第34話 新幹線のふたり(隼人視点)
東京駅のホームには、ちさきとちさきの母親が待っている。
息を切らせて階段を駆け上がる。もう少しだ。もう少しで、ちさきに会える。
「走らなくても、大丈夫だって」
階段の上からちさきの声がした。俺は少しでも早くちさきに会いたくて、走る足に力を入れる。勢いよく駆け上がり、ホームにたどり着いた。
「もう、どこから走ってきたのよ。肩で息をしてるじゃない」
「それでも、……早く会いたかったんだ」
「ゆっくり歩いて来ても逃げないのに」
「遅かったら、お父さんが連れていっちゃうかも……」
「もう、お母さん!」
「冗談、冗談、それより隼人くん、ちさきのこと、よろしくお願いしますね」
「はい、どんなことがあっても守ります!」
もう、絶対に一人にしないよ。
「カッコいい。ファンタジー小説の主人公の台詞みたいね」
「力が入りすぎました」
「若いっていいわね。ちさき、惚れた?」
「もう、昨日からずっと、そればっかり……」
「娘のことだもん」
「そんなこと言っても何も出ません」
ちさきの母親は俺に耳打ちをする。
「まあ、そんなことだから頑張って」
「えっ!?」
その時、ホームにアナウンスが鳴り響いた。
「2番線に博多行きのぞみ号が到着いたします」
余裕をもって出たつもりだったけども、結構ギリギリだったんだな。
「じゃあ、よろしくね。隼人くん、これ、ちさきと隼人くんのお弁当」
「えっ!? そんな悪いですよ」
「せっかくの旅行なんだから、楽しまないとね。ちさきが作りたがったんだけど、さすがに松葉杖で料理は無理よ」
「お母さん、言わないでよ」
ちさきが恥ずかしそうにした。ちさきの手料理食べたかったな。
「本当にありがとうございます」
「ちさき、楽しんできな」
「うん、お母さんありがとう」
ちさきが乗るのを待って、俺はのぞみに乗り込んだ。入って一番前なので松葉杖のちさきでも楽に乗り込めた。
「へへっ、窓際だよ。あっ、ごめん、こちらの方が良かったら言ってよね」
自分が子供ぽかったと感じて、俺にそう聞いてくる。
「大丈夫だよ。俺は車窓を楽しげに見てるちさきを見てる方が楽しいよ」
「なに、それ。凄く恥ずかしいんですけれども」
「はははっ、恥ずかしそうにしてる、ちさきも可愛いよ」
「もうっ、子供っぽいって思ってるんでしょ。そんなことないんだからね」
「思ってないって……」
「うううっ、絶対思ってるよ」
「だから、思ってないって」
「まあ、それはさておき、真香ちゃんとのお話……、決着ついたみたいね」
「うん、拓也にも来てもらったんだ」
「そっか……、真香ちゃん少し可哀想……」
「自業自得だと思うけどな」
「そんなこと言ったらかわいそうだよ。頑張ったんだよ。真香ちゃんは恋に必死だったんだよ」
「そうか……、そう考えると頑張ったんだよな」
「あっ!?」
「どうした?」
「なんか、みんなのこと考えていたら、朧げながら思い出して来た。少しだけだけどね」
「ゆっくり思い出していけばいい。焦る必要はないよ」
「そうだね、……ただ、当時のわたしは余裕なかったなあ、って、なんで隼人に相談しなかったんだろうね」
「幼馴染だったけれども、お互いに本当のことを話してなかったんだよ」
「そうかもしれないね。わたしも隼人に気を遣っていた」
「で、広島着いたらどうするの?」
「お母さんがおじいちゃんに彼氏連れて行くって言ってるらしい」
「ええええっ!?」
「お爺ちゃん、良い人だけど、ちょっとうざく感じるかも」
「えっ!?」
「着いたら、結構いじられるかもね」
「まあ、男が行くって聞いたら興味はあるかもな。俺、急に行って嫌がられてないだろうか?」
「大丈夫だよ。みんな、隼人の来るの楽しみにしてるって。でも、楽しみにしてるのは、わたしじゃないの、って思うよね」
そう言って、ちさきは口を尖らせた。
「まあ、いいじゃないか。ちさきが誰を連れてくるか楽しみなんだよ」
「そうなのかな。まあそう言うことだから、初日は謄本取りに行けないよ」
「予定は三日もあるから、その中で取りに行けばいいと思う」
「だねえ、もう殆ど分かっちゃったし……」
「えっ!?」
「内緒!」
そう言って、ちさきは俺を嬉しそうに見た。
「それにしても懐かしいなあ。隼人と一緒に旅行なんて、小学生の時以来だよ」
「確かにな。しかも今日はふたりきりだよ」
「なんか、その言い方がやらしい」
「ごめん。そんなつもりじゃ……」
「へへっ、冗談だよ」
ちさきのポニーテールの髪がエアコンの風に少し揺れた。交通事故から半年以上が経った。ずっと目を覚まさなくて、もう駄目かと思ったけれども、元気になって本当に良かった。記憶も少しづつだが戻っていってるようだ。
「あーあ、真香ちゃんと仲直りしたいな」
「仲直りって、喧嘩してないよ」
「でも、結果として、隼人と真香ちゃんが別れるきっかけになってしまったみたいだし、はいそうですか、とはいかないよ」
「でも、きっと分かる日が来るよ。そうだ、俺は喫茶店から先に出たんだけど、その後も拓也が真香の愚痴を聞いてるらしい」
「本当に拓也くんっていい人ね」
「拓也と付き合った方が良かったんじゃない?」
「そうかもしれないね」
ちさきが俺の瞳をじっと見た。その不安そうな瞳が物語っている。そうか、俺にこの言葉を否定して欲しいんだね。
「もし、そうなってたら、俺凄く落ち込んだよ」
「それでも、わたしが交通事故になったら、真っ先に駆けつけてくれるよね」
「そうだね、って……これ俺がやったことだよ」
ちさきがその言葉を聞くとけらけらと笑った。
「拓也くんは、わたしを待たなかった。隼人がいたからと言うのも当然あるよ。でもね、わたしにとっては、それが全てなんだ」
ちさきは俺から視線を離して車窓をじっと見ていた。どこまでも続く田園。その田園の列を凄い速度で通り過ぎていく。
「あの時、わたしの中で決着がついちゃったんだよ。前の隼人なら、兄妹だと言う理由だけで、真香ちゃんに渡した。でもね……」
ちさきは、こちらを振り向いた。
「今のわたしには、隼人しかいないよ。例え兄妹だとしてもね」
俺はゆっくりとちさきに近づく。目の前にちさきの唇があった。その艶やかな唇に俺は吸い寄せられるようにゆっくりと近づいた。唇と唇が触れる少し手前。その時、俺の後ろから声がした。
「いいねえ、若いと言うのはねえ」
「えっ!?」
俺はちさきの肩から手を離して、慌てて振り返った。
「なんだ、やめちゃうのかい」
通路を挟んで隣の席の老婆が俺たちをガン見していた。他にも数人が俺たちのことをじっと温かく見守っている。
「わたしを気にしなくていいよ。キスするんだろ。ほら、わたしに気にしないで、しちゃってよ!」
「そんな、……ことないですから」
俺とちさきは思わず俯いてしまう。やばい、本当に周りを見てなかった。ちさきは話を切り替えるために老婆に話しかけた。
「そうだ、おばあちゃんはどこに行くんですか?」
「わたしかね。わたしはお墓参りに久しぶりに行くんだ。いつもは足腰が弱ってて、断ってるんだけどね。従姉妹の孫が彼氏を連れて来ると言うから、是非来てくれって」
それを聞いたちさきは目を丸くする。
「えっ!? もしかして……、ちはやおばあちゃん?」
「奇遇だねえ。そう言うあなたはちさきかね。そして……彼氏の……」
「いえ、彼氏じゃないです」
「ええ、そうなのかい」
俺は思わず頭を抱えた。まさか見られたのが、ちさきのばあちゃんの従姉妹だったなんてさ。
――――――――
おばあちゃんの登場ですか。
かなりの騒ぎになりそうですね。
読んでいただきありがとうございます。
二人の今を良かったと思ったら、⭐️いただければ頑張ります!
よろしくお願いします。
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