言葉の色で感情が分かる少女はツンデレと相性が良いらしい

SEN

言葉の色と感情の名前

 私の名前は色名しきめ心彩みあ。進学校でもなんでもない、特に歴史が長いわけでもない、平凡な共学の高校に通う女子高生だ。成績は中の上、運動は少し苦手。所属してる部活は手芸部で、先輩たちと協力して作った作品で賞をもらったことがあるくらいの腕前だ。


 好きな食べ物はヨーグルトで、嫌いな食べ物は海苔巻。得意な科目は歴史で、苦手な科目は国語。好きな色は白色で、嫌いな色は黒色だ。


 そんな平凡な私だけど、一つだけ非凡な能力を持っている。


「色名さん、次は移動教室だよ」


 机に突っ伏していた私はその声に反応して顔を上げた。私を起こしてくれた委員長は生物基礎の教科書を持っており、前の数学の授業で居眠りしたまま休憩時間に突入してしまったと理解する。数学の先生は居眠りしてても無理に起こさないから気に入っている。授業態度は減点されるけど。


「ぬんぅ、ありがと」

「あと五分しかないから急いだ方が良いわよ。鍵はここに置いとくから、戸締りよろしく」

「はいはーい」


 委員長は私の机に鍵を置いて、先に教室から出て行った。他に誰もいないのを見るに、間に合うギリギリまで待ってくれていたようだ。私なんか置いて友達と一緒に行きたいと思っているのに、本当にお人好しだ。


「あーあ、呆れられちゃった」


 私の目の前に残る水色の文字をチョンチョンとつつきながら溜息をこぼす。すると水色の文字は霧散し、ガラガラの教室の景色が視界に広がった。


 人が発した言葉の色が見える。これが私の非凡な能力というやつだ。


 詳しく説明すると、色が付くのは私のみを対象にして発された言葉のみ。周りの雑談とか、先生の全体への声かけなどには反応しない。文字の見え方は恋愛シミュレーションゲームみたいに一文字ずつ表示される形式だ。この文字は数秒すれば勝手に消えるし、私の指が触れればすぐに消えてくれる。


 文字の色は言葉に乗せられた感情に応じて変わる。退屈だとか呆れたとかのマイナスな感情は青色、楽しいとか幸せという感情は黄色、怒りとかいらいらは赤色といった具合に大まかに分けられる。他にも色の種類があるし、状況に応じて細かく変化するけど、さすがに多すぎるので割愛する。


 この能力については誰にも話していない。親にも友達にもだ。だって、こんな能力を持ってることを知られたら確実に気味悪がられてしまう。自分の感情が筒抜けな相手と話したくないのは、私にも理解できるから。


「さて、行きますか」


 教科書をもって席を立ち、教室を出てドアに鍵をかける。そして生物室に行こうかとした時に後ろから声をかけられた。聞きなれたその声に振り向くと、予想通りの人物が背後に立っていた。


「こんな時間までぐっすりだなんて、本当にあんたはダメダメね!」


 腕を組んで大きく胸を張り、いまどき珍しいツインテールが揺れる。やたらデカい態度に反して彼女はかなり小柄で、平均身長程度の私でも視線を下げないと彼女の顔が見えない。鮮やかな金髪とお人形さんのような可愛らしい顔つきは存在感抜群だけど。


「待っててくれたんだ。ありがとね」

「は、はぁ!? そんなんじゃないし! さっきまでお手洗い行っててたまたまあんたがここを出てくるのを見かけただけで、全然待ってなんかないんだからね!」

「そっか。でもせっかくだし、ツンちゃんと一緒に行こうかな」

「しょ、しょうがないわね。あんたがどうしてもって言うなら一緒に行ってあげてもいいわよ」

「はいはい」


 「待ってない」っていう言葉は温かい橙色、「仕方ないから一緒に行ってあげる」という言葉は眩しいくらいの明るい黄色、言葉は冷たいのに込められた感情は温かい。彼女は天鬼あまきツンディレ。冷たい言葉とは裏腹に、そこに込められた感情は優しい不思議な子だ。


 フランス人の母親と日本人に父を持つハーフで、6歳のころにフランスから日本に移り住んだらしい。私と同じ手芸部で、彼女が作る物のデザインは彼女自身と同じで可愛らしい。私の誕生日にプレゼントしてくれた手袋は大切な宝物だ。


 そんな不思議で可愛い友達と一緒に私は生物室に向かった。楽しくお話ししながら、彼女の小さい歩幅に合わせるこの時間は数少ない私の好きなもの。きっと私の言葉の色は彼女の金髪に負けないくらい綺麗に輝いているだろう。


 〇〇〇


 ある日の放課後、私とツンちゃんはいつも通り部室に来て作業を進めていた。いつもなら先輩も居るのだけど、二年の先輩は全員課外授業で疲れて帰り、受験勉強で忙しい三年の先輩も来なかったから、私とツンちゃんの二人きりだ。


「今日は静かだね」

「しゃべるなら作業止めて。あんたはダメダメなんだから怪我するわよ。治療のために時間を無駄にする私の身にもなりなさい」


 温かい橙色。私が雑談で手元から目を離して怪我したことがあるから心配してくれているのだろう。真剣に治療してくれたあの時のツンちゃんはかっこよかったけど、同時に本気で心配していた言葉の色を思い出すと心が痛むから言うとおりにしよう。


「そうだね。疲れてきたしツンちゃんとのおしゃべりに集中することにするよ」

「あんたとおしゃべりなんて作業効率が落ちるだけなんだけど、まぁ黙ったままっていうのも気まずいから仕方なくおしゃべりしてあげる」


 心が躍るような明るい黄色。なんてことのない雑談でもツンちゃんは楽しんでくれる。この能力のせいで昔はおしゃべりが苦手だったけど、今はツンちゃんのおかげで好きになってきた。


「ツンちゃんって可愛いよね」

「は、はぁ!? いきなり何言ってるのよ!」


 鮮やかできれいな赤色。怒りやイライラが赤と説明したけど、この場合は照れているというのが正しい解釈だ。まぁ、言葉の色を見なくても頬が分かりやすく赤く染まっているのだけど。


「近くで見てみて改めてそう思ったの。まるでおとぎ話の世界から飛び出してきたお姫様みたい」

「な、なにが目的なの!? そんなに褒めたってなにもあげないから!」

「えー、素直な感想を言っただけだよ?」


 目がチカチカするほど強い赤色。この場合はさっきの照れの感情に動揺が加わっている。いつもは言葉と感情が嚙み合わないツンちゃんだけど、この時だけは素直な言葉と感情を見せてくれる。言葉と感情が違う不思議で面白いツンちゃんも好きだけど、素直なツンちゃんの姿も可愛くて気に入っている。


「……あれ、ちょっと止まってツンちゃん」

「な、なによ」

「そのままジッとしてて」


 彼女の頭に違和感を覚え、近くで観察するために顔を寄せる。するとツンちゃんはさっきより赤く染まって「はわ」と小さい悲鳴をあげた。観察の邪魔だから彼女の桃色の悲鳴を指先で消し、違和感の正体を取り除くために彼女の頭に触れた。


 丁寧に手入れされた彼女の髪は触り心地がよく、欲望に負けてどさくさに紛れて撫でてみると、家で飼っているサモエド犬みたいにふわふわで柔らかな温度を感じた。純真な幼子にいけない事をしているような気分になって、慌てて手を放して冷静な顔を作る。


「はい、毛糸ついてたよ」

「へ?」


 黄色い毛糸を見せて私が目的を果たしたことを告げると、彼女は真っ白い言葉を吐いた。これは彼女自身が感情を処理できていないという色だ。ただ、よく見てみるとうっすらと青くなっていて、落胆のような感情が僅かばかり強いようだ。彼女は何かに期待していたようだが、それが何かは言葉の色だけでは分からない。


「あっちから毛糸を持ってきた時についちゃったのかな。ツンちゃんの髪が綺麗なおかげで気付けたよ」


 小柄なツンちゃんは棚の上の方に置いてある毛糸を取るのに苦労する。今日も黄色い毛糸を取るために頑張って背伸びをしていて可愛かった。この毛糸はその時についたものみたいだけど、毛糸の黄色と彼女の綺麗な金髪では輝きの質が違う。いい隠れ場所を見つけたと思ったのだろうけど、私からしたらバレバレである。


「そ、それならさっさと教えなさいよ! 私はあんたみたいにダメダメじゃないから、毛糸くらい自分で取れるの!」

「ごめん。でも、私がとった方がツンちゃんの髪を傷付けずに済むと思ったから……」

「本当にあんたは……」

「あ! ツンちゃんあぶな」

「いたっ」


 私の忠告が間に合わず、針が彼女の指先に突き刺さる。さっきのやり取りで私が動揺させてしまったせいだ。かなり深く刺さってしまったらしく、痛みで反射的に針を抜いた場所では赤い血が小さな球を作っていた。


「ツンちゃん大丈夫!?」

「これくらい平気よ。裁縫やってたらこれくらいの怪我なんて何回もするわ」


 一見冷静に聞こえた彼女の言葉は黒ずんだ藍色。痛みを隠して必死に耐えているんだ。私が怪我させてしまったようなものなのに、心配をかけないように嘘をつく彼女をどうにかしてあげたい。そう考えた時、むかしお母さんが言っていたことを思い出した。


「はむっ」

「え、えぇ!? 何してんの!?」


 同じように針が刺さって怪我したお母さんが「唾つけとけば治る」と言っていた。その通りにしてみるとツンちゃんはかなり驚いたようで、今日一番の赤色の言葉を吐き出した。言葉の色的にあの時のお母さんは嘘をついていなかったし、もしかして一般には知られていない治療法なのだろうか。


「ひゃにっへ、ツンひゃんがいひゃくないひょうにひへるの」

「こ、こういうのは……うぅ」


 最初は驚いて動揺していたツンちゃんだけど、だんだん痛みが引いてきたのか私にされるがまま指を舐められている。お人形さんみたいに可愛いツンちゃんでも、血は鉄の味がするのだなと思いながら血が止まるのを待つ。


 ツンちゃんの顔が妙に色っぽく見えるのは、二人きりの空間で沈黙を貫き続けてるせいだろうか。それとも、彼女の指の甘さに私がやられてしまったのだろうか。


 自然界の生き物はつがいを探すためにフェロモンを出すという。人間にそんなものがあるかは知らないけれど、もしかしたらツンちゃんの甘い指はそんな役割を持っているのかも。


「ん、止まったね」


 血が止まったから、少し名残惜しいけどツンちゃんの指を解放する。夕陽を反射しててらてらと光る私の唾液まみれなツンちゃんの人差し指は危険な艶めかしさを漂わせていて、もう一度彼女の指を口に含みそうになるのをグッと堪える。


「……ありがと」


 甘ったるい桃色。その色が意味する感情を私は知らない。だって、こんな綺麗な色の言葉は初めてだったから。


「ほ、保健室から絆創膏もらってくるね。血は止まったけど、一応」

「う、うん。よろしくね」


 このままではどうにかなってしまいそうだと思った私は、逃げるように部室を出た。扉を勢いよく閉めて廊下に出ると、壁に背を預けてズルズルと床に座り込んだ。


「なに、この気持ち……」


 心臓が今にも爆発してしまいそうだ。限界までシャトルランをやった後みたいに苦しいのに、毛布に包まれた時のような温かさと心地よさも感じる。


 あぁ、私の言葉の色も見えたら良いのに。


 初めて抱いたこの感情の整理ができないまま、心を落ち着かせてツンちゃんと合流するためにゆっくり歩いて保健室に向かった。

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