第33話 真香との喫茶店(隼人視点)

「いらっしゃいませ」


 俺が喫茶店に入ると窓際に真香が座っていた。


「俺もコーヒーもらえますか?」


 店員がコーヒーを置くのを待って、俺は真香の方をじっと見る。真香に対する気持ちは一言で言えるものではない。騙された気持ちがあるのも事実だ。それでも、辛い時も一緒にいてくれた感謝の気持ちもある。


「真香、今から話すことはもしかしたら、お前を傷つけてしまうかもしれない」


「えっ!?」


 真香は目を大きく見開いて驚いた。きっと予想もしてなかったに違いない。ちさきも俺もこの二週間気づかないように細心の注意を払ってきた。


「実はさ。拓也に全て聞いたんだ」


 拓也は俺に言わないと心のどこかで思っていたのだろう。だから、大根役者のちさきの演技でも気づけなかったんだ。


「えっ、ちょっと待って、それってどう言う意味!?」


 どう言う意味という割には、この一言で全てを理解したという顔をしたが、それでもきちんと話してあげないとならない。それが真香と半年を過ごした俺の責任だ。


「ちさきと拓也が恋人同士と言うのは嘘だったんだね」


「そっ、それはちさきちゃんがわたしのためにしてくれたことなの」


「うん、知ってるよ」


 そう、俺は全てを知っている。真香が人に嫌われないように上手く話せることもね。


「でもね。それは……、別の理由があったの」


「うん、そうだね。俺とちさきは兄妹かもしれないもんね」


 この話には真香も驚かなかった。拓也とちさきの話が出れば兄妹の話をしないわけがない。


「そう、拓也に全て聞いたのね。騙したことは謝るよ。でも、仕方がないじゃない。ちさきちゃんは、自分が結ばれないなら、隼人が好きと言ったわたしの気持ちを優先してくれた。それだけなの」


 いや、それだけじゃない。少なくとも、拓也からはそう聞いていない。


「でもさ、俺とちさきが兄妹の可能性は必ずしも高くないと聞いた。そうだよね」


「そんなことはない。兄妹よ、だってお母さんが見たもの!」


 瞳に涙を溜めて真香が俺をじっと見つめる。そうかここまで来ても広島行きの話はしないのか。


「どちらにせよ。真香、ごめん。俺はちさきと兄妹であってもなくても、真香と恋人でいることはできない」


「どうして! わたしがこの半年ずっとどういう気持ちでいたか知ってるよね。わたしはずっと隼人を支え続けた。なのに……、それはあんまりじゃない!」


「支えてくれたことには感謝してるよ。確かに一番辛い時にいてくれたことは事実だ。でもね……」


 俺はあくまでこの部分には、詮索しないようにしようと思った。真香にとって良い思い出で終わらせてあげたい。


「ちさきと拓也が付き合ってないのであれば、俺はちさきの側にいるよ。たとえ兄妹であってもね」


「どうしてなの。悪いのはわたしじゃないわ。嘘をついたのも、ちさきなの! どうしてわたしだけ酷い目にあわないとならないの!」


 そこまで言われるとは思わなかった。悪いのは、ちさきか……。ちさきを騙して、兄妹は確定しているように言ったのは真香なのにね。それでどれほどまで、ちさきが苦しんだか。分かってるのだろうか。


「そっ、そうよ。わたしは悪くない! 隼人はちさきのことを美化しすぎなんだよ。わたしが騙していたのなら、ちさきも拓也も同罪なんだよ!」


「そうか……、真香はそこまで言うんだね」


 さっきまでは、今後も幼馴染として友達を続けることができたらいいな、と思っていた。でも、そこまでちさきや拓也を侮辱するのならば、もう我慢する必要なんてないよな。


「真香にとって、拓也をどう思う?」


「最低な男だわ。記憶喪失の彼女に会いにも来ない」


「それは、本当の彼氏じゃないからでは?」


「ちさきはそう思わないわ。来なければ傷つくはずよ」


「じゃあ、拓也は最低な奴なんだね」


「そうよ。最低だわ。今回の話だってそうよ。自分も責任あるにも関わらず、わたしに全てをなすりつけて、本当に最低な男だわ!」


「そうか。……俺ってそんなに酷いやつなんだな」


 後ろに座っていた男がこちらに振り向くのが分かった。


「た、拓也……なぜ、あなたがここに」


「さっきから居たんだよ!」


 そう、どこで気がつくかとドキドキした。真香に見えないように拓也は細心の注意を払って俺の後ろの席に着席した。全て計画通りだった。俺一人だったら真偽が分からない。拓也にこの計画を話したら快く引き受けてくれた。


「ひっ、卑怯よ!」


「真香! 俺は何も卑怯なことはしてないぜ。俺に聞かれたら困るようなことをお前が言ってるんだよ。分かれよ!」


 拓也は真香を思い切り睨みつけた。


「酷いよ、拓也も隼人も……、なんかわたし一人が悪者みたいじゃない」


 真香はハンカチで目を覆う。泣き真似も本当に上手いな。要するにここからは泣いて誤魔化すつもりなんだ。


「お前以外に誰が悪いんだよ。そりゃさ、兄妹だと信じて隼人を騙したちさきもそれに乗った俺も悪いけどよ。でも、そもそもお前のためにやったんだよな」


「わたしは隼人の彼女を辞めたくない。ねえ、わたしの気持ちわかってるよね。わたしは隼人が好き。きっと、ちさきちゃんよりもずっと好きなんだよ。分かるよね」


 真香が俺を好きなのは事実だろう。でも、だからと言って嘘をついていいわけではない。真香の話を容認することは絶対してはならない。


「俺はそうは思わない。実はね、二週間前にちさきに会って話をして、お互いの気持ちを確かめあった。まだ、好きとは言ってないけど、ちさきの気持ちはよく分かったよ」


「簡単にわたしに譲るなんて、本当に好きじゃないんだよ! 分かって隼人!」


「ふざけるな、全てお前がやったんだろ! どこまで悲劇のヒロインなんだよ」


 俺は思わず語彙が強くなる。


「そう言うわけだから、ごめんだけど、もう真香を好きになれない」


「お願い! わたしには隼人しかいないの!」


「悪いけど、他の人を好きになって。それだけ上手く話せれば誰でも騙せるよ」


「騙すなんて、酷い」


「まあ、それは言い過ぎか。後さ、広島に行く予定。この期に及んで言わないんだね」


「嘘! ちさきはそんなことまで言ったの」


「うん、その話、俺と行くことになったから、ごめんね」


「ちさきちゃん、酷すぎるよ。友達と思っていたのに」


 これ以上、真香の話を聞く意味はない。


「拓也、あとは頼むわ」


「待って! 話し合えばきっと分かるよ」


「ごめんだけど、東京駅でちさきが待ってるんだ」


 俺はそれだけ言うと、泣き叫ぶ真香を無視して喫茶店を出た。


「拓也、悪いな」


「いいよ、こいつだって幼馴染だからな」


 拓也なら真香の愚痴をずっと聞いてくれる。本当にいい奴だ。






――――――




 いつも読んでいただきありがとうございます。十万字前後で終わらす予定でおります。


 そのくらいで解決いたします。


 よろしくお願いします。

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