第44話 真香の父(隼人視点)
「母さん、俺は隣にいる
と付き合ってるんだ」
「えっ!? そうなの。わたし、てっきり真香ちゃんと半年前から付き合っていたから、信じたんだけども……」
「うん、実はさ」
俺は母さんにこれまであったことを包み隠さずに話した。
「ちさきちゃんと隼人が兄妹って、あり得ないわ。それをなぜ、先にわたしに聞かないの? あなたはわたしの息子よ。それ以外あり得ない。もちろん、ちさきちゃんも間違いなく、凪乃さんの家の娘よ」
俺は驚く母親に今までのことを細かく説明する。
「なるほどねえ。ちさきちゃんの性格なら、ハッキリと聞かないよね。それを読んで、真香ちゃんは嘘をついて、みんな騙されちゃったと言うのね」
母親は割と簡単に理解してくれた。そして、腕を組んで考え込む。
「お父さん同士の話し合いの前なら、断るだけで済んだのにね。お互いの気持ちが一番だから、無視しても構わないけど、それだと真香ちゃんのお父さんが嘘を信じたままになってしまうよね。今後のうちとの関係を考えたら、ちゃんと説明した方がいいと思う」
「うん、俺もそう思って早く帰ってきたんだよ」
「そっかー、それにしても……」
母親は俺からちさきへと視線を向けて、頭を下げた。
「隼人のこと、よろしくね。本当に思ったら突っ走る猪みたいな性格だから、手綱だけはちゃんとしてね」
「はい、分かってます」
ちさきはニッコリと微笑む。まあ、幼馴染だし、お互い良いところもダメなところもよく知っている。それも含めて好きになったんだ。
「あっ、そうだ! 今まで気を遣ってたけど、今後は来る機会も増えるだろうから、お花の手入れ手伝ってくれる? わたし、本当にダメでね」
「はい、お母様、今はこんなんだから教えるくらいしかできませんけど、治ったらわたしも育てたいです」
ちさきも拒絶されなくて、ホッとしてるだろう。正直、母親の性格に救われた気がした。
「それじゃあ、今後のことだけれども、真香に直接話すのがいいか。それとも真香の父親に直談判してから、真香に話すのがいいのかな」
真香に話したって、父親に話が行く保証がない。それに、嘘をついてここまでしたことをどうしても許すことができなかった。
「院長に連絡取りたいのだけれど、直接行っても会うのは難しいよね」
「そうだねえ。そうだ、確か携帯番号教えてもらってたんだ。ちょっと聞いてみるね」
母親は自分のスマホを取り出して電話をかけた。少しの時間なら時間があるとのことだった。私的な話なので、喫茶店で話そうと言うことになり、母親にタクシーを出してもらい俺と母親とちさきで目的の喫茶店に向かった。
――――――――
「ごめんなさい。少し遅くなりました」
真香の父親は流石に院長という職業柄、絵に描いたような優しそうな人だった。
「おや、そこにいるお嬢さんは?」
俺が真香の婚約者と思っている真香の父親は、隣にいるちさきの姿に少し驚いた。
「すみません。無理言ってね。そのことも含めて、先にわたしから説明しますわ」
母親はちさきとの関係を説明すると誤解を招くと思い、先にこれまでの話を説明してくれた。
ウエイトレスの持ってきたコーヒーを飲みながら、真香の父親は何度も頷いていた。
表情は険しくなって行ったが、それでも怒ることはない。
母親が話を終えた後、少しの間何も話さない。考えているようだった。
「なるほど、今回の話はうちの真香が勝手にやったことだと、そういう事ですね」
「言い方は悪いですが、簡単に言うとそう言うことになります」
はあっ、とため息を吐き出す。
「まず、前提条件をお話し致します。わたしはちさきさんのことは調べてきませんでしたが、病院のカルテから隼人くんの出生だけは調べました。それを見れば出生時に戸籍の移動があったと言うことは全くないと断言できます」
ここで真香の父親は、一旦言葉を切った。
「また、うちの家内から隼人さんとちさきさんが兄妹で、養子縁組で他の人の養子になったと言う話も聞いたことがありません」
そのまま、真香の父親は大きく頭を下げた。
「うちの真香が申し訳ございませんでした。そんな嘘をついて結婚したら不幸になる。なぜ、そんな簡単なことが分からないのでしょう」
「あまり、真香さんに厳しくは言わないであげてください」
「いや、これは親としてちゃんと言っておかないとダメです。これはやってはいけない嘘です」
そうだ。遅ければ遅いほど俺たちは傷ついた。取り返しのつかない嘘だ。
「本当に良かった。ちさきさん、うちの真香がすみませんでした」
「いえ、わたしは大丈夫ですから……」
「そうだ。その怪我の治療費は払われていますか? 払われていてもいい。精神的な苦痛として、お金をお支払いしたい。その怪我は真香が嘘をつかなければ、起こらなかったことです」
凄い責任感だと思う。やはり、頂点に立つ人間は違うと思った。
それとともに、真香の今後が本当に心配になった。
「あの真香はこれからどうなりますか?」
「親であることは辞めることはできませんが、わたしは、真香に東京病院を継がせることは諦めました。もちろん、結婚相手にもです。頂点に立つ器じゃない……」
真香の父親は決心したようにそう言い放つ。
「すみません。その事実を伝える前に、少し話させていただけませんか? 幼馴染として最後に伝えられることを伝えたいと思います」
「分かりました」
真香の父親は厳しい顔つきで俺を見た。
「頭も良くて、いい顔つきをしてる。本当に惜しい、真香のことと関係なくうちの病院に欲しかったな」
「いえいえ、そんな大したことありませんから……」
真香の父親は本当に俺を買ってくれてたんだな。俺はその事実が嬉しかった。
「お金のことはいいですから。これは単なる交通事故ですから、気にしないでください」
「いえ、そう言うわけには……」
真香の父親は俺から視線を離し、ちさきをじっと見る。
「なるほど、簡単には引き下がりませんな。分かりました。でも、このお返しはきっと致しますので……」
真香の父親はそれだけを呟くように言った。
俺はこの事実を真香に伝えないといけない。これが幼馴染だった者として言える最後の忠告なんだ。
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