喜んで欲しかったから。


「天鬼さんが作ってくれた世界に一つだけの手袋……素敵なプレゼントありがとう。私の宝物にするね」


 また彼女が優しく笑う。全然素直になれてないのに、なんでこんな私に優しくできるの。


「ふんっ、勝手にすれば」

「うん。そうするね」


 私の冷たい言葉を受け流し、心彩はずっと柔らかい笑みを浮かべている。その目を見て私は理解した。彼女は私の言葉の裏を分かってくれている。私が優しいってことを信じてくれているんだ。そう気が付いた瞬間、私の心は完全に彼女の物になった。好きな人と両思いになるなんて不可能だと思っていたけど、私のことを理解してくれる心彩とならできる気がした。


「……ありがと」


 心彩に話すと本音を言えないから、独り言として聞こえないように私の本心を口にした。


 それ以降も私が本心とは違う言葉を言っても、彼女は変わらず受け入れてくれた。楽しいお泊り会が終わった後も頻繁に一緒に遊んで、そうやって時間を過ごしていく中で、彼女はだんだん表情豊かになって、口数も多くなってきた。私を見ていると感情の表し方が分かってくるのだそう。


 そして夏休みが終わるころには心彩の仏頂面はすっかり剥がれ落ちて、少しクールな女子高生くらいの感情表現ができるようになった。そして夏休みの終わり頃から心彩は私をツンちゃんと呼ぶようになって、それくらい親しくなれたことが飛び上がりそうなほど嬉しかった。そして私は相変わらず心彩に素直な言動ができないし、名前呼びもできなくなったけど、少しだけ落ち着いて話せるくらいにはなった。


 そして、登校日になって様子が変わった私と心彩を見て、私の友達に好きな人がバレてしまった。好きな子に意地悪する小学生かといじられはしたけど、みんな私の恋を応援してくれた。最近は素直になるための訓練を手伝ってもらっている。


 これが私と心彩の出会いと今に至る経緯だ。今はまだ無理だけど、また心彩と名前で読んだり、告白できるようになりたいなと思いながら、私は今日も恋にあふれる日々を過ごしている。いつか夢見たお姫様になる事を願って。

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