第29話 どうするべきか(隼人視点)

「おかえりなさい!」


「あっ、おかえり……」


 俺が病室に入るとちさきと真香が仲良く話していた。いつもの俺であれば、真香に感謝さえしただろう。


「ただいま。ちさき元気そうだな!」


「そう見える? あのね……2週間後に退院できるんだよ」


 その言葉に真香が顔をしかめた。俺に聞かれたくなかったようだ。


「ちさきちゃん、リハビリ頑張ったからね。で、帰ってすぐだけど、ご家族と温泉に行くんだよね」


「えっ!?」


 ちさきの蒼い瞳が大きく見開いて、真香の方をじっと見た。


「えと、それで良いの?」


「いいって、さっき、ちさきちゃんから聞いたんだよね。何言ってるのよ」


 真香は笑っているように見えるが、目が笑ってない。俺は唾を飲み込んだ。真香は嘘をついている。


「あっ、そうだったよね。ごめんね、わたし……頭打ったからか、たまに変なこと言うね」


 ちさきは真香に話を合わせてるようだ。ちさきが真香から口止めされてることは確かなようだ。


「それは良いかもな。温泉か、俺も久しく行ってないよ。行きたいなあ」


「ダメだよ、家族水入らずなんだからね」


 おかしい。いつもの真香ならば、じゃあわたしと温泉に行こうか、と誘ってきてもおかしくないのに、なぜか、そうしない。


「だよなあ。それに俺には真香がいるのに、ちさきと一緒に旅行なんて行けないよな」


「えっ!? りょ、旅行かあ……えと、その」


「ちょっと、ちさきちゃん!!」


「あっ、ごめん。わたし……、その拓也くんいるから駄目だよ……ね」


 そう言って、真香の方に上目遣いで顔を向けた。これで良いよね、と言っているのが丸わかりだった。


 正直、ちさきは大根役者だ。拓也とのキスやホテル騒動は俺が冷静さを欠いていたことと、他の人間が周りにいたから気づけなかったが、こうして見ると言わされてるのが丸わかりだった。


「そうだよ。俺にも真香がいるしな」


 こんな事を言わなくてはならない自分に腹が立つ。ただ、真香の今までのことを考えると、こいつは何をしてもおかしくない。


「そうだよ。隼人にはわたしがいるんだからね」


「じゃあ、勉強しようか。お盆までに退院するなら、勉強も頑張らないとな」


「そうだね。頑張らないとね。わたしだけ2年やり直したくないよ」


「うん、ちさきなら大丈夫」


「そうだよ。ちさきはわたしより地頭がかなり良いんだからね」


 真香がニッコリとフォローを入れる。いつもなら、俺が真香にツッコミを入れるのだが、こいつの腹黒い根回しを見てると気分が悪くなった。退院すれば真香から、ちさきを守りやすくなると考えていたが、それでは駄目だ。この二週間が勝負になる。


「じゃあ、勉強始めるぞ」


 ちさきは先生の作成してくれたテキストと俺の書いたノートを取り出して、嬉しそうに俺の授業を聞いて、分からないところは的確に質問してきた。


「やはり、ちさきは頭いいよ」


「そんなことないよ。どんなに頑張っても隼人に勝てないんだからね」


「まあ、それは無理だな」


 やはり兄妹なのだろうか。二卵性双生児ならば、頭の良さも遺伝しやすいだろう。兄妹でも構わないが、出来ればそうじゃない方が俺は嬉しい……。


「ちえっ、頭の出来が違いますよね」


 ちさきが頬を膨らませる。本当に可愛いよな。天使が地上に舞い降りたようにさえ思えてしまう。しかもこいつ性格もいいんだよ。


「ちさきちゃんが、頭の出来とか言ったら、わたしなんてどうなるのよ」


「ええっ、真香ちゃんだって、きちんと勉強したら、きっと頭いいよ」


 そうだな。ここまで俺を騙すんだ。正直言って凄いよ。


「じゃあ、今日の問題やるぞ」


「ええっ、またテストするの嫌だよ」


「ふふふっ、真香ちゃん。テスト嫌いだもんね。でも、今回のテストは勉強した範囲だから余裕だよ」


「それは、ちさきちゃんだからだよ」


「まあ、そう言うなよ。ジュースでも買ってくるからさ。ちさきはアイスコーヒーで……」


「わたしは、アイスココアでよろしく」


 真香は俺が買うとも言ってないのに催促してきた。正直、ちさきだけに買いたいが、そんなことできるわけもない。


「分かった。じゃあ頑張れよ」


「はあい」


 俺はふたりが問題を解いてるのを見て、病室を出た。思わず溜息が出る。正直、拓也の話を聞いてなければ気がつけないことばかりだった。


 俺はエレベーターでコンビニに向かう途中、今のことを整理してみた。


 まず、真香は俺に何かを隠している。恐らく旅行の内容だろう。温泉に行くのは、両親じゃないのか……。


 両親と行くのなら、口止めはしない。恐らく両親とは行かないのだろう。では、目的地は真香の言ったように温泉なのだろうか。いや、温泉である可能性も低い気がした。


 普段のちさきなら、お盆は広島に帰っていた。それに気がついて、俺は顔から血の気が引くのを感じた。


 そうか……、広島に行くんだな。で、おそらく両親は何か理由があって行けない。


 ちさきの母親に聞くという手もあるが、真香がどこまで手を回してるか分からない。これは危険な賭けになる。


 ちさきにスマホで聞く方法もあるが、顔が見えないところで、聞くのは正直危険だ。もし、ちさきが俺の真意に気づかないで真香に漏らせば、その後どうなるか分からない。


 まず、ちさきの身の安全を確保しないと。それこそ、ぶつかって転かせるだけでも、今のちさきは大きな怪我をする。


 あいつなら、やる……。


 俺はコンビニでアイスコーヒーふたつとアイスココアを買って、病室に戻る間ずっと考えていた。


 どうすれば、真香を引き離すことができるか。ちさきとふたりきりで話がしたい。ちさきに今の状況を伝えたい。


 なんとかしないと……。焦る気持ちを必死に抑える。真香に気づかれたらヤバい。


 ミザリーと言う映画が昔あったが、真香はあの女にどことなく似てるような気がして、俺は心の底から震えた。





――――――――




真香のやろうとしていることに隼人が気づきましたね。

さて、間に合うのかな。


いつも応援ありがとうございます。


いつものイラスト置いておきます。


https://kakuyomu.jp/users/rakuen3/news/16817330663799452142

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