第50話 喫茶店にて(隼人視点)
「映画、良かったね」
「ラストは救われたけど、それまで悲しかったよ、本当に……」
映画が終わって出てくると、ちさきは涙で目が赤かった。
「そうだね……結構泣いた?」
「もう、恥ずかしいこと聞かないで」
ちさきは顔を赤らめてモジモジしている。
「ねえ、隼人は消えないよね!」
「それ、言ったらちさきの方がさ。交通事故で本当に心配したんだからさ」
ちさきはそれを聞くとハンカチで目を拭った。
「ごめんね、本当にその件は心配かけました」
「いいよ、ちさきがここまで回復してくれて本当に良かった。もうどこにも行かないでね」
「うん、大丈夫だよ」
そう言って顔を赤らめる。
「お母さんから聞いたよ。毎日のように来てくれてたんだってね。本当に恋人じゃないのに。凄いよ」
「恋人じゃないから、本当はためらったんだよ。もしも、拓也が毎日来てたら、行けなかったと思う」
「そうだね。形だけは彼氏だもんね」
「本当にやばかったよ。あいつが良いやつでよかった。それを利用して近づいてたら、かなわなかった」
「そうだね。もし、拓也がそうしてたら、どうなってたか分からないよ」
「でも、結局、こうなった気もするよ。だって、ちさきは俺のこと覚えてくれていた」
その言葉を聞いて、ちさきは俺に抱きついてきた。
「好き、大好き。もう離したくない!」
「俺もだよ!」
「あー、うざっ、この……マセガキ、ホテルか何かと勘違いしてるのかしらね」
あっ、冷静になって周りを見渡すと、映画館前の待ち合いコーナーだった。しかも、そこにはさっき後ろの席に座っていたアラフォー女子がいた。
「ヤバいね。行こうか」
「そだね、これはまずかったね」
ちさきは俺から離れると手を出してきた。俺はその手をギュッと握る。
「えへへへっ、幸せ……」
「俺もだよ」
「リア充、爆散しろ!」
「あっ……」
まだいたのか。このおばさん、暇だなあ。
「行こうか」
「うんっ」
俺はちさきの手を取って、2階の喫茶店に向かった。
「ちさきはコーヒーかな?」
「うううん、今日はフラペチーノにする」
「珍しいな。ちさきがコーヒー以外を頼むなんて」
「糖分多めな映画の後には甘いのが飲みたいよ。それにね」
「うん」
「真香ちゃんの気持ちも味わってみたかったんだ」
「やめてくれよ。あんな突っ走るのは?」
「大丈夫だよ。わたしはあーはならないかな」
「まあ、そうかもね。じゃあ俺も同じメニュー頼もうかな」
「うん! そうしようよ」
それから俺は映画のことや、アラフォーおばさんのことに花を咲かせた。
「もう、あまり言ってあげると悪いよ」
と言いながらちさきも笑っていた。
「あっ、スマホ鳴ってるよ」
「本当だな。あっ、拓也からだわ」
「……どうしたんだ?」
「あのさ、週末にネズミの国に四人で行かないかって真香がさ」
ネズミの国は、東京で有名なスポットだ。ただ、付き合ったばかりのカップルは別れると言う変なジンクスがあった。
「ちょっと待って、ちさきにも聞いてみる」
「分かった」
俺はスマホを机に置いて、ちさきを見た。
「えっ、ネズミの国……わたし行きたい!」
「大丈夫か? その足の調子とか……」
「週末なら1週間くらいあるでしょ。もう歩けるんだ。後は先生のところに行って許可が取れたら、松葉杖もいらなくなるよ」
「そうか……それと……ネズミの国には変なジンクスが……」
「隼人はそんなこと信じる?」
「いや、信じない」
「なら、いいよ。それに四人だしね」
「分かった」
俺はスマホを手に取り、拓也にわかったと伝えた。
「そういやさ、夜のパレードは遅いから難しいよな?」
「大丈夫じゃないかな? 浦和からなら、そんなに遠くないし」
「なら、最後の夏休み前の週末、楽しもうか」
「うんっ、わたしにとっては長い夏休みの終わりだね」
「本当だな。本当に長かったよ」
そうだ。半年間は凄く長かったよ。それでもこんなに元気になった、ちさきを見てると俺の胸は熱くなってくる。
「フラペチーノ二つでございます。これでお揃いですか?」
ウエイトレスがふたり分のフラペチーノを持って来た。
「うん、大丈夫だよ」
ウエイトレスはそのまま厨房に帰っていく。
「美味しいよ、コーヒーの苦さも良いけど、たまにはこう言うのいいよね」
俺もフラペチーノを一口飲んだ。口の中に甘さが広がる。
「本当だね。真香の気持ちも少し分かるよ」
ちさきとこうして笑い合える日常。以前なら考えられなかった。良かった。本当に良かった。
「それにしても映画のラスト少し違ったね」
「確かに……、小説なら悲恋のままだったんだよね」
「うんっ、次元の狭間を超えて、もう一度出会う。女の子には最高のラストだよ」
「でも、ネットでは賛否両論みたいだよ」
俺がスマホを見せる。この結末には賛成派が多いのと同じく小説が好きな人からは批判もあった。
作者も珍しくこの件には、少しだけ言ってたっけ。
「本当だね。でも、わたしは幸せな結末が良いかな。だって、自分のことなら悲恋なんて絶対嫌でしょ!」
「確かにね」
「私たちはハッピーエンドしかないからね」
「確かにさ」
「もう、みんなとご挨拶も終わったしさ。後は両親に……あっ、それも終わってるのかな」
ちさきは俺をじっと見ながら嬉しそうにはにかんだ。
「いや、まあ流れ的にはそうしないと一緒に行けなかったしさ」
「なんか誰も反対ないから、このまま大学出たら結婚とかもいいかも」
確かにそうかもな。俺はちさきが好きで、ちさきは俺が好き。子育てとか本当に大変と聞くが、ちさきとなら辛いことも乗り越えていけると思う。
「赤ちゃん2人くらい欲しいかな」
それを聞くと、ちさきは頬を染めた。
「ちょっと恥ずかしってば」
「なんで……」
「だって……、その……、赤ちゃん産むにはね」
「ごめん」
ちさきは俺の耳元に近づいて小さく呟いた。
「いい……欲しいのはわたしも……だからね」
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