第31話 屋上菜園(隼人視点)

 本当に来てくれるだろうか。俺は六時半になると病院に向かった。病院の屋上は八時まで入院患者のために開放されいて、患者達が作る菜園などもあり、リハビリの一環として用意されている。もちろん、落下防止用の大きな柵があり、落ちて命を落とすようなこともない。


 俺は中央のベンチに腰かけて、ちさきが来るのを待った。毎日リハビリをしているとは言っても、松葉杖のちさきにとってはここまで来るだけでも大変だろう。ちさきの病室で話すことも考えたが、話が真香に漏れるのが怖かった。


「ねえ、こんなところに呼び出して、わたしをどうするつもりなの?」


 ちさきが扉を開けて微笑みながらゆっくりと歩いてきた。松葉杖の練習をしていると言ってもまだまだ、ぎこちない。そのまま俺の隣に腰掛けた。


「ごめんな。こんなところまで呼び出して……」


「いいよ。でも、ひとりで来るの思ったより大変だね。リハビリの時は、看護師さんに手伝ってもらってるからね」


「そうなんだ。ちさきは退院したら温泉に行くんだろ。大丈夫かな?」


「うーん、どうなんだろう」


 ちさきが、あはははと笑った。本当に嘘が下手だよな。


「で、広島のどの温泉に行くんだ?」


「えっ、広島の?」


 ちさきが大きな瞳をさらに大きくして、俺をじっと見た。


「広島なんて流石に遠すぎて……行けない……」


「でも、行くんだろ?」


「えと、その……ごめんなさい。広島に行くって話は、真香ちゃんから聞いたのかな?」


「いや、真香には聞いてないよ」


「じゃあ、どうして?」


 ちさきが俺を不安そうに見てくる。ちさきにとって、俺が知ってることは意外だったのだろう。


「俺も拓也に聞いて、大体のことは知ってるんだ」


「そうなの?」


「うん。ちさきは拓也と付き合ってないんだよな」


「えと、その……どうなんだろう。記憶が曖昧で分からないや」


 真香から口止めされてるのか、微妙な笑みを浮かべた。


「隠さなくていいんだよ。そして、ちさきは俺と兄妹だと真香から聞いたんだよな」


「どこから、その話知ったの?」


「真香が知ってることは、拓也も知ってるんだよ」


 俺はちさきの手を握った。


「ちさき、話して大丈夫だよ」


「えと、その……ちょっとどうしていいか分からない」


「どうもしなくていい。ただ、俺が話すことは真香には秘密にして欲しい。真香は俺と付き合うためなら手段を選ばない」


「そうなの? 真香ちゃん、すごく優しいと思うけど……」


「俺も拓也から教えてもらうまで、そう思ってきた。でも、本当は違うんだ。真香は俺とちさきを引き離そうとしてるんだ」


「そんなことは……、でも真香ちゃんは隼人の彼女だよね。だったら!! 仕方ないと言うか……」


「真香が俺の彼女になったのは、ちさきが拓也と付きあったからなんだ。俺はちさきと拓也が屋上でキスをして、ホテルに入って行くのを見て、正直ちさきを信じられなくなった」


「そんな……、えと、わたし……」


「俺は呆然としてしまい、ホテル前で真香に唇を奪われるんだ。その後、告白され流されるまま真香と付き合うことになる」


「えと、そのわたし……拓也と、その……」


「大丈夫。拓也から全部聞いたよ。ちさきと拓也は何もしてない。キスはうまくしてるように見せただけだし、ホテルには行っただけ何もされてない」


 それを聞くとちさきは、大きく息を吐き出した。ちさきならば、キスや行為に大きな責任を感じるだろう。本当に何もなくて良かった。


「わたし、そんなことしたんだ。そうか、兄妹だからだよ。兄妹なら結婚はできない。隼人を幸せにできない。なら、幼馴染の真香ちゃんと幸せになって欲しい。わたしなら、きっとそう思うはず……」


「真香から聞いた兄妹と言う話。でも、それすら確実なものじゃないんだよ」


「えっ!?」


「ちさきの心の中に真香はうまく入り込んだんだよ。真香の言葉を信じたちさきは真香の恋を自分の代わりとして成就させようとするんだ」


「それは知っている」


「でも、兄妹と言った真香の母親の言葉は確実なものじゃない。勘違いの可能性だって充分あるんだ」


「そうなの?」


 ちさきは上目遣いに俺を見た。


「うん、拓也が色々聞いたみたいだが、信用できる話は俺の母親のところに二人の子供がいたことだけなんだ」


「それなら、兄妹じゃない可能性も高いよね」


「うん、俺のところとお前のところは家族同然の付き合いをしてるから、一時的に預かった可能性だって充分ある」


「そうなんだ」


 真香は俺とちさきが兄妹だと言うことを誇張させている。冷静に考えると、兄妹の可能性さえ低くなってくる。それより……。


「真香から俺とふたりで会わないように言われてないか?」


「うん、言われてる」


「俺もずっと監視されてて、今回もどうやってふたりで会おうか悩んだくらいなんだ」


「でも、それは……隼人と真香ちゃんが恋人だからだよね」


「確かに一度不本意ながら唇を奪われたからな。でも誓ってもいい。それ以上のことはやってない」


「嘘!? 真香ちゃんは関係を持ったって言ってたよ」


「本当かよ。あいつそこまで嘘言ってるのか?」


「それも嘘、なの!?」


 俺は、ちさきの肩に手を回し抱きしめた。ちさきのドクンドクンという鼓動の音がすぐそばに聞こえる。


「なんか落ち着いてくるね」


「俺もだよ……」


 「なんか、嬉しい。わたしね、その隼人のことが兄妹かもしれないのに……その……。変だよね……」


「変じゃないよ」


 兄妹の可能性は未だ存在する。そのため、今は言うことができない。


「なあ、ちさきは広島のおじいちゃんの家に行くんだろ?」


「うん、実は広島のおじいちゃんから来ないかと言う話があって、絶対に行こうと思った!」


「戸籍謄本か?」


「そう……、戸籍を見れば、もう苦しまなくて済む……」


「でも、一人で行くわけじゃないよな?」


「両親は北海道の親戚の家に行くことが決まっていて、わたし一人で行く予定だったんだよ。でも、今の身体じゃ一人ではいけないから……」


 俺は最悪の可能性を考えた。


「広島には真香と行く予定になってるのか?」


 ちさきは何も言わずに、ゆっくりと頷いた。


「それは危険すぎる……。真香は悪い娘ではないのだけど、今は俺へのことでおかしくなっている。真香にとって、ちさきはいないほうが都合がいいんだ」


「えっ!?」


「言った通りの意味だよ。もちろん、危害を加えてくるかは分からない。でも、もし兄妹じゃなかったら、何をされてもおかしくない」


 ちさきが震えているのが分かる。怖いのだろう。俺はこの恐怖から、ちさきを解き放ってあげないといけない。





――――――――




やっと想いが伝わりました。


さて、これからどうするのでしょうか?


読んでいただきありがとうございます。


いつものちさきちゃんイラスト置いておきますね。


https://kakuyomu.jp/users/rakuen3/news/16817330663799452142

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