(7)現在の過去

         ***

 ずっとかびた変な臭いがするコンクリートに座っていたから、気分も悪くなり足も痺れてきていた。ふらふらとおぼろげに立ち上がった時だった。暗くなり続ける視界の中に二人用ぐらいのベンチがぽつりと寂しげに佇んでいた。そこに腰掛ける。微かにひんやりとしていて冷たい。

 さっきまではなかったのに、とか、普通狭い屋上にベンチがあったら気づくだろう、とか、そういう理性の中から飛んでくるナイフのようなものに神経をすり減らすのも疲れたから、無視して放っておくことにした。

 ――もう疲れた。

 ため息を吐くのも。

 瞑っていたまぶたをゆっくりと上げる。

 辺りは茜色から淡い藍色に変わりこの街を包み込もうとしていた。人間の営みの音が揺らめくろうそくの灯りのように少しずつ消えていき静寂だけが取り残されていった。そんな孤独の中ただただ静かに息をしただ変わりゆく空を眺めていた。今日は快晴だったせいか雲がなく満月に近い自己主張の激しい月がよく見え星もちらほらと見え始めていた。

 この景色、どこかで見た気がする。ふとそんな曖昧な思いがした。既視感というのだろうか。ここじゃないかもしれないしこの景色じゃないかもしれない。でも微かな疑問はやがて明確な強い疑問へと変わっていく。ふと何かが頭の中を駆け巡る。

「……また……と…………られる……な」

 なんだ。誰の声だ。誰の言葉だ。なんて言ったんだ。

ノイズ混じりというか一部分一部分が聞こえなくてなんて言ったのか分からなかった。ひどく狼狽して目の前が真っ暗になった。なんなのかは分からない。でもこの声は決して良い思い出ではない、そう直感的に感じ取っていた。何か触れてはいけないものに触れてしまった、そんな感覚に陥る。また脳裏に何かが横切ろうとする。

 ダメだ。この記憶はダメだ。心から、いや、全身からそう叫んでいた。拒否するように何度も何度も頭の中で繰り返す。ダメだ。ダメだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ!

 しかし、必死の抵抗も虚しく散った。

 もう――

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